<映画スターの政治サイトがZ世代の関心を引き付けている。若い世代の有権者は今後の政治の流れを変えるかもしれない> 米連邦議会の議員ともなれば、事務所には陳情・苦情の電話が山ほどかかってくる。たいていはスタッフが丁重にお引き取り願うのだが、ある男の電話は、ほぼ確実につないでもらえるらしい。 男の名はクリス・エバンス。そう、映画『アベンジャーズ』シリーズのキャプテン・アメリカ役で知られる人気俳優だ。この6月13日で40歳になったばかりだが、最近は連邦議会議事堂に通い詰め、上下両院の議員たちに話を聞き、今のような党派政治はやめてくれと懇願し、彼らの見解を2分以内で語らせ、その様子を動画で、新世代の若い人たち向けに発信している。 動画がアップされるのは、監督・俳優のマーク・カッセン、医療系起業家で慈善家のジョー・キアニとエバンスが一緒に立ち上げたアプリ&ウェブサイトの「ア・スターティング・ポイント」だ。 政治家の政策談議なんて、TikTok(ティックトック)世代の若者には縁遠いだろうが、2分以内という短さが効いたのか、予想外に健闘している。インスタグラムには14万人、ツイッターにも7万2000人を超えるフォロワーがいる。政治オンリーで、特定政党の色が付いていないことを考慮すると、かなりの人数と言える。 「政治に最も深く関与している人々から直接、簡潔な情報をもらう。しかもジャーナリストの介入なし。これがいい」とエバンスは言う。「議会にいるのがどんな人で、どんな法案に賛成・反対しているか。サイトに来れば、それが分かる」 話題のトピックについて両党議員が熱弁 そこで何を語るかは自由だ。しかしたいていは、世間を騒がせている問題の1つについて、意見を異にする民主・共和両党の議員が1人ずつ出てきて、持論を熱く語る。 例えば共和党のデーブ・ジョイス下院議員(オハイオ州)と民主党のアール・ブルーメナウアー下院議員(オレゴン州)は禁止薬物合法化の是非について議論した。民主党のケイティ・ポーター下院議員(カリフォルニア州)と共和党のダスティ・ジョンソン下院議員(サウスダコタ州)は、いわゆる議事妨害行為について激論を交わした。 「10代の頃の自分は、政治なんて遠く離れた世界のことと感じていた」とエバンスは言う。「でも当時、ケイティ・ポーターのような人の力強い声を聞く機会があったら、何かのインスピレーションを得て政治に興味を持ったかもしれない」 もう何十年も前から、政党関係者は若者の投票行動は予測不能だと考え、そんな層に時間と労力を費やすよりも、見返りの確実な高齢層を取り込むほうが得策と信じてきた。 ===== そんな常識に風穴を開けたのは、今の30代を中心とするミレニアル世代。彼らは若くても、それなりに政治への関心を示してきた。 この傾向を加速させているのが、まだ20代のZ世代だ。タフツ大学の市民の学習と社会参画に関する情報研究センター(CIRCLE)によると、2016年には18~29歳の有権者の投票率は44%だったが、昨年の大統領選では約55%だった。 結果として、昨年11月の選挙では若年層の投票数が全投票数の17%に達した。今後の選挙ではさらに若者の投票率が上がるかもしれないと、CIRCLEのアビー・キエサは言う。昨年も、特に18歳と19歳の投票率増加が顕著だったからだ。 エバンスらが主たるターゲットにしているのは10~25歳の若者だ。その存在が今まで無視されてきたのは、彼らが在来メディアの視界にほとんど入らないせいかもしれない。 Z世代がもたらす大変動 「Z世代はデジタルメディアの熱心な消費者だが、彼らが大事だと思うことについてダイレクトに語り掛ける候補者は皆無に近かった」と言うのは、ラトガース大学青少年政治参加センターのエリザベス・マット所長だ。