もっと詳しく

みなさんは、脳がどのように複数の言語を操るのか疑問に思ったことはありますか?バイリンガルになることのメリットがあるとしたら、それは何でしょうか?このような疑問は、日本に住んでいる私たちとどのように関係しているでしょうか?

ワールド・ファミリー  バイリンガル サイエンス研究所(※以下、IBS)<東京都新宿区  所長:大井静雄>では、エディンバラ大学(スコットランド)心理学・言語科学科の准教授であり、近年は、マルチリンガリズムと脳に焦点を当てた研究を進めているThomas H Bak博士にインタビューを行い、公式サイトにて前編・中編・後編にわたって記事を公開しました。

<インタビューサマリー>

●日本人が英語を話すのを苦手に感じる理由は、日本語の使い方の特徴、日本語や日本人らしさを失うのではないかという不安、「モノリンガルが普通」と考える社会にある。

●人間社会のほとんどは、複数の言語を使うマルチリンガル社会である。脳は、さまざまな領域が結びついて機能する「網(ネット)」のようなものであるため、複数の言語を処理することができる。

●バイリンガリズムにメリットがある分野は、主に「メタ言語意識」、「社会的認知」、「実行機能」、「意思決定」、「加齢と健康」である。

●早期から学習することのメリットは、脳の働きが自動化されることである。

     

Thomas Bak博士

日本人は英語が苦手?モノリンガル社会の影響   

Bak博士は医学を専門とし、神経学、心理療法、精神医学の分野における臨床現場でも活躍しています。現在の関心は、生涯にわたってバイリンガリズム/マルチリンガリズムが脳の認知機能に与える影響、マルチリンガリズムと脳疾患(認知症または失語症)との関連性、生涯における言語と記憶、そして複数の異なる言語や文化がどのように認知に作用するか、などです。

Bak博士は、それぞれ異なる言語を話す両親のもとで育ちましたが、当時は「早くから二つの言語を学ぶのは危ない」という見解が一般的だったため、家庭では一つの言語のみが使われていたと言います。国際交流プログラムがきっかけで日本文化や日本語にも興味を持ったBak博士ですが、「日本人が英語に苦手意識を持つ理由の根底には、二つ以上の言語を使いこなせるようになった人々を社会がどのように見ているかということもあります。別の言語を流暢に話せるようになることによって何かを失うのではないか、という不安が無意識にあるのかもしれません。」と話します。

続けて、「日本人が無意識のうちに『一つの言語のみを話せることが重要』と考えているのであれば、長期的に別の国で生活することになったとき、一つの言語をあきらめてもう一つの言語に集中するのが賢明だと考えられます。それは単純に、二つの言語を話すという概念を持っていないからかもしれません。」とBak博士は述べています。

複数言語処理は人間の脳にとって正常なこと・脳のネットワーク機能

Bak博士は、「私たち人間はもともと複数の言語を使う種であり、マルチリンガリズムが私たちの脳の正常な状態であると言えるのです。複数の異なる言語を使うことは問題ではありません。子どもは複数の言語に触れる環境でも混乱せず、それらの言語を非常に素早く学習します。もし複数の言語を学ぶ能力に限界があるとすれば、それは基本的には、十分な量のインプットを得るための時間がない場合です。」と言います。さらにBak博士によると、以前は脳内の言語処理を説明するモデルは「タンスの引き出し」のようなモジュール型と言われていましたが、現在の研究では「網(ネット))」のようなネットワーク型であると考えられているそうです。すでにいっぱいになっている引き出しの中にもう一つアイテムを加える場合は何かを取り出さなければなりませんが、網にもう一本糸が加わった場合はその網がより強くなるだけということです。「ネットワーク型のモデルにより、人間にとってマルチリンガリズムがデフォルトであり、インプットされる言語が一つしかない場合にはモノリンガルになることもできる、というふうに考えることができるようになります。」とBak博士。

バイリンガリズムと早期語学学習のメリットとは? 

