TYPE-MOONの伝奇アドベンチャーゲーム「月姫 -A piece of blue glass moon-」(PS4 / Nintendo Switch)が2021年8月26日に発売された。本作は,いわゆるビジュアルノベルと呼ばれる,選択肢を選びつつ読み進めるタイプのアドベンチャーゲームだ。2000年のコミックマーケット59で配布された同人ゲーム「月姫」(以下,原作)をリメイクし,2010年代の東京都内が舞台に設定されるなど,時代に合わせて原作者の奈須きのこ氏本人の手で物語が分解/再構築された,TYPE-MOONの原点にして,最新の“月姫”である。
このリメイクが発表されたのは2008年,実に13年前のことだ。それ以降,ときおり続報は出るものの,本当に発売されるのか,もう概念的な何かになっているのでは,と心配するくらい待ち続けていたが……2020年の大晦日に「2021年夏の発売」がサプライズ発表される。リアルタイムで視聴中だった筆者は,まさかの発表に,「え,まじで!?」とディスプレイに向かって声を出して突っ込み,心が整理しきれないままに年を越してしまった。いや,本当に驚いた。ともあれ,ファンの待ち焦がれていた日がついにやってきたのだ。
一方,原作のプレイ経験者としては,「月姫」の多くをすでに知っているので,どれくらい楽しめるのか,というのが気になるところだ。また,原作には「アルクェイド・ブリュンスタッド」「シエル」「遠野秋葉」「翡翠」「琥珀」といった5人のメインヒロインとそのルートが登場するが,本作ではそのうち「月の表側」と呼ばれるアルクェイドシナリオ「月姫」とシエルシナリオ「夜の虹」のみの収録となっているのも,気掛かりな点になるだろう。
そうしたこともあって,本作の購入を迷っているという人はいるのではないだろうか。
では,実際のところ,本作はどの程度“分解/再構築”されているのか。原作を知っていたとしても“買い”なのか。原作との違いを話せる範囲で簡単に確認しながら,本作を改めて紹介したいと思う。
「月姫 -A piece of blue glass moon-」オープニングアニメーション
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なお,本作はレーティングがCERO Z,つまり18才以上のみ対象タイトルになっている。その理由は,血や切断といった強めのゴア描写が,文章表現だけではなく映像として,割と容赦なく入ってくるからだろう。そのあたりが苦手な人は注意してほしい。
※本稿では,できるだけ核心には触れないが,“月姫の原作”や本作のルート序盤〜中盤への導入にあたる5日目までの一部ネタバレを含んでいるのでご注意を。また,本稿で使用している画像は,メーカーの許諾を得て掲載している
新しくなったキャラクターデザイン
物語は原作と同様に,7年前に主人公の「遠野志貴」が事故で生死をさまよう大けがを負ってしまったことから始まる。からくも一命を取り留めた志貴だが,そのときから視界に映るあらゆる物に,ラクガキのような線が見えるようになる。それは,鋭利なもので軽くなぞるだけで対象を切断できてしまう,“モノが簡単に切れる線”だった。
幼少期の大けががきっかけで,父親である遠野槙久から勘当同然に,親戚の有間家へ預けられて育った志貴。しかし,槙久の死により新当主となった妹の「遠野秋葉」から,実家である遠野本家に戻るよう命じられてしまう。
有間の家から学校へ通う最後の日。通学中の電車内で「シエル」先輩と遭遇する。登場が早い! |
先輩と談笑していると同じ車内にいた女の子から苦言が。彼女とは,ときおり変なところで遭遇する |
クラスメイトで中学時代から面識のある「乾 有彦」(右)と「弓塚さつき」の2人。幻の“さっちんルート”は果たして実現するのか…… |
序盤からいろいろと選択肢が表示されるが,最初のプレイではそこまで気にする必要はなく,流れのまま選んでいけば問題ない。もし選べない選択肢があったら,“そういうものだ”と思って進めよう。
さて,原作からの変化として最初に言及すべきは,遠野志貴やアルクェイドを含めて一新されたキャラクターデザインだろう。発表当時,アルクェイドがミニスカートで登場したときには驚いたものだ。
なお,志貴については,ゲームにおけるまともな顔グラフィックスの初出がスピンオフである対戦格闘ゲーム「MELTY BLOOD」(2002年)だったと記憶しているので,月姫からの変化……とは少し意味が異なる。ところで,やや変態的な行動を取る選択肢が多いような気がするが,志貴ってこんな性格だったっけ……?
