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パラリンピック正式種目の「5人制サッカー」をご存じですか?

5人制サッカーの別名は、「ブラインドサッカー」。視覚障害者が中心となって行う競技で、相手ゴールにボールを入れて得点するというルールはサッカーと同じです。大きく異なるのは、アイマスクで視界を遮り完全に見えない状態にすること。音の鳴るボールや、案内役(ガイド)の声などの“音”を頼りにプレーします。

このブラインドサッカーをテーマに、JICAとWEB漫画サイトの「コミチ」が協同で企画した漫画コンペで最優秀賞受賞作品として輝いたのが『エブリシング イズ グッド!』。パラリンピックの開催を機に、視覚障害がある方も同様に楽しめるように音声解説付きのコミック動画になりました。

このコミック動画の完成を機に、盲学校の先生として動画に登場するJICA国際協力推進員の羽立大介さんと、元サッカー日本代表で、現在は、障害者支援の活動に奔走する巻 誠一郎さんの対談が実現しました! スポーツを通じて「多様な人を受け入れる社会」をつくりたい――。そんな共通の想いを持つ二人が熱いトークを繰り広げます。

↑子どもたちを指導する元サッカー日本代表・巻 誠一郎さん

 

<作品紹介>
『エブリシング イズ グッド!』作:いぬパパ

▼音声解説付きのコミック動画はこちらから

▼原作漫画はこちらから

<この方にお話をうかがいました!>


巻 誠一郎(まき・せいいちろう)
2006年サッカーW杯日本代表。2018年に現役引退し、少年サッカースクールで指導者を務めるほか、放課後等デイサービスセンター事業、就労継続支援A型施設(障害者の農業就労支援)の開設などに携わる。2019年には、JICAインドネシア事務所と共に、インドネシアの震災復興支援にかかわった(https://www.jica.go.jp/topics/2019/20191017_01.html)。現在は、「障害×アート」で、行政や支援に頼らない仕組みづくりを進めるなど、地元の熊本を拠点に社会貢献活動に尽力している。
巻さんが代表を務める「NPO法人ユアアクション」(https://youraction.or.jp/

羽立大介(はだて・だいすけ)
大学卒業後、重度の知的障害を有する人の入所施設で生活支援員として勤務。2018年~2020年、JICA海外協力隊の障害児者支援隊員として西アフリカのガーナ共和国に赴任。配属先の盲学校ではICTや体育の教員として活動しながら、ブラインドサッカーの指導普及に取り組む。2020年7月からは、地元の広島県で、JICAの国際協力推進員として活動中。

 

↑今回の対談はオンラインで実施しました

視力に違いがあっても全員がフェア! ブラインドサッカー®のルールで障害によるギャップを埋める

巻 誠一郎さん(以下、巻):『エブリシング イズ グッド!』を拝見しました! ガーナの溶接業者にゴールポストの製作を依頼するところから始めた活動が、ブラインドサッカーの上達によって子どもたちの自己肯定感を高める結果につながったというのが素晴らしいですね。羽立さんは、そもそもどうしてガーナへ行かれていたのですか?

羽立大介さん(以下、羽立):ぼくがガーナへ渡ったのは、JICAの海外協力隊に応募して合格したからなんです。当時、大学で取った社会科の教員免許を生かして教職に就くことを考えていました。でもその前に、教科書に載っている途上国の様子を自分の目で見たかった。大切なことは、自分の経験を通して生徒に伝えたかったんです。

赴任した盲学校には、全盲(※1)と弱視(※2)の子が通っていて、ぼくは教員として主に体育の授業を受け持っていました。赴任後、さまざまな生徒たちを観察するうちに、全盲と弱視の子に活躍の差があることに気づき始めたんです。

※1:「全盲」視力がまったくなく、目が見えない状態
※2:「弱視」なんらかの原因で視力の発達が妨げられ、眼鏡やコンタクトレンズで矯正しても視力が十分に出ない状態。視力の弱さや見えにくさは人により異なる

巻:それはどのような差ですか?

