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爪切男さんのエッセイは、せつなくも、おもしろい。出会った女性たちに振り回された半生を描き、ドラマ化もされたデビュー作『死にたい夜にかぎって』に勇気づけられた男性は多いのではないかと思う。その爪さんの小学校、中学校、高校時代の女子たちとの思い出を綴ったのが『クラスメイトの女子、全員好きでした』(爪切男・著/集英社・刊)だ。笑える数々のエピソードを読んでいると、読者の中に眠っていた学生時代の思い出までもが呼び覚まされる痛快センチメンタル・スクールエッセイなのだ。

クラスの女の子を観察し、覚えること

「おまえは、女の子と恋はできないだろう」。なんと爪さんは小学生の時、父親からそう言われたそうだ。父子家庭で貧乏でルックスもよくない、というのが理由だったという。

 

「お父さん、僕はどうしたらいいの? 恋ができない僕は、みんなが恋しているときにどうしたらいいの?」

「そうやな、”覚えろ”」

「覚える?」

「女の子たちの顔や、話したこと、過ごした時間をずっと覚えとけ。それは、おまえが大きくなったら、ほんまに大切な宝物になる」

(『クラスメイトの女子、全員好きでした』から引用)

 

父親のこの言葉で爪さんは同じクラスになった女の子をひとり残らず”覚える”ようになったのだそうだ。そうして生まれたのが本作というわけだ。けれども、40代独身男性になった今、爪さんは父親の予言は外れていたと言う。なぜなら爪さんは片思いでも、ずっと恋をしていたのだから。この本は時を超えたラブレター集なのだそうだ。

 

思い出は美化されるもの

本書に収められた20のエピソードには20人のヒロインが登場する。大筋は実際にあった話だが、特定されてしまわないように年齢やプロフィールは多少変更してあるとのこと。また、爪さんは思い出を美化するクセもあるという。

 

思い出なんて自分の中では多少美化しているぐらいでいいんじゃないでしょうか。そうでなくても人生は兎にも角にも辛いことが多過ぎる。先のこと、十年先の未来を考えても、心から明るい気持ちになれる人なんてほんのわずかじゃないかと思います。だから、私はこれからも恋をする。気分が落ち込んだ時、クラスメイトの女子の誰かを思い出し、頭の中で恋をして、彼女たちから元気をもらいます。そして。「まぁ、明日までがんばるか」くらいの緩さで明るく生きていくつもりです。

(『クラスメイトの女子、全員好きでした』から引用)

 

そう、人は、思い出に勇気づけられることも多いのだ。

 

ワックスをかけた教室の匂いが蘇る

20篇は、どれもこれも笑えるのだが、とくに私が懐かしいと思ったのが、「ワックスの海を滑る僕らの学級委員長」と題した項。爪さんが小学校5年生の時の思い出を綴ったものだ。教室のワックスがけの記憶は私にもあり、読んでいたら、あのワックスの匂いまでもがありありと蘇ってきたのだ。

 

爪さんが通っていた小学校では、学期末のワックスがけが恒例だったそうだ。床の掃き掃除、拭き掃除はクラス全員でしたものの、ワックスがけは学級委員と担任教師が居残りで行うことになっていた。が、担任はプリント整理を理由に学級委員だった爪さんと女子の中野さんに任せてその場を立ち去ってしまったのだそうだ。そうして二人で作業をはじめようとした矢先、ワックスがたっぷりと入ったバケツを中野さんがひっくり返してしまった。しかも、そのワックスに滑って彼女は体中ワックスまみれに。

 

「あう~ あう~」と恨めしそうな声を出す中野さん。その声が面白くて私はさらに大声で笑う。次の瞬間、女の子が泣き出す前の嫌な沈黙が教室に流れた。これはヤバい。なんとか中野さんを元気づけようと思った私は、すぐ行動を起こす。「しゅい~~~ん!」と叫び声を上げながら、私は床にこぼれたワックスめがけてヘッドスライディングを敢行する。腹這いの姿勢で床の上を一直線に滑る私。(中略)「最高に楽しいよ」と私は親指を立てる。最初は呆然としていた中野さんも、もう辛抱たまらんと笑みをこぼし、そのうち二人して大声で「あはははは!」と笑い出す。

(『クラスメイトの女子、全員好きでした』から引用)

 

彼はなんと優しい男の子だったのだろう。その後、二人はワックスの海を何度も滑って、回って、転がって遊んだのだそうだ。当然、担任からはこっぴどく叱られたものの、一番楽しい学校帰りになったという。そして爪さんは、彼女は最高に可愛くて、最高の相棒で、最高の学級委員だった、と今もなお思っているそうだ。

 

バク転を女の子に見てもらいたい

「空を飛ぶほどアイ・ラブ・ユー」も最高だった。中学生時代、ジャッキー・チェンの映画に影響され、ひとりでカンフーごっこをしていた爪さんは、バク転が出来るようになった。父親は皆に見せれば人気者なれると言ったが、しかし、ブサイクが変に目立つことをすると、それに腹を立てたヤンキーにイジメられる恐れもある、そう思った爪さんはバク転が出来ることを学校では内緒にすることにした。けれども「女の子にバク転を見てもらいたい」という思いは募る。当時のクラスメイトには「沈黙の佐藤さん」という女子がいて、どうやら場面緘黙症だったようで、校内ではまったく言葉を発しなかった。彼女なら秘密を守ってくれると爪さんは佐藤さんに声をかけ、人目がない廊下に誘った。

 

「危ないから少し離れて見ててね」と安全な距離を取り、充分な助走から側転→バク転のコンビネーションを狙う。(中略)そして私は飛んだ、世界が回った。着地も成功だ。「どうだ!」という表情で、佐藤さんの方を振り返ると、口をあんぐりと開けて驚きの顔をしている彼女。そしてすぐ「パチパチパチ……」と大きな音を立てて拍手をしてくれた。

(『クラスメイトの女子、全員好きでした』から引用)

 

佐藤さんは誰にも他言せず、というか、彼女の声はついに一度も聴くことはなかったという。ただ卒業アルバムに達筆で「バク転カッコ良かったよ」と書いてくれたので、爪さんは卒業式の日に、もう一度彼女の前で飛んだのだそうだ。なんて素敵な思い出だろう。

 

この他のエピソードも、せつなくて、楽しくて、笑えるものばかり。誰もをノスタルジックな気分にさせてくれる本書、おススメです。

 

【書籍紹介】

クラスメイトの女子、全員好きでした

著者:爪 切男
発行:集英社

小学校から高校までいつもクラスメイトの女子に恋をしていた。主演・賀来賢人、ヒロイン山本舞香でドラマ化もされたデビュー作「死にたい夜にかぎって」の前日譚ともいえる、全20篇のセンチメンタル・スクールエッセイ。きっと誰もが“心の卒業アルバム”を開きたくなる、せつなくておもしろくてやさしくて泣ける作品。

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