さらにBak博士に、多くの言語を知っていることについて5つのメリットについても伺いました。

1)メタ言語意識―言葉の働きを予測しやすく、異なる言語の類似点や相違点を見つけることができる

「異なる言語同士のつながりは、何らかの形で見ることができます。例えば、バイリンガル環境で育った子どもたちは、さまざま言語におけることばの働きを予測しやすく、異なる言語の類似点や相違点を見つけることができます。そのため、より意識的に言語学習に取り組むことができるのです。」

2)社会的認知―異なる人が異なる知識を持っていることを認識できる

「研究によると、バイリンガルの子どもたちはモノリンガルの子どもたちよりも早くこの能力を発達させています。子どものころに「お父さんはこの言語を話すけれど、お母さんはそうではない」ということを知る経験は、人によって知識が違うということに気づくための第一歩です。」      

3)実行機能―分割的注意、選択的注意、抑制など、さまざまな脳の働きが優れている

「大多数の研究や優れた設計の研究では、バイリンガルのほうが注意を払う対象を選択し、注意する対象を切り替える能力に優れていることが示されています。私が携わってきた研究でも、それを証拠づける結果が出ています。バイリンガルは、認知症の発症がモノリンガルよりも4〜5年遅れることがわかりました。これは主に、バイリンガルの実行機能による結果です (Alladi et al 2013; Bak et al 2014)。」

4)意思決定―第二言語を使うことで、目の前の感情から距離を置き、より論理的な意思決定が可能になる

現在、この概念の効果を研究中で、第一言語を使って感情的になっているときは、第二言語を使っているときに比べて、視点を変えるのが難しいということがわかってきました。ですから、白熱した議論をしているときは、第二言語を使ったほうがいいかもしれません。」

5)加齢と健康―高齢の方が外国語の授業に参加することを通じて「社会的なネットワーク」を築ける

「私の研究では、反応にかかる時間などを測定する定量的な研究手法と、アンケートなどで人の話を聞く定性的な研究手法を組み合わせています。外国語学習の教室に通っている高齢者の方々は、外国語学習は社会的なつながりを築き、新しい人と出会い、その人たちと交流を続けるための手段だと言います。  語学学習は、退職後の自分のためにできる最高のことの一つだと思います。」

 さらにBak博士は早期語学学習のメリットについて、「重要な点は、何かを学習できるかどうかではなく、早い時期により自然に発生する自動化プロセスにあります。これは言語に限らず、あらゆるものの学習に言えることです。早期からスポーツや楽器を学べば、年齢が高くなってから学習し始めた場合には得られないような、ある種の自動化されたスムーズさを得ることができます。」と話します。

また子どもの英語学習について取り組む親御さんに向けては「親が子どもに与えられる影響力は限られているということを認識してもらって、親の罪悪感を取り除いてあげたいですね。親ができることと言えば、その言語を話すための何らかの動機づけをすることです。ほかの言語を話す親戚がいればその人たちと会話させたり、ほかの国に旅行に行ったりする、といったことですね。とメッセージを送ってくれました。

子どもに複数の言語を話せるようになってほしいと願っているものの、「何かを失う」ことを心配している親御さんにとって、この対談内容がパラダイムシフトのきっかけとなり、それがほかの言語を学ぶことで得られるものは多いという自信につながり、そして、親としての自分に優しくなり、それぞれの家庭の状況に応じた現実的な考え方を持てるようになることを願っています。  

詳しい内容はIBS研究所で公開中の下記記事をご覧ください。

■〜Thomas Bak博士 <エディンバラ大学(スコットランド)心理学・言語科学科の准教授>インタビュー〜

前編:https://bit.ly/3JpjI3l

中編:https://bit.ly/3pkO92o

後編:https://bit.ly/3qeM4nY

■ワールド・ファミリー バイリンガル サイエンス研究所

(World Family’s Institute Of Bilingual Science)

事業内容:教育に関する研究機関

所   長:大井静雄(東京慈恵医科大学脳神経外科教授/医学博士)

所 在 地:〒160-0023 東京都新宿区西新宿4-15-7 

     パシフィックマークス新宿パークサイド1階

設   立:2016年10 月  

URL:https://bilingualscience.com/