頭髪がやや短くなり,顔の全体的なフォルムが丸みを帯びたからか,女の子としてのかわいらしさが強調された感のあるアルクェイド・ブリュンスタッド |
まさかの衣装チェンジに衝撃! いつの間にそんな芸当を……ファンタズムーン……いやいや。ほかにも衣装は登場するのだが,そちらは自身の目で確かめてほしい |
シエルの新デザインは,前髪の分け方や眼鏡の違いで,個人的にアルクェイド以上に印象が変わったと感じたキャラクターだ。もっともアルクェイドの場合はゲーム内外で登場する機会も多く,新しいイメージが自然と入ってきており,キャラクターデザイン武内 崇氏の新しい画風に脳内がアップデートされていたせいかもしれない。
「月の裏側」にあたる遠野家の人々に関しては,本作ではあまり触れられないが,帰宅時を中心に3人のヒロインと会話を交わすので出番がないわけでもない。
遠野家の3人については,服装の色合いなどが変化したことを除けば,ほぼ原作から変わった印象は受けなかった。ただ,彼女らが活躍するのは「月の裏側」での話になるので,まだ見せるときではない……ということかもしれない。
一癖も二癖もある新キャラクター達
本作には,多数の新キャラクターが追加されている。一度完成した物語に追加されるキャラクターというのは,ともすれば蛇足になりかねず,不安要素になるのではと思っていたのだが,一癖も二癖もありそうな新キャラクター達は,本作の物語に見事にマッチングしているのだ。
●ノエル
志貴の学校に転任してきた教師「ノエル」。自己紹介では“愛染”という苗字を名乗っている。ノリのいいお姉さん風のキャラクターで男性生徒からは大人気だが,女子からは不評を買っている。新作「MELTY BLOOD: TYPE LUMINA」の情報ですでに“代行者”であることが判明しているが……この“程度”は公開されて問題ない話だ,とだけ。
●マーリオゥ・ジャッロ・ベスティーノ
聖堂教会から日本に赴任してきた司祭代行で,2人の部下を連れて行動している。外見年齢は12歳のように見える少年。とはいえ,教会の司祭代行である以上,彼が“まとも”な少年であるはずもない。
●斎木業人(ごうと)
黒い包帯で顔を覆った謎の多い人物。遠野家とは祖父の代からのビジネスパートナーであり,商談で当主(秋葉)を訪ねて来ることがあるようだ。
●阿良句(あらく)博士
月姫の舞台において,いろいろな意味で違和感とデタラメさを隠そうともしない,こちらも謎多き女性。一癖どころか,もうクセしかない。遠野槙久の後輩で,現在は秋葉の相談役として遠野家に訪れているという。この人が相談役とか大丈夫か。
大胆かつ大幅に変わった“吸血鬼”との戦闘
遠野本家に戻った志貴は,それまでと変わらない生活を送る。街では謎の連続怪死事件,吸血鬼騒動が話題になっているが,それもニュースの中での出来事であり,夜に出歩かなければ巻き込まれる心配もない。……のだが,アルクェイドとの出会いで,そのすべてが“反転”してしまう。
わけも分からないまま女性を殺してしまった志貴。“あれは夢だ”と現実逃避して迎えた翌日,登校する道の先に殺してしまったはずの金髪の白い人が笑顔で志貴を待っていた。
どんな理由,結果であれ大きな“罪”を犯してしまった志貴は,アルクェイドに協力し,吸血鬼との戦いに身を投ずることになる。
アルクェイドとの協力を約束した志貴は,一般人が知り得ない世界の裏側を知ることになる。ここで語られる吸血鬼講座は,TYPE-MOON作品の基礎知識をアップデートするのに割と重要な話が多い |
志貴が視ている「モノが切れる線」について,「モノの死を視る“直死の魔眼”」によるものだと話すアルクェイド。志貴こそ「化け物」だと断ずる |
さて,アルクェイドの再会から始まる展開は,その導入こそ原作どおりだ。しかし,原作を知っている人ほど,ここから“違和感”を抱き始めることになる。路地裏で遭遇する炎に包まれた新種らしき屍鬼(グール)。そして,アルクェイドと逃げ込んだホテルに襲来したのは,死徒二十七祖(※)の1人……だが,原作に出てきていないまったく別の吸血鬼だったのだから。
※死徒の頂点に立つ27人の強力な吸血鬼達。なお,原作から一部に変更が入っているようだ
