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「いつかきっと白馬に乗った王子様がやってくる」と、信じている女性は多いのではないでしょうか。「イマドキ、そんなヒトいるわけないでしょ?」と、言われるかもしれませんが、口には出さなくても、心の中ではそう夢見ている方はいるはずです。たとえ自分は一人で生きていくと決心し、自立して生活していても、心身共に衰えたとき、窮地に陥ったあなたを助けるために誰かが颯爽とやって来ると信じていたいものでしょう。

騎馬像に惹かれる理由

私の伯母もその一人でした。和裁士として独立しながらも、白馬の王子様を待ち続けていました。ある時、「なぜ馬なの? 車でいいじゃない? フェラーリなら馬のエンブレムがついてるし」と、ふざけて言ったら、ちょっと考えた後、「やっぱり馬じゃないと駄目。だってヒーローは馬に乗ってるもんでしょ」と、真面目な顔で答え、一枚の絵はがきを見せてくれました。そこには、甲冑を着た侍が馬にまたがる雄々しい姿がありました。なるほど確かに人が馬に乗る姿はかっこうがいいなと納得したのをよく覚えています。

 

日本の騎馬像』(山口洋史・著/エクイネット・刊)は、日本全国に数多く存在する騎馬像を訪ね、調べ、写真におさめた本です。写真集とも言えますが、騎馬像の百科事典のようでもあり、楽しい読み物でもあります。著者・山口洋史は、元JRA職員で、乗馬のコーチもつとめていた馬の専門家です。それだけに、単なる趣味を越えた専門的な一冊に仕上がっています。

 

私は子どものころ、競馬場の近くに住んでいて、サラブレッドと毎日のように接しながら育ちました。そのせいか、馬に関することにはなんでも興味を持つ癖がついています。旅先などで騎馬像を見かけると、急いでいてもつい立ち止まり、見とれてしまいます。けれども、なぜ騎馬像を見ると心が躍るのかはわかっていませんでした。白馬の王子様を信じていた伯母の刷り込みだと思っていたのですが、『日本の騎馬像』を読み、合点がいきました。

 

騎馬民族を除くと、昔から馬に乗るのは偉人、貴人、英雄など、人々から畏敬の念をもって迎えられる人々であり、馬上と地上との位置的な関係がそのまま人間の上下関係を現しているとも言われている。

そのため、騎乗している者は元々多くの人からの尊敬を集めていると言えるし、その尊敬を確固たるものにするために高い位置での騎乗姿で表現していると言えるかもしれない

(『日本の騎馬像』より抜粋)

 

なるほど……。騎馬像を見上げるとき、知らず知らずのうちに、私はそこに英雄の姿が蘇るように感じ、凜々しさに酔いしれていたのでしょう。

 

それぞれに楽しみを見出す

日本にどのくらいの騎馬像があるか、正確にはわからないといいます。『日本の騎馬像』では、著者がこれまで実際に見て歩いた騎馬像に絞って紹介してあります。まず、騎馬像に乗っている人が誰かを紹介し、神社や公園といった場所の種類、そして、住所も記されています。さらに、騎馬像の馬の性別、馬の体勢(止まっているとか立ち上がっているとか)、制作者、制作年、像の材質、制作の経緯までが書かれています。著者の感想も面白く、この本を持って旅して歩いたら、かなり多くの魅力的な騎馬像に出会うことができるでしょう。

 

『日本の騎馬像』を眺めているうち、私はかつて行ったことのある馬のセリ市を思い出しました。高額な馬の売買が行われるセールで、立派なカタログ冊子が配られます。一頭一頭、細かな説明がなされていて、カタログを見ているだけでも楽しいのですが、『日本の騎馬像』もそれに似て、ページをめくる度に、様々な騎馬像を見ることができます。

 

馬や乗馬が好きな人はもちろん、騎馬像は歴史上の人物とのつながりが深いので、歴史好きな方も興味をそそられることでしょう。見た人が見たいように見て、それぞれに思いを巡らすことができる、それが『日本の騎馬像』の一番の魅力だと言えましょう。

 

騎馬像、ベスト3はこれだ

『日本の騎馬像』を何度か見ているうち、私好みの像があることに気づきました。そのページに来ると、手が止まるのです。もし、私のベスト3は? と、問われたら、次の3つの騎馬像を挙げたいと思います。

 

まずは、仙台の青葉城にある「伊達政宗像」。ここは私が実際に行ったことがあるので、とくに印象に残っているのかもしれません。仙台の街が一望できるところにあり、青い空をバックに素敵な写真を撮ることができます。インスタ映えする場所ですから、スマホを掲げて撮影する人でいっぱいでした。騎乗している人物が、かの有名な伊達政宗であることにも惹かれます。

 

騎馬像はかなり高い台座の上に設置されているので、下から見上げると首が痛くなるほどです。嫌でも仰ぎ見る形となるわけですが、それがまたヒーローらしく、私のイチオシの騎馬像です。

 

次に好きなのは、鹿児島県のJR伊集院駅前にある「島津義弘像」。後ろ足二本だけで立ち上がった姿勢をとっているのですが、前足が宙に浮いている様子がたまらないのです。これほど不安定な姿勢の馬に甲冑をつけた人間がまたがっている様子は、人間離れしていて、神々しさを感じます。ギリシャ神話のケンタウロスを思わせる人馬一体感を堪能できます。

 

そして、一番、びっくり仰天したのが、埼玉県にある「畠山重忠の像」です。こんな像があるなんて、想像したことさえありませんでした。人が馬に乗っているのではなく、馬が人に乗っている、というか、畠山重忠が馬を担いだ格好になっているのです。「そんなわけないでしょ」と、思われるかもしれませんが、写真を見ているうち、畠山重忠はこういう人なのだと信じるようになりました。一ノ谷の合戦の際、愛馬三日月を支えながら鵯(ひよどり)越えの急坂を下っている姿だといいます。

 

他にも、たくさんの魅力的な騎馬像が掲載されていますので、自分のベスト騎馬像を見つけていただきたいと思います。

 

そういえば、白馬の王子様を待ち続けた伯母は、結局、結婚しないままに亡くなってしまいましたが、もし、今、伯母に会うことができたら、私はこう伝えるでしょう。「おばさま、王子様は馬上にいるとは限らないみたい。馬を担いでいるときもあるのよ」と。

 

【書籍紹介】

日本の騎馬像

著者:山口洋史
発行:エクイネット

日本に多く展示・設置されている騎馬像。 そのほとんどの「騎乗者」が偉人や英雄であり、焦点も自ずと「騎乗者」に目がいくもの。 本著は「騎乗者」ではなく、鞍下の「馬」の情報に焦点をあてた。 設置されている場所から、馬の性別、歩法、著者から見た馬の雄大さやロケーションなども細かに記載されている。 騎乗者、像の制作者、制作年、像の材質など、詳細にわたり収録。 馬や歴史に興味のある方には必携の騎馬像事典といえる。

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