羽立:クラスで中心的な役割を担ったり、スポーツ大会で目立ったりするのは弱視の子。全盲の子は活躍する弱視の子の後ろで常に控えめにしています。「障害の軽重により生まれるギャップを埋めることはできないだろうか……」と考え、始めたのが放課後のブラインドサッカークラブでした。

↑『エブリシング イズ グッド!』に登場する、ブラインドサッカークラブ初期メンバーの2人。右の男の子がダニエルくん

巻:そのような経緯だったのですね。たしかに視力に違いがあっても、ブラインドサッカーのルール上は全員フェアになる。

羽立:そうなんです。ブラインドサッカーは、ゴールキーパー以外のフィールドプレーヤーは全員アイマスクを着用して視界を閉ざします。その分、ボールから鳴る「シャカシャカ」という音や、ボールの位置を教えたり選手の動きを指示したりするガイドの声を頼りにプレーするので、競技を進めるうえでの条件が統一されるんです(※3)。

※3:国際大会でアイマスクを着用する意図は、参加対象であるB1クラスには、全盲から光覚障害までの人がいるので、条件を統一するため。日本の国内大会のローカルルールでは視力に障害のない晴眼者もアイマスクをすれば参加が可能

 

子どもたちの潜在的な能力を引き出し、社会で必要とされるマナーを学ぶことができるのがスポーツ

巻:ブラインドサッカーに挑戦させるというのはグッドアイデアですね。でも、ぼくも海外でプレーしていたのでよく分かるのですが、言語や文化、コミュニケーションの取り方が違うなかで子どもたちと信頼関係を構築するのは難しかったのではないでしょうか?

羽立:最初のうちは、正直、生徒たちとのコミュニケーションに戸惑いました。でも、ガーナはサッカー人気が高いですし、ぼく自身も小学校から大学までサッカーをしていたんです。ブラインドサッカーの経験もあります。サッカーボールを使えば生徒と仲良くなれるかもしれない、という期待も込めてチャレンジしました。

巻:そうですね。サッカーは言葉を必要としない、一つのコミュニケーションだと思います。子どもって、ボールをパスするとこちらの足元に返してくれる。羽立さんは、そうやって少しずつ心を通わせて信頼関係を築かれたのでしょうね。

ぼくも、障害がある子どもたちと接するなかで「自分は障害があるからできない」と心を閉ざしてしまう様子をしばしば見かけました。でも、周囲と条件がそろい、対等になることで一歩を踏み出し成長が始まります。子どもたちには実際にどのような成長を感じましたか?

羽立:大きな成長の一つは、時間を守るようになったことです。生徒たちは、クラブ活動の開始時間を1時間、2時間と遅刻していたんです。「時間を守ろう」と口を酸っぱくして言い続けたり、時には練習を中止にしたりもしました。

すると、半年も経つ頃には、開始時間の10分前にはみんな集合して、ぼくを迎えに来るまでに改善されたんです。子どもたちは、「時間をしっかりと守れば思い切りブラインドサッカーを楽しめる」ということを学んだんだと思います。

↑ブラインドサッカーの試合の様子。子どもたちは日替わりでリーダー役を担うことで自主性が養われていったという

巻:スポーツの根本は楽しむこと。楽しむためのルールや相手へのリスペクトがなくては成り立ちません。スポーツは社会の縮図だと思いますし、社会とのつながりを持つために効果的な手段だと思います。

羽立:漫画に出てくる中学生のダニエルは、内気な性格で、ボールの扱いも上手とはいえませんでした。しかし、次第にクラブへの参加者が増えてくると、彼は参加者のまとめ役として活躍し始めたんです。ブラインドサッカーは、ダニエルのリーダーとしてのすぐれた資質を引き出してくれたと思います。

 

地元を襲った熊本地震で、「災害時に取り残されがちなのは“社会的弱者”」であることを痛感

羽立:巻さんは、これまでさまざまな障害者支援のご活動をされていますが、何がきっかけで始められたのですか?

巻:ぼくの地元の熊本県では、2016年に震度7の大規模な地震が発生しました。街は壊滅的な状態となり、多くの人が避難所での生活を強いられることになります。ぼくは、「何かできることはないか」と、3カ月をかけて、避難所となっていた小・中・高校、幼稚園、保育園など約300カ所を回りました。支援物資を届けたり、一緒にサッカーをしたりして被災者の生活や心をサポートする取り組みをしていたんです。

↑熊本地震の発災から3カ月間、毎日5~6カ所の避難所を訪問。自らの目で見て、被災者の声を聞き、必要とされる支援物資の調達と配送を行ったという。巻さんをサポートしようと、個人、法人など多くの協力者が続々と集まり、24時間体制の支援活動が実現していった

羽立:熊本地震のことはよく覚えています。テレビのニュースで甚大な被害の様子を見ていました。

巻:あるとき、避難所となっていた学校で数百人が集まるサッカーイベントを開催しました。イベント終了後、子どもたちは帰宅していきます。でも、いつまで経っても校庭に残る一人の子どもがいたんです。話を聞いてみると福祉施設で生活する子どもだった。親から虐待を受けて預けられていたのだそうです。ぼくはその時の、誰にも迎えに来てもらえず校庭にポツンと佇む子どもの姿が忘れられませんでした。

