NHKの大河ドラマ『青天を衝(つ)け』のVFX映像の制作過程や裏話、現場の様子などをご紹介するシリーズ企画。15回目となる今回はモーションコントロール撮影風に仕上げたシーンについて解説したいと思います。
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TEXT_『青天を衝け』VFXチーム(NHK)
EDIT_海老原朱里 / Akari Ebihara(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
[青天を衝け] VFX編 | 激動の幕末をダイナミックに描く舞台裏 | 青天を衝けの世界 | NHK
© NHK
ミッション<15>「カメラを動かして撮影した実写映像に、別の実写映像を合成する!」
実写背景に3DCGを合成する場合、実写カメラの動きを検出し、3DCGをその動きに合わせてレンダリングします。背景のパースが変化するような動きでも、それに合わせて3DCGをレンダリングすればいいのです。しかし、実写背景に実写素材を合成する場合、パースが変化するようなカメラの動きだと、「その素材をどう撮るか?」ということが問題になってきます。予算やスケジュールに余裕がある場合は「モーションコントロールカメラ」を使用するのもいいかもしれません。記録された動きを何度でも正確に再現できる「モーションコントロールカメラ」はCMなどでは多重合成などによく使われています。
しかし、予算やスケジュールなどが限られている場合は、実写の多重合成カットではカメラを固定(FIX)することが多いと思います。『青天を衝け』でもカメラを固定した背景素材に、実写合成をしているカットもたくさんありますが、今回はカメラを動かして撮影した実写映像に、別の実写映像の動きを合わせて合成した例を2つご紹介します。
①徳川昭武がパリでナポレオン3世に謁見するシーン
まずは第22回で放送した徳川慶喜の弟である徳川昭武(板垣李光人)がパリでナポレオン3世に謁見するシーンです。CGWORLD vol. 277(2021年9月号)でも紹介していますが、当初フランスでの撮影をするはずが、コロナ禍のため、日本から出演者を連れての現地撮影を断念せざるを得ず、背景とフランス人キャストはフランスで撮影し、日本人キャストは日本でグリーンバック撮影し、それらを合成するという方法を採りました。そのため、3DCGによる綿密なプリビズを行ない、カメラ位置や角度、レンズの焦点距離などをパリ撮影チームに指示しました。撮影したカットのほとんどがカメラ固定だったため、パリでの撮影映像、日本の撮影映像をピッタリ合わせることができました。
▲ナポレオン3世謁見式横ドリーカット
しかし、全てのカットがFIXだと編集のながれとして面白くないため、いくつかのカットではあえてカメラを動かす演出にしています。下記の画コンテでは「C06(画像一番下)」がそれにあたり、ナポレオン3世の両脇に並んだ男性陣と女性陣の間を昭武一行が歩き、それらをカメラで横ドリーしていきます。
▲ナポレオン3世謁見式の画コンテとプリビズ
「C06」では昭武一行も、手前の女性陣も足の接地が見えないため、「カメラスピードをほぼ合わせて撮影し調整すれば多重合成も上手くいくのでは?」と考え、事前にテストをしてみました。全く別のシーンの撮影準備のときにグリーン幕を貼っていたので、スマートフォンで別々に同じ位の移動スピードで撮影した「フランス男性陣想定」、「昭武一行想定」、「フランス女性陣想定」を仮合成してみました。一番奥レイヤーの「フランス男性陣想定」の映像を2Dトラックし、「昭武一行想定」、「フランス女性陣想定」の映像のスピード調整をしています。
▲スタジオ図面上でのシミュレーション
▲多重合成テスト
テストの結果、上手くいきそうなことがわかったのでフランスチームにもプラン内容を伝えます。照明条件などを合わせるために、日本での昭武のグリーンバック撮影よりも先にパリでの撮影を行なうため、「どのくらいの距離をどのくらいの速さで移動(横ドリー)してもらうか?」ということも検討しました。リハーサル時に本番で使う(歩きづらい)靴を履き、実際に昭武役の板垣さんに歩いてもらった映像もパリチームに送りました。
▲昭武の歩き
パリの現場(フォンテーヌブロー城)では板垣さんの身長に近い方に、事前に決めたスピードで歩いてもらい、カメラの移動速度やサイズ、アングルの確認をしています。そして「フランス男性陣+背景」、「フランス女性陣(GB)」を撮影しました。軌道がずれないようにカメラレールを敷いていますが、モーションコントロールカメラではないので時計で計りながら速さを調整するというアナログ手法で「だいたい同じ」ぐらいな感じです。
