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2000年12月に同人ゲームとして登場し、濃密な設定と熱量の高い物語、魅力溢れるキャラクター陣などで高い満足度を提供した、PC向け伝奇ADV『月姫』。同人作品ながらコミカライズやTVアニメ化を実現させ、確かな人気によって大きく発展した伝説的な一作です。

この名作ADVが20年以上の歳月を経て、ニンテンドースイッチ/PS4ソフト『月姫 -A piece of blue glass moon-』としてリメイク。ファンが待望し続けた再誕が、本日8月26日に幕を開けました。

このリメイク版を事前に予約し、特典と共に購入した方も多いことと思います。本作は店舗別特典も多いため、絞るのに苦労したことでしょう。

筆者は、特典の冊子「月姫通信R」に惹かれ、「TYPE-MOON」公式通販(ANIPLEX+)にて限定版を購入。ゲーム内容も気になるばかりですが、この「月姫通信R」が予想以上に濃かったため、ネタバレしない範囲でその特徴などをお伝えします。

リメイク版『月姫』への思いが詰まった40p! うち1/5は、奈須きのこ氏による当時の資料が赤裸々に

『月姫 -A piece of blue glass moon-』限定版は、まずこのようなダンボールで届きました。伝票などは剥がした後ですが、青地に月を彩る陰影が印象的です。

ちなみにダンボールの外側に『月姫』のロゴなどはなく、側面一箇所にタイトルのローマ字表記と副題が小さく書かれているのみ。一見するだけで中身は察しにくく、伝票にも内容物の記載がないので、周りに知られたくない方は公式通販も良さそうです。

このダンボール開けると、「TYPE-MOON」と『月姫 -A piece of blue glass moon-』のロゴがお目見え。蓋を開けた人だけが、この箱の正体を知ることができるのです!(大げさ)

限定版と「月姫通信R」は、このように保護されて入っていました。ちなみに今回購入したのは、ニンテンドースイッチ版です。また、うっすら見えているのが「月姫通信R」。

ちなみに、この特典の名前にある「月姫通信」は、同人サークル時代の「TYPE-MOON」が通信販売の際に添付したペーパーが原点です。「通販を使って買ってくれた人に、ちょっとしたオマケを付けよう」として始まりました。

記念すべきvol.1は、B5サイズ両面に4ページを詰め込んだものでしたが、vol.3ではオフセット本に進化。“最初は軽く始めたはずなのに、気がつくと全力投球”という展開は、「TYPE-MOON」ファンならばお馴染みでしょう。

この「月姫通信」のvol.1~vol.3は、今も同人版公式サイトにて閲覧できます。ただしこちらのサイトは、18歳未満の方は立ち入れないのでご注意ください。ちなみに、『月姫 -A piece of blue glass moon-』もCERO:Zなので、年齢制限をお忘れなく。

こちらが、『月姫 -A piece of blue glass moon-』の限定版と、特典冊子「月姫通信R」。20年の時を経て辿り着いたリメイク作が手元に……感慨深さが沸き上がります。

ちなみに、限定版の特装化粧箱には、ちょっと仕掛けというか、ファン心をくすぐる演出があります。紹介するのは簡単ですが、これは前情報なしで直接味わう方が断然良いと思いますので、詳しく触れずにそっとしておきます。これから開ける方は、どうぞお楽しみに!

なお、限定版に同梱されている設定資料集「月姫マテリアルI-material of blue glass moon-」はネタバレを含んでいるので、できればゲームクリア後の閲覧を推奨します。

気になりつつも設定資料集を脇に置き、今回の本題「月姫通信R」へと移ります。ページ数は全40pで、サイズは17cm×17cm。確かに、通販に付属するペーパー的なサイズ感です。

とはいえ、手作りペーパーやモノクロオフセット本とは大きく異なり、装丁が凝っていますし手触りも上々。オマケの域は楽々と越えています。

そして冊子の内容ですが、『月姫 -A piece of blue glass moon-』に関わった開発陣が、それぞれの想いやちょっとした裏話などをイラストや文章で綴る、寄せ書き的な一冊でした。

武内崇氏や奈須きのこ氏といった『月姫』の主軸になるふたりを筆頭に、こやまひろかず氏に蒼月タカオ氏など、本作はもちろん「TYPE-MOON」作品にも深く関わる面々が名を連ねています。

