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日本の政府開発援助(ODA)を実施する機関として、開発途上国への国際協力を行っているJICA(独立行政法人国際協力機構)の活動をシリーズで紹介していく「JICA通信」。今回は中米・ニカラグアのマナグア湖の水質改善に向けた取り組みについて紹介します。

首都マナグアに隣接し、南北65km、東西25kmに広がる巨大なマナグア湖。先住民がつけたという「ソロトラン湖」という名称でも親しまれています(写真提供:マナグア市役所)

中米のニカラグアの首都・マナグアに位置するマナグア湖は、琵琶湖の2倍近い面積を有する巨大な湖です。湖の北にはニカラグアのシンボルともいわれるモモトンボ火山がそびえ、湖畔から雄大な景色を臨めます。
しかし、農業排水や工業排水、生活排水の流入で汚染された水は濁り、湖畔には大量のごみが打ち寄せられるなど、環境問題が山積しています。ここ数年、ようやく水質改善の兆しも見えていますが、地元の人たちは、汚れに目を背け、以前は近寄ろうともしませんでした。

そんなマナグア湖と共存するために、JICAニカラグア事務所は水質改善に向けた取り組みを始めました。その名も「BIWAKOタスクフォース」です。

(左)湖畔にはプラスチックボトルなどのゴミが浮かび、水質汚染が問題になっています
(右)マナグア湖畔の観光施設から臨むマナグア湖と船着き場

 

琵琶湖の経験を学び、ニカラグアで活かす

日本で湖沼環境開発といえば滋賀県の琵琶湖。「BIWAKOタスクフォース」の活動は、琵琶湖の総合的湖沼流域管理をモデルに検討し、タスクフォースのメンバーが滋賀県を訪問して琵琶湖の経験を学ぶことから始まりました。これらの知見をニカラグアの多くの産官学の関係者に伝えながら、マナグア湖の未来に向けて何ができるかを一緒に考えていきます。

2021年7月から8月には、公益財団法人国際湖沼環境委員会(ILEC)協力のもと、ニカラグアの産官学の関係者を巻き込んだ3回にわたるウェビナーを開催。ウェビナーでは、30年かけて実現した琵琶湖の持続的な利用と保全のノウハウ、そしてニカラグア事務所の活動目的を紹介し、35の機関を超える産官学の関係者が集まりました。

「毎回60名以上のウェビナー参加があり、答えきれないほどの質問が寄せられ盛況に終わりました。ウェビナーにより、多様なセクターから湖保全への関心を引き出し、一緒に活動を起こそうという機運が高められたことを感じました」

そう話すのは、JICAニカラグア事務所ナショナルスタッフのオマール・ボニージャさん。BIWAKOタスクフォースのリーダーです。ウェビナー実施のほか、現地コンサルタントとのマナグア湖汚染状況の調査や分析、ニカラグア国内の関係者との意見交換などを行うことで、マナグア湖の水質改善、保全、そして共存にむけた具体的な取り組みのイメージを作ることができました。

(左)ウェビナーでは、琵琶湖水質改善の経験を世界各地で伝えてきたILECの中村正久副理事長が熱心に情報を共有
(右)中村副理事長の話に聞き入るウェビナー参加者。多くはニカラグアの政府関係者でしたが、大手銀行やNGO等の参加もありました

 

次世代の子どもたちに環境教育—ニカラグア版『うみのこ』を実施。COP26でも紹介されました!

BIWAKOタスクフォースによる最初のプロジェクトは、マナグア湖保全のための環境教育です。マナグア湖周辺の観光エリアを担当する廃棄物処理関係者と小学校2校を対象に、ごみの正しい分別・廃棄方法の紹介、3R(注)の考え方を広げる活動を行い、マナグア湖周辺エリアの環境改善に取り組みました。日本でJICAによる3Rを含んだ都市の廃棄物管理研修を受けたマナグア市廃棄物統合処理公社の職員らとの協働企画です。

(注)リデュース(Reduce)、リユース(Reuse)、リサイクル(Recycle)の総称。リデュース(Reduce)は、ものを大切に使い、ごみを減らすことで、リユース(Reuse)は、使えるものは繰り返し使うこと、リサイクル(Recycle)は、使い終わったものをもう一度資源に戻して製品を作ること

 

この活動の一環で実施したのが、環境教育プログラム「ニカラグア版『うみのこ』」です。滋賀県教育委員会のフローティングスクール関係者の協力を得て実施にこぎ着けました。

10月に実施されたこのプログラムは、滋賀県が小学5年生向けに琵琶湖で行っている「うみのこ」がモデルになっています。船で湖を移動しながら、湖に生息する生物や、水質汚染について学んでいきます。科学実験を取り入れた「ニカラグア版『うみのこ』」は、「自分たちの湖を守ろう」と思う心を子どもたちに伝えます。マナグア湖を舞台にした教育プログラムは、ニカラグアでは初の試みとなりました。