引き続き被災地を巡るうちに、自然と、ご高齢の方や障害がある子ども、施設の子どもたちといった、いわゆる“社会的弱者”と呼ばれる人たちに目が向くようになりました。被災者の置かれるさまざまな状況を見るうちに、「災害時に取り残されがちなのは彼らなのではないか」と考えるようになったんです。

状況の改善策を練るために情報収集をしていると、なかでも障害がある子を取り巻く環境に課題を感じるようになり、その後の活動につながっていきました。

↑巻さんが事業に参画していた放課後等デイサービスセンター「果実の木」(熊本市)で、子どもたちに講演会をしている様子

 

↑熊本県のトマト農家と提携して障害者の就労支援を実施していた際の、作付け作業の様子。農業と福祉の連携により、農家の高齢化という課題に取り組んでいる

 

誰もが自分の仕事に誇りを持って生き生きと働くためのサスティナブルな仕組みづくり

羽立:巻さんは、子どもだけではなく、障害がある大人に対する就労サポートもされていたのですよね。ガーナは、大学を卒業しても希望の職には就けない就職難です。障害がある人にとってはそれ以上に厳しい環境で、車いすで生活する人が物乞いをしている姿を見かけたこともありました。

でも、ぼくの住んでいた地域には、「困った人がいたら助ける」というキリスト教やイスラム教の教えが根付いて、四肢不自由な人も楽しそうに暮らしていたのが印象的です。一方で、障害の種類によっては、障害からくる行動などに対して理解が追い付いていない現実もありました。例えば、知的障害者に対する健常者の心無い態度には改善が必要だと感じています。

巻:日本も、障害者は職に就けても単純作業に偏りがちで、必ずしも希望する仕事に就けているとはいえません。しかし、どんな仕事であれ、成果が目に見えて、自分の仕事に誇りを持てることが大切だと思っているんです。

日本は、バリアフリーな社会を作ろうと障害者を手厚くサポートする一方で、その支援が障害者を囲い込み、フラットな社会へ出にくくしているという課題があるようにも感じています。障害は“個性”です。その個性を最大限に生かせる環境づくりや、自分のやりたい仕事に就けるような仕組みづくりが必要ではないでしょうか。

実はいま、障害がある子どもたちの絵と、プロのアーティストの絵をコラボさせた作品を手軽に鑑賞できるサービスを作っているところなんです。「障害児の絵だから買おう」ではなく、作品としての魅力に引かれてお金を出してもらう仕組みにするつもりです。

↑「子どもって、絵を描き始めるとすごく独創的で手法もさまざま! 子どもたちが何にもとらわれずに絵を描いている姿を見て、“障害×アート”のプロジェクトを思いついたんです」(巻さん)

羽立:すごくおもしろそうですね。巻さんがおっしゃるように、障害がある人が描いたから買おうというモチベーションは、サスティナブルではないと思います。

 

障害、出身、言語など違いがある多様な人々を受け入れる社会に――。そのきっかけを作るのがスポーツ

羽立:今日は、福祉からスポーツの話題まで、幅広くお話しできてとても勉強になりました。
目の見えない状態でのプレーは、周りの人を信じて身を委ねる信頼関係とコミュニケーションが必要です。ブラインドサッカーは、障害者にスポーツの選択肢を与えてくれる競技ですが、それ以上に信頼関係を醸成してくれる。巻さんとお話をするなかで、改めてそのことを確認できました。

巻:ぼくたちの携わっているチームスポーツは、一つひとつのプレーに責任を持たないと成り立たちません。社会に出て自由が増えるなかでも、自由に対して責任を持つことが重要です。ぼく自身、サッカーを通して責任を持つことの大切さを学びました。障害のあり・なしにかかわらず、スポーツに参加することが多くの人にとって学びの機会となることを願っています。

↑羽立さんは、赴任先の盲学校だけではなく、地域の普通学校でもブラインドサッカーの体験会を実施していた

羽立:そうですね。『エブリシング イズ グッド!』をたくさんの方にご覧いただき、ブラインドサッカーをはじめとするスポーツが、障害、出身、言語など違いがある多様な人々を受け入れるきっかけ作りをしていることを伝えていきたいと思います。

巻:そうですね。これからもお互いに頑張りましょう!

↑クラブに所属する生徒たちと羽立さん。「ガーナでの経験を生かし、“スポーツ×国際協力”で多くの人に日本と世界とのつながりを伝えていきたいと思います」と締めくくった

『エブリシング イズ グッド!』音声解説付きのコミック動画
日本語版
https://www.youtube.com/watch?v=43AE-o-vA9o

英語版
https://www.youtube.com/watch?v=8c-fk63Myj8