武内氏は、イベントCGのラフやキャラクターイラストなどを、見開き2pにこれでもかと詰め込むと共に、かつてと今の『月姫』に向けたコメントを記しました。

そして、この「月姫通信R」で最も見応えがあるのは、同人版『月姫』のプレイを通し、リメイクに向けた所感を書き留めた8pにわたる奈須氏の資料です。冊子の総ページが40pなので、1/5を占める圧倒的なボリュームと言えます。

この資料が作られたのは、『魔法使いの夜』開発後期の2011年。約10年前の奈須氏が、リメイク版をどのような作品にするべきか。そのプランやアイディア、そして葛藤と発見に満ちた試行錯誤が綴られています。

資料の冒頭から「いろいろ拙い」と、自身が手がけた10年前のシナリオを厳しく評価するところから始まり、日常の描写を増やすべきかといった思案なども赤裸々に記述。「今やってみると、開始時の志貴のキャラ立てはすっっごく薄いな!」のような率直な感想も飛び出します。

また、「○○の登場はガラッと変える」「1日目は○○○○○○の話はせず、志貴の話の土台をちゃんと作る」(○○はネタバレを考慮した記事上の編集。冊子内では明記されています)と具体的な方向性を記した部分もあり、その本気度が見え隠れ。

奈須氏のプレイ進行に合わせ、ごくありふれた高校生の日常から始まった物語は、『月姫』独特の深みを見せていきますが、事態の重みをより正確に伝える模索や、プレイヤーに提供したい体験をどのように表現するかなど、前へ前へと進もうとする奈須氏の力強さに限りはありません。

さらに、「今のままでのリライトは容易い。このままで『Fate/EXTRA』ぐらいの面白さにはできる。が、“2011年に見て新しい物”にする場合、根本から変える必要がある。同人版のいいところを半分くらい取り外すコトになる」と記した下りもあり、作品に根幹を振るがしかねないほどの強い発言も見受けられます。

10年前の作品に真っ正面から向き合い、原型に未練を見せず、魅力と本質を解析するため、冷酷なまでに作品を分割していく──そんなシナリオライターの姿が、この8pの中に凝縮されていました。

今回触れた部分は、この資料全体から見ても、ほんの一部分に過ぎません。しかもこの資料は、あくまでリメイク版制作前のメモにしか過ぎず、また10年以上前のもの。2020年や2021年の奈須氏が、更にどのような解釈やアイディアを盛り込んだのかは、この冊子からは分かりません。

10年前の奈須氏が、リメイク版にどのような構想を持っていたのか。「月姫通信R」は、その実態の一端を窺える貴重な資料と言えるでしょう。そして、今の奈須氏が下した結論こそが、製品版『月姫 -A piece of blue glass moon-』に他なりません。

奈須氏が出した答えが知りたい方は、『月姫 -A piece of blue glass moon-』のプレイに臨み、10年前の思考が知りたい人は、「月姫通信R」の入手を考えてみるのも一興でしょう。

「TYPE-MOON」公式通販(ANIPLEX+)の受付は今も継続中で、限定特典の「月姫通信R」はまだ付属している模様です(8月26日 17時現在)。初回限定版も注文可能なので、設定資料集も読みたい方はそちらをお選びください。ただしいずれの場合も、出荷は8月30日以降順次となるので、その点だけご注意を。

無事、『月姫 -A piece of blue glass moon-』と「月姫通信R」を手に入れた場合、同人版をプレイ済みで内容を今も熟知している方は、「月姫通信R」を読んでからゲームプレイに移るのもアリかと思います。プレイ経験はあっても詳細は忘れている人、また今回初めて『月姫』に触れるユーザーは、「月姫通信R」は一度封印し、まずはプレイに励みましょう。

今回「月姫通信R」の紹介は、奈須氏の資料を中心に取り上げましたが、スクリプトを組む上で「距離感」に気を使った点や、PCにおける実行、開発環境の話、たった1文字の修正でエディタの動作速度が改善された件など、『月姫 -A piece of blue glass moon-』の欠片がたっぷり詰まっているので、単純に一ファンとしてお勧めできる一冊です。機会があれば、ぜひご覧あれ。