開催に向け、滋賀県で「うみのこ」を運営するフローティングスクールの先生方からは、プログラムの具体的な内容、子どもたちに楽しく効果的に伝える方法、科学実験の実践方法など、さまざまなレクチャーを受けました。並行して「BIWAKOタスクフォース」のメンバーとニカラグアの関係者がオンライン上で協議を繰り返し、試行錯誤を重ねて準備が進んでいきました。

(左)滋賀県「うみのこ」を運営するフローティングスクールの教師による実験デモンストレーション
(右)実験デモンストレーションの最後に「うみのこ」関係者と挨拶を交わすニカラグア関係者

 

「マナグア湖がとても素敵なことに気づきました。だからこそ、自分たちが湖の水をきれいにしないといけないし、ごみを捨てて湖を汚してはいけないと思いました」

「マナグア湖に住む微生物やバクテリアを顕微鏡で見られたのが面白かったです。自分たちが捨てたものが、マナグア湖の水に影響していることがわかりました」

「マナグア湖の中のプラスチックボトルやごみをとるキャンペーンをしたいです」

「ニカラグア版『うみのこ』」に参加した現地の小学生からは、こんな感想が寄せられ、ニカラグアの関係者の努力が実ったこと、「ニカラグア版『うみのこ』」が大成功だったことがわかります。

引率する教員は、「生徒たちは、家に帰って乗船学習の体験を家族や周りの人に話し、この経験を伝えていくでしょう。ニカラグアのすべての学校の生徒たちに、一生に一度はこの『うみのこ』を経験してほしいです」と語ります。

このニカラグア版『うみのこ』の活動は、2021年10月31日~11月12日かけて、英国グラスゴーで開催された「第26回国連気候変動枠組条約締結国会議(COP26)」での気候変動対策のための教育活動を協議するセッションで、ニカラグアのミリアム・ロドリゲス教育相より、世界中に向けて発信されました。

環境プログラム「ニカラグア版『うみのこ』」で、子どもたちは湖に生息する微生物を観察します

 

「うみのこ」で行われた実験の結果をまとめ、発表します。レクチャー形式ではなく生徒が主体的にかかわるプログラムは、子どもたちの好奇心をかき立てました

 

学習の舞台となったマナグア湖と遊覧船の前で生徒たちが記念撮影

 

マナグア湖を救うことは国全体の開発戦略につながる

「汚くてみんなから嫌われるこの湖が、いつか美しく生まれ変わって、子どもたちが泳いだり水が飲めるようになったりしたらおもしろくないかな?」

BIWAKOタスクフォース誕生のきっかけは、ニカラグア事務所の高砂大所長のひと言でした。
この問いかけに「何かできることがあるのではないか」と、オマールさんを中心に事務所全体で湖の水質改善の可能性について考え始めました。そのメンバーにより、BIWAKOタスクフォースが誕生したのです。

「私は子どもの頃から『マナグア湖は汚染されている』と聞かされ続けてきました。近年、ようやく湖水の汚染に歯止めをかけるための取り組みが進んできましたが、人が泳いだり、水が飲めたりするまでの回復を目指すことは、これまで考えたこともありませんでした」と言うオマールさん。

高砂所長から手渡された琵琶湖のさまざまな資料を読んだ際、「できるかもしれない」と意欲がわいたと言います。オマールさんにとって、「常に新たな取り組みに挑戦すること」が、高いモチベーションを維持する源です。そして、今後の計画について、次のように話します。

「近いうちに、ニカラグアの様々なセクターの関係者を日本に送りたいと考えています。琵琶湖の水質保全の事例を関係者に見てもらうことで、多くのヒントを得て帰国後に実践してもらいたい。マナグア湖を救うことは、マナグア市のみならず、国全体の開発戦略に関わることになると思います」

マナグア湖の前にBIWAKOタスクフォースメンバーが集合。左端がリーダーのオマール・ボニージャさん

「ニカラグアの特徴でもあり財産でもある湖と共存できるように、これからもBIWAKOタスクフォースでおもしろい取り組みにチャレンジしてほしいと思います。タスクフォースのメンバーとニカラグアの仲間が、ニカラグアの未来を担う子供たちのことを考えながら。 JICAのニカラグアへの協力は今年で30周年を迎えました。これまでの30年の繋がりを大切にしながら、ニカラグアの人々にとって大切なこと、必要なことに、素晴らしい仲間と一緒に取り組んでいきたいと思います」

ニカラグアに根を張り活動を続けるJICAのさらなるチャレンジを高砂所長はそう語りました。