もっと詳しく
「備蓄食 食べられない」をなくせ デジタルで変える災害の備え

「あのおばあちゃん、食事を全然食べてない…」
ある女性が、避難所にいる高齢の女性に事情をそっと聞くと、腎臓疾患を患い食事に制限があるのだと打ち明けられました。やっとの思いで避難したのに、支給された備蓄食を食べられず避難所で健康を損なう人もいます。災害現場の状況を少しでも変えられないか。防災の分野でもDX=デジタル変革が始まっています。(札幌放送局小樽支局記者 小田切健太郎/経済部記者 加藤誠)

避難所の食事 食べられない

全国のさまざまな災害現場に派遣され、管理栄養士として支援の陣頭指揮を執ってきた笠岡(坪山)宜代さん。

東日本大震災の避難所で70代ぐらいの女性から、配られた食事を食べられないと打ち明けられたとき衝撃が走ったといいます。

笠岡宜代さん
「腎臓疾患の方は、ふだんは専用に作られた低タンパクの食品を食べていますが、避難所ではあまり用意されていません。せっかくもらったから文句はいえない、と声に出せないで苦しんでいる人もいます。避難所と食事を取り巻く環境を変えていく必要があります」

国立研究開発法人「医薬基盤・健康・栄養研究所」の国際災害栄養研究室の室長として、災害と食の問題を発信する笠岡さんは、いわゆる「災害弱者」と呼ばれる乳幼児や高齢者、食物アレルギーがある人などへの対応が急務だと感じています。

自治体は、国の防災基本計画に基づいて食品の備蓄を行っています。
しかし、その多くを占めるのは、乳幼児や高齢者にはかたくて飲み込むのが難しい、乾パンやビスケットなどです。

さらに、国は東日本大震災や熊本地震を教訓に、すべての自治体に対して、食物アレルギーのある人でも食べられるアレルギー対応食を備蓄するよう求めていますが、多くの避難所で手に入りにくいのが実情です。

なぜ、備蓄が十分ではないのか。

笠岡さんたちの調査に対し、自治体側からは「予算がない・不足している」、「流通備蓄で対応する」、「保管場所がない・不足している」という回答が目立ちました。

笠岡宜代さん
「せっかく助かった命なのに、避難所で健康を損ね災害関連死を招いてしまうこともあります。災害発生直後では傷病者の治療が優先されがちですが、命をつなぎ健康を維持する根本が食事です。要配慮者まできちんと把握できる環境が必要です」

デジタルで被災者のニーズに応える備蓄を

こうした課題に、どのように向き合っていくのか。

北海道余市町では、DX=デジタル変革で、避難してきた住民の細かな食事のニーズに応えようとしています。

町では、備蓄した食品を管理するITシステムをことし4月、試験的に導入しました。

このシステムでは、町が入力したデータをもとに、各避難所に、高齢者やアレルギーがある人、腎疾患の人など、特別な食事を必要とする人がどれくらいいるのか、自動で割り出してくれます。

さらに、こうした人たちに対応した特別な備蓄食の種類や数も教えてくれます。

避難所に備蓄した食品の賞味期限などもデータ化され、賞味期限が近づくと、担当者にメールが届き、食品の入れ替えもできる仕組みです。

このシステムが導入される前、余市町では、それぞれの避難の場所で備蓄する食品の管理を、すべて紙の台帳で行っていました。

しかし、人手も限られ、職員の定期的な異動もあるなか、管理が行き届かないケースもあり、被災者の個別のニーズに答えるのは難しいのが現実でした。

岡欣司主幹
「賞味期限が近づいているのに、気付くのが遅れることがありました。防災担当者がそれぞれのやりやすい方法で管理してフォーマットも一律ではないので担当者が変わると、備蓄品を入れ替える時の管理は、結構大変でした」

備蓄コストの軽減も

システムを開発したのは、東京に本社を置くIT企業です。

この会社にはいま、さまざまな自治体から「防災DX」を進めたいという依頼が相次いでいます。

中西洋彰代表
「人口の年齢層ごとに男女、要配慮が必要な方、傷病者の方などのデータベースと連携し、システムに事前にインプットすることで、自治体の方々はどの対象の方にどれだけの数を配慮すればいいと、そこを決めるところだけをやればいいという形になります。システムがあることによって、配慮をしていくということに大きな寄与ができるのではないかと思い作りました」

会社では、賞味期限が近づいている食品をシステムで見つけ出し、ディスカウント店などに販売したり、食堂や近隣のイベントの材料として企業に販売したりして、備蓄コストを下げるアイデアも自治体に提案しています。

備蓄と避難所運営 進む広域連携

このシステムを使って、広域防災につなげようという取り組みも始まっています。

余市町のまわりの古平町、仁木町、積丹町、赤井川村の4町村では、同じシステムを導入し、備蓄した食品の管理を見える化する予定です。

それによって、今後、食品を一括で購入したり、災害時に互いに食品を融通したりしようとしています。

さらに将来的には、住民が住む場所と避難所の距離、そして道路事情などさまざまなデータを共有することで、町の境界にとらわれず、最も安全で近い避難所に住民が避難できる仕組みを目指すことにしています。

齊藤啓輔町長
「人口減少や自然災害の多発化もあって、自治体の境界線ではなく、エリアで見るという視点が大事になります。例えば、普段防災に取り組む役場職員が被災しても、ほかの自治体から即座に応援に行くという体制も組めるようになります。防災というのは行政の各業務の中でも、デジタルとは少し程遠い分野でしたが、効率的な防災マネジメントができるようになれば、住民にとって最適な備えができます」

全国で動き始めた防災のデジタル変革

このITシステムは、余市町のほか、全国の12の自治体で導入の検討が始まっています。

このうち、南海トラフ地震への備えを進める和歌山県では、上富田町、すさみ町、白浜町の3つの町と南紀白浜空港が連携。

システムを使って、備蓄している食品を融通しあったり、宗教上、食の制約がある外国人の避難所での食事の対応などを検討することにしています。

DX=デジタル変革を通じて、備蓄食品を管理する取り組み。

新型コロナウイルスで避難所運営の難しさが増す中、自治体の負担を減らすだけでなく、避難所の環境改善にもつながって欲しいと感じました。

札幌放送局小樽支局記者
小田切健太郎
平成30年入局
釧路局を経て現所属
小樽市やニセコ地区など
後志地方を担当

経済部記者
加藤誠
平成21年入局
帯広放送局を経て現職
情報通信業界を担当