▲パリでの撮影現場の様子
以下が本番素材とVFXブレイクダウンです。パリ撮影後に日本でカメラの画角や高さ、照明の方向などを合わせて昭武一行を撮影しています。このときもレールを敷いて、「だいたい同じ」ぐらいの速度で撮影しています。
▲本番カットのVFXブレイクダウン
本番合成時には「昭武一行」素材でトラッキングし、それらを「フランス男性陣」、「フランス女性陣」のスピードやスタビライズ調整に利用しています。そして、それらを合成することで、横ドリーした多重合成カットが出来上がりました。
▲Nukeでのトラッキング画面
※ナポレオン3世に謁見するシーンについては「コロナ禍で実現したパリと日本のリモートによるVFX制作、大河ドラマ『青天を衝け』」の記事でも詳しく解説しています
②渋沢喜作が富岡製糸場を訪ねるシーン
次に第31回で放送した、渋沢喜作(高良健吾)が尾高惇忠(田辺誠一)のいる富岡製糸場を訪ねるシーンです。喜作の後ろでカメラが一緒に歩いているカットですが、実はこのカットもVFXにより合成したものです。コロナ禍や諸事情により、現地での出演者による撮影ができなかったため、スタジオグリーンバック撮影した喜作に背景を合成しています。
▲喜作ごしの歩きカット
前述のナポレオン謁見式の例と同様に、モーションコントロールカメラを使わずに、別々に撮影した動きのある映像を合成することはとても難しいです。そこで今回も本番撮影の前に技術テストをしてみました。この例ではブルーバックで撮影した人物素材のカメラの動きを3Dトラッキングし、別に撮影した背景素材の動きを合わせています。それぞれ3Dトラッキングした映像をNukeでSphereにカメラプロジェクションし、人物素材のカメラで再撮影しています。このテストもVFXチームでスマホ撮影した映像を簡易合成しているため、合成馴染みなどはきちんと処理していませんが、接地が見えなければなんとかなりそうです。背景を数種類撮影して様々なパターンを試してみました。
▲動きのちがう素材の合成テスト
次にいよいよ本番ですが、最小限の素材撮影チームで富岡製糸場にて背景を撮影しました。下記ムービーは助監督によるテスト映像です。喜作の歩きを想定し、歩く速さや距離、カメラの動きなどを決めました。
▲助監督によるテスト
下記ムービーは別角度から撮ったテストの様子です。カメラはシグマの「SIGMA fp」を使い、RONIN-Sでスタビライズしています。
▲別角度から撮影した助監督によるテスト
そのテストで決めた動きで、喜作がいない背景を撮影します。
▲撮影した背景
次にスタジオで喜作の歩きをグリーンバック撮影します。富岡製糸場で撮影した動きと極力合わせて歩いてもらったのに加え、この素材ではカメラの揺れを抑えるために手持ちではなく台車に三脚ごと乗せて移動しています。
▲スタジオでカメラの動きの確認
下記がグリーンバック撮影した喜作です。事前テスト時にはパースの変化を検出するため、立体的にマーカーを配置しましたが、本番では地面が見えないアングルとなったため、2Dトラックで上手くいくと判断し、正面の壁面にしかマーカーを貼っていません。
▲喜作の歩きをグリーンバック撮影
事前テストではSphereにカメラプロジェクションしてNukeカメラで再撮影しましたが、本番時は接地が見えなかったのでもっと簡単な手法で上手くいきました。富岡製糸場の背景素材を2点で2Dトラッキングし、喜作のグリーンバック素材をスタビライズしたものに動きを2Dで反映させています。また、背景素材の富岡製糸場には現代物(避雷針や雨樋など)が映っているため、Mochaでトラッキングし、ペイントでそれらを消しています。そのほかにも撮影時が快晴だったため、雲を若干足しています。
▲本番カットのVFXブレークダウン
今回はモーションコントロールカメラを使わずに、別々の場所で撮影した動きのある素材合成についてご紹介しました。今後もNHKの大河ドラマ『青天を衝け』のVFX技術をたくさん紹介していきますので、ぜひ放送をご覧ください。(『青天を衝け』VFXチーム)
info
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大河ドラマ『青天を衝け』
【放送情報】
NHK 総合 毎週(日)夜 8:00~/[再放送]毎週(土)午後 1:05~
NHK BSプレミアム 毎週(日)午後 6:00~
NHK BS4K 毎週(日)午後 6:00~
公式HP www.nhk.or.jp/seiten© NHK