志貴達の前に現れたのは「ヴローヴ・アルハンゲリ」。こちらも新作「MELTY BLOOD: TYPE LUMINA」で情報公開された新キャラクターである。彼の能力や背景はともかく,一般的な吸血鬼のイメージに近しい見た目だ。このヴローヴとの戦いは,お目見えこそルートが共通しているものの,決戦への導入や展開は各ルートでまったく異なり,ここから大きく物語が分岐していくことになる。
ところで,この話の流れで原作ファンが気になるのは「ネロ・カオス」はどうなったのか……だと思うが,実は今回の物語上でも“痕跡”のようなものは見え隠れする。しかし,その詳細は不明だ。
話を戻して,このヴローヴとの戦いだが,人,物に限らず,とにかく被害が尋常ではない。そのぶん戦闘シーンは派手で熱いものになっている。
どちらかと言えば,原作の戦闘は「Fate/stay night」と比べると静かに展開していくイメージだったが,本作の戦闘シーンは「魔法使いの夜」で培われたであろうCGと音楽による演出も相まって,とにかく目が離せない展開の連続だ。とくに,原作プレイ者も知らない,アルクェイドやシエルの新しい魅力が惜しげもなく披露されたりと,止め時が分からなくなってしまう。
新生「月姫」はTYPE-MOONファンなら迷わず“買い”の作品だ
原作者でシナリオ・監督の奈須きのこ氏,キャラクターデザインの武内 崇氏による新生「月姫」は,原作で分かりづらかった部分が丁寧に描かれ,とくにグラフィックスによる演出面の進化により,プレイヤーに与えられる情報が増えるなど,しっかりと原作ファンも楽しませてくれるリメイク作品となっていた。プレイが進めば進むほど,こんなことになるのか……といった新しい驚きに溢れており,プレイヤーを飽きさせない工夫が凝らされていたように思う。
Fateシリーズから入ってきた新しいTYPE-MOONファン(Fate/stay nightの発売が2004年なので,そう言っていいのか悩みどころだが)には無条件でオススメしたいが,原作ファンにこそ,その“新しさを実感してもらいたい”と思える作品なのだ。
一方,原作における前半のボスキャラとも言うべきネロ・カオスの戦闘が,ヴローヴに置き換わったことを残念に思うファンは少なくないだろう。かく言う筆者もそのひとりである。ヴローヴとの戦闘に不満があるわけではないが(むしろ面白い),原作におけるネロ・カオス戦が,直死の魔眼の在り方もそうだが,“遠野志貴のヤバさ”をより際立たせるシーンだと思っているからだ。そして,それがどう描かれるのかに期待していたという気持ちもある。ただ,そうした原作で強烈な印象をプレイヤーに与えた要素は,「月の裏側」である遠野家ルートのために残しているのかもしれない。ネロ・カオスが登場するかどうかは別として,この先に期待したくなる面もあるのだ。
※ネロ・カオス戦については,興味があれば佐々木少年版のコミックス「真月譚 月姫」(1〜10巻)を読んでもらいたい。ただし,後半に入ると割と大きな遠野家のネタバレが一部含まれているので注意してほしい
また,本作が2ルートのみになるという情報を聞いたときは,やはり複雑な心境だった。しかし,ふたを開けてみれば,再構築されたシナリオは収録された2ルートでもかなりの大ボリュームだったのである。あくまで筆者のペースでの話になるが,最後のエンディングを迎えたとき,軽く一般的なゲーム1本分を遊び終わるくらいには時間が経っていた。フルボイスであることも相まって,仮に遠野家のルートが同程度のボリュームで入っていたとしたなら,おそらくこの執筆時点では読み終えていなかったのではないだろうか。
こうしたノベルゲームというのは,あまりに長すぎると,それはそれで最後までプレイが続かなかったりする。実際に“読む”というのは結構疲れるものだ。そう考えれば,表側のルートでひと区切りとして,時間を置くというのも,選択としてアリなのかもしれない。
とはいえ,遠野家の伏線を含んだテキスト,一見すると何気ないヒロイン達の表情の意味,あからさまに残された謎の数々……などを考えると,「早く新しい“月の裏側”を!」と言わざるを得ないのも事実。今後の展開を含めて,続報に期待したいところ。
以上のように,原作プレイ済みであっても数々の衝撃が待ち受けている大ボリュームのシナリオは,ファンであれば間違いなく楽しめるはず。TYPE-MOONファンなら迷わず“買い”だと言えるだろう。「月の裏側」が発表されてから……という人もいるだろうが,できればまだネット上の情報が少ないうちに,プレイしてもらいたいところだ。