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こんにちは、書評家の卯月 鮎です。ブドウ狩りやイチゴ狩りなら平和ですが、90年代半ばに問題となったのが「エアマックス狩り」。ナイキのスニーカー、エアマックスを履いていると、襲撃されて奪われるという事件が相次ぎました。

時代とともに歩むスニーカー

スニーカーに詳しくなかった私は、どうしてそれほど人がエアマックスに夢中になるのか、ピンと来ませんでしたが、ようやくこの新書を読んで納得しました。単なる靴が、ファッションアイコンとなり、投資の対象となっていく……。自分がまったく触れてこなかったカルチャーを気楽に覗けるのが新書の良さです。

『1995年のエア マックス』(小澤匡行・著/中公新書ラクレ)の著者は、ファッション編集者の小澤匡行さん。アメリカ留学後、ファッション雑誌「Boon」でライター業を開始し、長年その制作に携わってきました。スニーカーに造詣が深く、著書には『東京スニーカー史』(立東舎)があります。

 

スニーカーブームの裏側に迫る

第1章は、2010年代に起こった世界的な第二次スニーカーブームについて。その立役者となったのはスマホでした。オンラインで簡単にスニーカーが購入・取引できるようになり、インスタグラムでファッション情報が一気に拡散される。こうした変化が新たなブームを生み出しました。

 

世界的なスニーカーブームを支えているのが中国の若い「プチ富裕層」。2016年の中国での「海外ブランド好感度調査」によると、アルマーニやシャネルといった高級ブランドを抜いて、1位はナイキ、2位はアディダスとなっています。しかし、中国ではフェイク品が多いため、彼らは東京へ来て店頭で実物をチェックし、安心してショッピングするのだそうです。

 

また、スニーカーのリセール(転売)市場は現在1兆円規模に拡大。2016年に設立されたアメリカ発のオンラインマーケットプレイス「StockX」では、株式市場のメカニズムを利用し、スニーカーの市場価格がリアルタイムで更新されています。スニーカーでマネーゲーム……純粋なスニーカーファンはどう思っているのでしょうか?

 

第2章「『シューズ』から『スニーカー』へ」では、単なるアスレチックシューズだったスニーカーが、80~90年代にカルチャーと結びついていった経緯が語られます。きっかけのひとつはNBAシカゴ・ブルズに1984年に入団した新人、マイケル・ジョーダンとナイキが異例の大型契約を結んだこと。

 

ジョーダンの名前を冠した「エア ジョーダン 1」(1985年)は、「バスケットシューズは白」という慣例に反した大胆な黒×赤のカラーリングで、今でも人気のモデルです。ちなみにこのカラーリングはNBAの規約違反で、ジョーダンはナイキに違約金を肩代わりしてもらって履き続けたという逸話がありますが、著者によるとこれはあくまで都市伝説とか(笑)。

 

そして第3章では、日本で起きた「エア マックス95」騒動が語られます。読んでいて驚いたのは、ソールが黒で、下に向かって色が濃くなるグラデーションという当初の重々しいデザインは不評で、日本国内のバイヤーたちが「この新作は売れないのでは」と仕入れ数を控えめにしたというエピソード。その結果品薄となり、逆に空前のブームを呼んだそうです。「週刊朝日」の表紙で木村拓哉さんが、ドコモのポケベルのCMで広末涼子さんが着用したのも人気が爆発するきっかけとなりました。

 

それぞれのスニーカーが単品で紹介されているわけではなく、経済状況や若者の意識変化と結びつけて解説されているのがこの本の良さ。カジュアルなアイテムだからこそ、世の中の移り変わりを敏感に映す鏡となったスニーカー。その一足には時代の空気が詰まっています。

 

 

【書籍紹介】

『1995年のエア マックス』

著者:小澤匡行
発行:中央公論新社

国境を越えて争奪戦が起き、富裕者層の所有欲求を満たすアイコンとなったスニーカー。Youtubeはスニーカーの動画で溢れかえり、株式のように売買できるマーケットまで成立。長くファッション誌に携わってきた著者はこの状況を「ターニングポイントは『エアマックス95』だった」と指摘する。あの一足で世界はどう変わり、この先どうなるのか?歴史、経済、そしてカルチャーー。スニーカーには、そのすべてが投影されている!

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【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。