明治大学大学院農学研究科 環境バイオテクノロジー研究室の西井麻貴(博士前期課程1年)、小山内崇准教授らの研究グループは、ラン藻におけるクエン酸蓄積の要因を明らかにしました。
●ラン藻のクエン酸回路の代謝産物のうち、クエン酸の濃度は他より高いことが知られていたが、その理由は明らかになっていなかった。
●ラン藻のアコニターゼという酵素の特性を生化学的に解析した結果、ラン藻のアコニターゼは、クエン酸よりイソクエン酸に対して親和性が高いことが分かった。
●生物学の教科書で習うクエン酸回路と酵素の活性は、実際は異なることが明らかになった。
要旨
光合成を行うラン藻は、二酸化炭素から有用物質を生産できるため、化石燃料に代わる持続可能な物質生産に向けて、近年注目されています。ラン藻の中でも、シネコシスティス(注1)は、モデルラン藻として基礎研究から応用研究まで広く研究されています。
近年、シネコシスティスのクエン酸回路を利用した物質生産に関する研究が盛んに行われています。クエン酸回路はエネルギーやアミノ酸生産に関わる、生物にとって重要な代謝経路です。クエン酸回路の代謝産物の中でクエン酸は、他のものより濃度が約2~10倍高いことが知られています。しかし、クエン酸が蓄積する要因は分かっていません。クエン酸とイソクエン酸を基質として相互変換を行う酵素がアコニターゼです。アコニターゼは不安定な酵素であるため解析が難しく、微生物全体においても特徴があまり明らかになっていません。そこで本研究では、シネコシスティスのアコニターゼに注目し、特性を生化学的に解析しました。
その結果、アコニターゼの基質に対する親和性(酵素と基質の結合のしやすさ)はクエン酸よりイソクエン酸に対する方が高くなりました。また、イソクエン酸から2-オキソグルタル酸への反応を触媒するイソクエン酸デヒドロゲナーゼとアコニターゼにおいて、イソクエン酸に対する親和性を比較したところ、アコニターゼの方が、親和性が低いことが分かりました。このことは、一般的なイメージと異なり、アコニターゼという酵素が、イソクエン酸からクエン酸を作る活性が強いことを意味しています。
このように、本研究では、ラン藻はアコニターゼとイソクエン酸デヒドロゲナーゼの2つの酵素の特性のため、場合によっては、アミノ酸の生合成に関わる2-オキソグルタル酸を生成し、クエン酸の蓄積もできると発見しました。
この研究は、明治大学大学院農学研究科 西井 麻貴(博士前期課程1年)、小山内 崇准教授らの研究グループ※によって行われました。JST戦略的創造研究推進事業先端的低炭素化技術開発ALCA、JSPS科研費基盤B・挑戦的研究(萌芽)(代表小山内崇)およびJSPS科研費新学術領域研究「新光合成」(領域代表基礎生物学研究所皆川純教授、計画班代表大阪大学清水浩教授)の援助により行われました。
本研究成果は、2021年8月24日にイギリスの国際オンライン科学誌「Scientific Reports」のオンライン版に掲載されました。
※研究グループ
明治大学 農学部農芸化学科 環境バイオテクノロジー研究室
准教授 小山内 崇(おさない たかし)
博士前期課程1年生 西井 麻貴(にしい まき)
博士後期課程2年生 伊東 昇紀(いとう しょうき)
博士後期課程1年生 片山 徳賢(かたやま のりあき)
1.背景
現在、化石燃料の枯渇や地球温暖化が問題になっています。そのため、持続可能な環境に優しい物質生産が求められています。そこで、注目されているのがラン藻です。
ラン藻は光合成を行う細菌です。光合成により大気中の二酸化炭素と光から有用物質を作ることができます。そのため、石油に代わる持続可能な物質生産に向けて、近年注目されています。ラン藻には様々な種類があり、例えば、健康食品や青色色素生産に利用されるスピルリナ、湖や池で発生するアオコがあります。ラン藻の中でもシネコシスティスは、全ゲノム配列が決定されており、遺伝子改変が容易などの利点からモデルラン藻として、広く研究されています。
クエン酸回路の酵素の1つであるアコニターゼは、クエン酸とイソクエン酸の相互変換を触媒する。
近年、シネコシスティスのクエン酸回路(図1)を利用した、有用物質生産に関する研究が盛んに行われています。クエン酸回路は、エネルギーやアミノ酸生産に関わる、生物にとって重要な環状の代謝経路です。ラン藻のクエン酸回路には、他の生物にはない固有の酵素が含まれており、ユニークであることが知られています。また、クエン酸回路の代謝産物の中でクエン酸は、他のものより濃度が約2~10倍高いことが知られています。
しかし、クエン酸蓄積の要因は明らかになっていません。クエン酸回路の酵素のうち、クエン酸とイソクエン酸を基質として相互変換を行うのは、アコニターゼという酵素です。アコニターゼは、実験過程で働きが失われる不安定な酵素です。そのため、働きの測定が困難であり、先行研究が少なく、微生物全体においてもアコニターゼという酵素の特徴はあまり明らかになっていません。
そこで、シネコシスティス由来のアコニターゼ(SyAcnB)の特徴を調べ、ラン藻におけるクエン酸蓄積の要因を解明しました。
