ヨーロッパではかつて人間の頭蓋骨が飲み薬として用いられていました。
当時の医師たちは、頭蓋骨の粉末を含んだ薬が「あらゆる病気を治してくれる」と考えていたのです。
ほんの300年ほど前に流通していた狂気の治療薬について、当時の様子をご紹介します。
目次
- チャールズ2世が死の淵で飲んだ「頭蓋骨の飲み薬」
- 「頭を摂取すれば、頭の病気が良くなる」という考えが広まる
- 頭蓋骨の薬は市場を大きくした後、科学に敗北する
チャールズ2世が死の淵で飲んだ「頭蓋骨の飲み薬」
1685年、イングランド王のチャールズ2世は脳卒中で倒れてしまいました。
医師たちはあらゆる手を尽くして王を救おうとしていましたが、王自身はある治療法が効果的だと信じていたようです。
それが医師であり化学者のジョナサン・ゴダードが作った飲み薬でした。
これは頭蓋骨を含んだ飲み薬であり、後に「キングスドロップス(King’s Drops)」として知られるようになります。
キングスドロップスのレシピは複雑で、アルコールと多くの材料から作られていました。
そして、その中で最も重要な材料だったのが、人間の頭蓋骨をすりつぶした粉末だったのです。
しかも頭蓋骨なら何でもいいというわけではありません。
理想的なのは、「健康で若く、非業の死を遂げた人」の頭蓋骨だというのです。
つまり死刑や戦争の際に得られる頭蓋骨こそが、キングスドロップスに最適な材料だったのです。
晩年、医師たちは王の喉にキングスドロップスを毎日40滴も流し込みました。
当然ながら、望んだ効果が発揮されるわけもなく、逆に王の死を早めたかもしれません。
頭蓋骨の飲み薬はチャールズ二世を救えませんでしたが、多くの人は、頭蓋骨の薬を摂取するのをやめませんでした。
「頭を摂取すれば、頭の病気が良くなる」という考えが広まる
頭蓋骨の薬は、16世紀から18世紀に至るまで、イギリスをはじめとするヨーロッパの貴族たちの間で一般的なものでした。
当時の医学は発展途上で、奇妙な治療法がたくさん存在していましたが、その中でも頭蓋骨を用いた治療法は特に人気があったようです。
例えば1643年に発表されたてんかん治療薬には、「暴力的な手段で殺された人間の頭蓋骨が3個」必要でした。
こうした医療が広まった背景には、「体のある部分を食べると、同じ部分が回復する」という思想に基づいています。
つまり「健康な人の頭を食べるなら、自分の頭の病気が治る」と考えられていたのです。
そしてその思想を元に作られた偽薬から、人々はいくらかの効果を体感していたかもしれません。
当時の人々は頭蓋骨の粉末をチョコレートやワイン、アヘンなどに混ぜていたので、一時的に気分が良くなった可能性が高いのです。
またプラセボ効果によって、思い込みが体調を本当に改善させたかもしれません。
さて人々は、頭蓋骨に対する間違った認識から、その効果を信じ、欲するようになりました。
こうした需要は市場の拡大と流通へとつながります。
頭蓋骨の薬は市場を大きくした後、科学に敗北する
大抵の場合、頭蓋骨や死体を用いた薬には、新鮮な材料が必要とされます。
そのためイギリスでは、頭蓋骨や死体の巨大な市場が形成されることになりました。
不謹慎だったとしても、大きな需要に対して「死体を商品として扱う企業」が生まれるのは当然の結果だと言えるでしょう。
彼らは新鮮な死体を戦場から薬屋へと流通させ、儲けていたのです。
そして頭蓋骨の需要はイギリス以外の国でも生じます。
特にドイツでは頭蓋骨の需要が大きく、アイルランドの戦場から死体を略奪し、そのままドイツに売るという商売が盛んに行われていました。
とはいえ、こうした頭蓋骨の商売も近代科学には勝てません。
1778年には頭蓋骨を売ったという記録が残っていますが、この商売は19世紀の時点で完全に失われたようです。
前進する解剖学と生理学が、頭蓋骨にまつわる迷信を見事に論破したのです。
さて現代でも、科学によってますます正確な理解が得られるようになっています。
私たちが当然のように信じていることでも、数百年後には「頭蓋骨の飲み薬」のように扱われているかもしれないのです。
参考文献
Europeans Once Drank Distilled Human Skulls as Medicine
https://www.atlasobscura.com/articles/drinking-skulls