多くのゲームにとってグラフィックスは欠かさざる要素となるが,一方でプレイヤーによって好みが分かれることもよく知られている。またこの好みは,しばしば文化的差異によっても大まかに差がでることも,何度も指摘されてきた。近年の日本においては,アメリカやヨーロッパの開発会社が作ったゲームのグラフィックスを「洋ゲー」といった言葉で評価することは減っているように思えるが,これは中国市場においても同じとは限らない。
GDC 2021ではNetEaseのArt DirectorであるYang Suo氏により,中国市場のプレイヤーが好むアートスタイルについての講演があった。Suo氏は2006年から2016年までEA ShanghaiでいくつものAAAタイトルに携わっており,2016年から現職に就いている。西洋絵画がベースになったアートスタイルにも,中国絵画がベースになったアートスタイルにも通暁した,このような講演にはもってこいの人物と言える。
なお,本講演はNetEaseのSenior User Experience ResearcherのXinhui Zhang氏との共同講演となっているが,Zhang氏のパートが10分弱と短く,またアートというよりはワークフロー側により寄った講演であったため,Suo氏の講演のみを紹介する。
風景:「線」を意識した画作り
本講演は,ゲームにおけるグラフィックスの大きな構成要素である「背景」と「キャラクター」について,それぞれ別々に議論を進めている。Suo氏はまず背景から解説を始めた。
Suo氏は現代的なAAAタイトルの背景グラフィックスが基本とする西洋絵画の特徴として,以下の5点を指摘した。
- コントラストが高い
- 色の彩度が高い
- ロー・キー・ライティング
- 厳格な遠近法
- 陰影を強調
実際のゲーム画面としては,Suo氏はまず「ウィッチャー3 ワイルドハント」の画像を例に挙げ,実際のゲーム画面においても明暗の差がはっきりしているだけでなく,明るいエリアがあまり広くないことも指摘した。また「アンチャーテッド」シリーズにおける彩度が高く,豊富に色を使う美術スタイル(一方で本作でも陰影のコントラストははっきりしている)も例示した。
一方で中国の伝統的な絵画は,これらとは大きく異る特徴を有する。
- 線を強調する
- 陰影の関係性を弱く描く
- 遠近法の適用が弱い
- 単純化や抽象化が行われる
この傾向は,中国の庭園(およびその関係物)によく表れているとSuo氏は指摘する。
また同じ庭園でも西洋の庭園は完全な直線が採用されていることが多いが,中国の庭園は構造そのものにジグザグが用いられることが多くいそうだ。
これらの特徴をゲーム内で表現するにあたって,Suo氏はいくつかの工夫を行っている。
- より抽象的で,頂上部の稜線だけがはっきり見える山
- 連続性の高い雲(雲海)
- 「線」が意識された画面
- 陰影のバランスは,その背景画像が訴えたいものにより依存させる
言葉で説明しても分かりにくいので,実際にNetEaseがサービスしている最新のMMORPGである「Justice Online」から画像を見てみよう。
ジグザグや円が多用されている |
意図的に余白を作る |
また「Justice Online」では中国の伝統絵画をゲーム内に再現することも試みているという。本作は宋代が背景となるRPGだが,宋代における最も有名な絵画を,ゲーム内の風景として再現しているのだ。
キャラクター:骨格ベースではなく表情ベース
続いてキャラクターだが,これも西洋と中国で表現の方向性が異なる。
伝統的な西洋絵画では,骨格を踏まえた立体的な表情と,陰影の強調が見られる。また肌や髪,衣服といったものについてもリアルさが追求されており,ディテールも細かい。加えて,その人物画の中に,その人物が経てきた経験や歴史を象徴するものが描かれている。
この方向性はゲームでもはっきりと確認できる。Suo氏がまず例に挙げたのは「アンチャーテッド」のキャラクターで,ネイサン・ドレイクの肌は傷だらけだし,着ている衣服も汚れが目立つ。また「God of War」のクレイトスは,彼が負っている傷跡や,装備している武器などに,それぞれ意味と歴史がある(逆に言えば,その傷跡が彼の歩んできた物語を示している)。
一方で中国の伝統的な絵画において,キャラクターはより表情に注目して描かれる(骨格はあまり重視されない)。また,ここでも風景と同じく「線」の美しさや連続性が重視される。
これを実際のゲームに実装するにあたってSuo氏は,以下のような点に留意したという。
- 目と瞳のモデリングおよび構造に力点を置く:小さなパーツだが,表情に強く寄与するため,プレイヤーは非常にここを重視する
- 顔を構成する骨格を単純化することで,表情に対するエフェクトのかかりかたを縮減し,柔らかさや滑らかさを強調する
- 肌はなるべく綺麗な状態で表示させる。シワや毛穴といったものはボヤけた表現に留める:プレイヤーは現実世界における「老い」の過酷さを追体験したいわけではない
- 髪は無秩序にバラけさせることなく,髪型の外枠を表現することを重視する
またキャラクターの衣装としては伝統的な衣装の柄をテクスチャとして用いるのは当然として,現代的な服装を取り入れることも同時に行っているという。
軍人の制服などには統一感をもたせる |
現代的な服装をゲームに取り込む |
このようにして背景とキャラクターの「中国市場にとって望ましいアートスタイル」が定義されていったわけだが,この2つをゲーム画面として調和させるためには,もう一息の工夫が必要となる。
Suo氏が示した方針は,以下のようなものだ。
- キャラクター間で明度を変える
- キャラクターの彩度は高くし,背景の彩度は下げる
- キャラクターに対するライティングと,背景に対するライティングを変える
これらはいずれも「画面の中でプレイヤーのキャラクターを浮き上がらせる」のが目標であり,これはMMORPGというゲームにおいて必要な機能であると同時に,自分のキャラクターの活躍を見たいというプレイヤーの欲求を満たすものでもあると言えるだろう。
前述のように日本においては,かつて主に「洋ゲー」という言葉で表現されていたグラフィックスのテイストの違いは,ゲーマーの間で少しずつ薄れつつあるように思える。例えば「トゥームレイダー」シリーズではこれまで様々なララ・クロフトが描かれてきたが,近年の描かれ方がどうしても嫌だという日本のトゥームレイダー・ファンは少ないのではないだろうか。
だがNetEaseが中国ユーザーに対して「どの時代のララ・クロフトが好きか」をアンケート調査した結果,「2013年版が突出して評価が高く,そこから先は年を追うごとに評価が下がる」という結果が観測されたという。この講演でSuo氏が指摘したように,中国の多くのゲーマーは,「あまりにもリアル過ぎるキャラクターの描かれ方」を好んでいないのだ。
果たして中国のゲーマーもまた日本と同じように,時間が経過するに従って西洋的なアートスタイルに馴染んでいくのか。それとも日本のアートスタイルが世界のあちこちで熱狂的なファンを生んだように,中国で(あるいはより広い視野で見れば,世界のあちこちで)それぞれの文化をもとに再構築されたアートスタイルが輸出され,熱狂的なファンを生み,それぞれの土地で再生産されていくのか。
どんな展開をするにせよ,我々ゲーマーとしてはアートスタイルの選択肢が広がる未来が期待できるだけに,その進展と変化に注目していきたいところだ。