2.研究手法と成果
今回、私たちは、組換えSyAcnBタンパク質を大腸菌で発現させ、精製し、特性評価を行いました。クエン酸を基質にした反応では、pH 7.7、45℃で活性が最も高くなりました。イソクエン酸を基質にした反応では、pH 8.0、53℃で活性が最も高くなりました。SyAcnB活性の至適温度は、至適温度が報告されているコリネバクテリウムと同様に、シネコシスティスの生育至適温度より高いことが分かりました。
また、酵素の特性を評価する値を算出するため、クエン酸とイソクエン酸の濃度を変えてそれぞれ活性測定を行いました。そして、解析ソフトを用いて値を算出しました。そのなかでも今回注目したKm値は、基質に対する親和性を示す値であり、Km値が低いほど基質に対する親和性が高いことを意味しています。基質によって至適条件が異なったため、30℃、pH 7.0、8.0、9.0の3つの条件で測定を行いました(図2)。
pH 7.0, 8.0, 9.0において、SyAcnBはいずれもクエン酸よりイソクエン酸に対する親和性が高い。このことは、いかなる条件でも、SyAcnBが、イソクエン酸からクエン酸を作る活性が強いことを意味している。
その結果、いずれのpHにおいても、クエン酸よりイソクエン酸に対するKm値の方が低く、イソクエン酸に対する親和性の方が高くなりました。Km値を比較すると、イソクエン酸からクエン酸の反応が強いことが分かりました。
生物学の教科書では、クエン酸回路といえば、クエン酸からイソクエン酸が生成する方向が書かれています。しかし、今回の研究結果では、SyAcnBの活性はクエン酸を作る方向に向いていることがわかり、一般的なイメージとは正反対であることが明らかになりました。
一方で、シネコシスティスはクエン酸を代謝する酵素としては、SyAcnBしか持ちません。このままでは、クエン酸からイソクエン酸ができないことになってしまいますが、細胞内ではクエン酸からイソクエン酸を生成することができます。この原因を調べるために、イソクエン酸に対するKm値をシネコシスティスのイソクエン酸デヒドロゲナーゼ(イソクエン酸を2-オキソグルタル酸に変換するクエン酸回路の酵素)と比較しました(図3)。
シネコシスティスにおいて、イソクエン酸に対する親和性は、アコニターゼよりイソクエン酸デヒドロゲナーゼの方が高い。このことは、たとえSyAcnBがクエン酸を作る活性が強かったとしても、イソクエン酸デヒドロゲナーゼがイソクエン酸を消費することで、化学平衡がクエン酸からイソクエン酸に傾くことを意味している。
その結果、イソクエン酸デヒドロゲナーゼのイソクエン酸に対するKm値は SyAcnBのイソクエン酸に対するKm値よりずっと低いと分かりました。
したがって、通常のシネコシスティスの細胞内において イソクエン酸は、アコニターゼよりイソクエン酸デヒドロゲナーゼによって代謝されると考えられます。代謝の反応は、化学平衡に沿って進みます。SyAcnBがイソクエン酸からクエン酸を作る活性が強かったとしても、イソクエン酸が消費されてしまうことで、イソクエン酸を供給する反応に傾くことが予想されました。
以上の研究から、シネコシスティスは、アコニターゼとイソクエン酸デヒドロゲナーゼの2つの酵素の特徴のため、場合によっては、アミノ酸の生合成に関わる2-オキソグルタル酸を生成し、クエン酸の蓄積もできると発見しました。
3.今後の期待
本研究グループは、クエン酸とイソクエン酸を基質としたシネコシスティスのアコニターゼの生化学解析を行い、クエン酸蓄積の要因を明らかにしました。本研究は、先行研究の少ない微生物のアコニターゼの特性理解だけでなく、シネコシスティスの代謝理解にも貢献することが予想されます。本研究はシネコシスティスのアコニターゼの生化学的な解析にとどまっていますが、今後シネコシスティスのアコニターゼとイソクエン酸デヒドロゲナーゼを用いて代謝の流れを調べることで、シネコシスティスにおけるクエン酸代謝の重要性がより明らかになると期待されます。
4.論文情報
<タイトル>Biochemical elucidation of citrate accumulation in Synechocystis sp. PCC 6803 via kinetic analysis of aconitase
(日本語タイトル Synechocystis sp. PCC 6803におけるクエン酸蓄積の要因を明らかにするアコニターゼの生化学解析)
<著者名> Maki Nishii, Shoki Ito, Noriaki Katayama, Takashi Osanai
<雑 誌> Scientific Reports
< DOI > 10.1038/s41598-021-96432-2
5.補足説明
注1)シネコシスティス
淡水性で、球形の単細胞性のラン藻。1996年に全ゲノム配列が決定された。増殖が速い、遺伝子組換えが容易、凍結保存が可能などの利点から、広く研究されている。