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菅義偉首相をめぐる環境が、不穏な色合いになり始めた。新型コロナウイルスデルタ株による感染急拡大に政府の対応は追いつかず、内閣支持率も急落。報道各社の世論調査の中には7月以降、政権退陣につながりかねない「危険水域」といわれる支持率30%割れも出始めた。永田町に勤める人に話を聞くと「先日報じられたNHKの調査が3割を割った(29%)のを見たとき、緊張感を感じた」そうだ。「こんな状況でもまだ、3割ある。昭和の時代の内閣ならもっと低いはず」と、話す人もいた。

2000年以降、森内閣、鳩山内閣など、支持率3割割れとなった後、期間は異なるものの、結果的に退陣に追い込まれた内閣は多い。菅内閣の支持率は昨年9月の発足時、6割を超えたものもあった。現在、1年たたずにほぼ半減した計算になる。

そこで不透明感を増しているのが、9月30日に任期満了となる菅首相の自民党総裁選への対応だ。菅首相は8月17日の記者会見で「(再選出馬は)時期がくれば当然のこと」と早々と出馬に言及したが、今秋に行われる衆院選を前に、議員の声は厳しい。安倍1強時代の「追い風選挙」経験しかない若手は「菅首相では『選挙の顔』にならない」と不安を漏らす。今回は、国会議員だけで決めるのではない、党員・党友投票を含む「フルスペック」となる見通し。下村博文政調会長、高市早苗元総務相らが早くも出馬に意欲をみせる。

出馬には20人の推薦人が必要で、意欲はあっても出馬できなかった人はこれまで何人もいた。派閥の締め付けがあったり、「派閥の論理」の壁は意外に高く、意欲があるからといって出馬できるとは限らない。

そんな自民党総裁選。これまで「まさか」の展開が起きたこともあった。

有名なのは2001年、森喜朗氏の後任を選ぶ戦いで、最大派閥をバックに優勢だった橋本龍太郎氏を破ったのは小泉純一郎氏だった。各地の街頭で「自民党をぶっ壊す」と絶叫、日に日に聴衆が増えていく様子は、取材していて圧巻だった。地方組織の予備選で圧勝し、国会議員も雪崩を打って小泉氏を支持。3度目の出馬で総裁になった。

そんな小泉氏も、2度目の出馬(1998年総裁選)では、2位に食い込めるとの見立てが一転、3人中3位、まさかの最下位。「意外だな」とつぶやくのが精いっぱいだった。

安倍晋三前首相の再登板のきっかけとなった2012年総裁選も、「まさか」の一例。候補者乱立に加え、同派閥からもう1人出馬し安倍氏は劣勢とみられたが、派閥横断的に支持が広がり、決選投票で石破茂氏を破った。

小泉、安倍氏の勝利は、いい意味での「まさか」だったが、菅首相の立場は対照的。今、局面打開の要素はほとんど見つからない。東京オリンピック(五輪)終了後に待っていたのは、デルタ株の感染拡大と医療体制の危機的な逼迫(ひっぱく)。広島の平和祈念式でのあいさつ読み飛ばし、長崎での「トイレ遅刻騒動」は事務方や秘書官のミスのようにいわれ、責任転嫁ぶりにも批判が集まった。記者会見では聞かれたことに答えない。すべてが負の連鎖の中、総裁選に臨む。

8月26日に正式に決まる総裁選日程は「9月17日告示、29日投開票」の線。総裁選の前に衆院を解散して総裁選を先送りし、衆院選勝利の上で無投票再選という、鉄板の「プランA」は、緊急事態宣言下で既に崩れた。来月12日までとなっている東京などの緊急事態宣言の区切りから、総裁選告示予定の17日まで「4日間の空白」は、首相の思惑で発生したといわれる。この4日の間に首相は衆院解散などの動きに打って出るのか…。ただこの「プランB」も、感染が収束しないことには発動できない。土俵際にあることは確かだ。

「人生には『上り坂』もあれば『下り坂』もある。そしてもう1つ、『まさか』がある」。こう言ったのは小泉氏だ。小泉氏も「まさか」の坂を登り、三度目の正直で自民党総裁、首相の座にのぼり詰めた。本来、よほどのことがなければ菅首相が党総裁に再選されるはずだった今年の自民党総裁選。新型コロナで混乱する中、「まさか」は起きるのだろうか。

1つの鍵を握るのは、今日8月22日に投開票される横浜市長選。首相の地元で首相系の候補が敗れれば、自民党は週明け、一気に党内政局モードになる。【中山知子】