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こんにちは、書評家の卯月 鮎です。猫が飼われた最古の記録は約4000年前の古代エジプト……というのが定説でしたが、近年、約9500年前のキプロス島の遺跡から男性の骨と一緒に埋葬された猫の骨が発掘されて話題となりました。人と猫の付き合いはかれこれ1万年。人類は猫に魅了されっぱなしです。

 

猫と人間はおよそ一万年のパートナー

もちろん名だたる文豪たちも例外ではなく、猫を愛でながら文学史に残る傑作を生み出してきました。今回紹介する文豪の愛した猫』(開発社・著/イースト新書Q)は、猫と作家の知られざる逸話が満載の新書。猫好き×文学好きにはたまりません。

 

 

 

谷崎潤一郎がこよなく愛した猫

第1章の「日本の文豪と猫」には、『我が輩は猫である』の夏目漱石を筆頭に日本人作家19名の猫エピソードが並んでいます。私が一番興味を引かれたのは『細雪』の谷崎潤一郎。女性の美をフェティッシュに描いた耽美な作風で知られた谷崎は、イメージ通り猫派だったようです。

 

「猫好きの人間はその我が儘なところが又たまらなく可愛いんでございます」(随筆『猫と犬』)とメロメロの様子。

 

なかでも飼っていたイギリス種のべっ甲猫・チュウがお気に入りで、この猫をモデルに男女の三角関係を浮き彫りにした『猫と庄造と二人のをんな』という小説を書いています。私も読んだことがありますが、人間3人を振り回す頂点に立っているのが猫で、なまめかしく賢い様子が猫好きならぐっとくること間違いなし。

 

第2章は「海外の文豪と猫」。日本でも人気が高い『老人と海』を書いたアーネスト・ヘミングウェイは、1930年代、アメリカ・フロリダ州のキーウエスト島で暮らしていたときに知人から猫をもらい、釣った魚をあげているうちに仲良くなったそうです。

 

その後、飼っている猫の数はどんどん増えていき、最大68匹になったとか。なかでも一番可愛がっていたのが猫のボイシー。ボイシーは自分を特別だと思っていたようで、ほかの猫たちがエサに群がる間もその輪には加わらず、悠然とヘミングウェイの好物のマンゴーやアボカドを食べていたという恋人のような猫。晩年の作品『海流のなかの島々』にもボイシーは登場しています。

 

ヘミングウェイの飼っていた猫たちは、最初にもらった猫の遺伝で六本指の子が多く、ヘミングウェイは「幸せの猫」と呼んでいました。

 

巻末には萩原朔太郎の詩「猫」や太宰治の「ねこ」など、猫に関する短編や詩、随筆も8本収録されています。定番ですが、個人的には宮沢賢治の「どんぐりと山猫」がオススメ。黄色い陣羽織を着てどんぐりに威張る緑色の目をした山猫、ほほえましいですよね。

 

開発社という編集プロダクションが手がけた新書で、猫愛が随所に感じられ、読んでいて心がほっこりします。猫が登場する作品も多数紹介されていて文学案内としても役立つ一冊。1万年前の人間もきっとそうしていたように、猫を撫でて癒されながら、読書の秋を満喫してはいかがでしょう。

 

 

【書籍紹介】

『文豪の愛した猫』

著者:開発社
発行:イースト・プレス

飼い猫をモデルに書いた連載小説で人生が好転した夏目漱石。捨て猫を放っておけないほどの繊細な一面があった三島由紀夫。生涯500匹の猫たちと暮らした大佛次郎『キャッツ』でエンターテインメント界きっての人気者となったT・S・エリオット。名作を残した文豪たちは、いかにして人生さえも左右する猫と出会い、どのように愛し、いかにして別れを惜しんだのか。知られざる文豪の素顔を、愛猫と結んだ「絆の物語」から迫っていく。

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【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。