「しかし議員が直接、オンラインで若者に語り掛ければ共感を得られるだろう」 いつまでもZ世代を無視することは不可能だ。彼らは単に投票に行くだけではない。請願や選挙の応援、抗議行動といった草の根レベルの活動にも身軽に参加する。その情熱と意欲は、ソーシャルメディア中心の世界観と相まって、政治の世界を変え始めている。カメラの前で気軽にしゃべる政治家の2分動画が若い有権者の心を動かすのだとすれば、それはアメリカの有権者が劇的に変わっていく前触れかもしれない。 数と投票傾向のみならず、Z世代は現代アメリカ史上最も多様な世代でもある。国勢調査によると、この世代の半数は有色人種だ。ミレニアル世代より4%、ベビーブーム世代より20%も多い。それはつまり、人種的正義は単なる抽象的な原則ではなく、自分や家族、友人にとって身近な戦いであることを意味する。 エバンスと共に「ア・スターティング・ポイント」を立ち上げたカッセンが言う。「若い世代との橋渡しをするつもりはないが、若者とのやりとりで、彼らが伝統的な情報源に興味がないことは分かった」 ===== Z世代の代表的存在グレタ・トゥーンベリ(2020年3月、ブリュッセル) JOHANNA GERON-REUTERS 先行する世代と違って、Z世代は最も多感な時期に、ひどく異常な出来事を経験してきた。学校などで銃乱射事件が起きるのは、彼らにとって日常的なことだった。無実の黒人が射殺され、警官に窒息死させられる様子をフェイスブックの動画で見た。度し難いほどに破壊的だったトランプ政権の4年間も生き抜いた。 大量の死者を出す新型コロナウイルスの大流行も経験した。極端な異常気象に見舞われ、アメリカ人の3分の1が大統領選の結果を拒否し、暴徒化した群衆が議事堂に押し寄せる現場も見た。しかもこの不景気では、経済的に自立する道が見えない。 こうした出来事に若い世代は敏感だ。ここ数年の悲惨な経験がZ世代にどう影響したかは、まだ精査が必要だろう。ただ確かなのは、彼らが指をくわえて見ているだけの世代ではないということだ。 フロリダ州の高校で18年に起きた銃乱射で17人が殺されたとき、「生徒たちはただ抗議デモを組織するだけでなく、銃規制に対する議員たちの意見を調べ上げ、若い世代の有権者登録を呼び掛けていた」とラトガース大学のマットは指摘する。Z世代でスウェーデン人の環境活動家グレタ・トゥーンベリが、15歳でも声を上げれば世界的注目を集められると証明したのもこの頃だ。 行動で政治を変えられると知った若者たち 行動すれば選挙結果を変え、政策に影響を及ぼせると知ったZ世代はますます政治に目を向けている。若年層の声を政治に反映させようと活動する団体「ジェネレーション・プログレス」のブレント・コーエンは言う。Z世代は「政治家が何を言っても満足しないし、理屈や理想で勝つだけでも満足しない。彼らが知りたいのは、どの政治家が本当の結果を出せるかだ」。 時には選挙結果さえも変え得るZ世代に、激戦州の候補たちはかつてないほど注目している、とコーエンは言う。19歳のタリア・ジョセフも、そうした影響力を行使しようと勢い込む1人だ。彼女は今秋からウィスコンシン大学に入学する予定だが、ウィスコンシン州はそうした激戦州の1つだ。 「私たちの年代は昨年、自分たちの票が持つ威力に気付いた」と彼女は言う。「ジョー・バイデンは好きだけど、完璧じゃない。支持できない政策があれば、彼にもプレッシャーを与えなくては」。グレタより1歳年上のタリアは、現政権に気候変動対策を促す運動に参加している。 ===== 米「ロックの殿堂」前でスマホをいじる若者たち(15年7月) ROBERT NICKELSBERG/GETTY IMAGES Z世代はいかにして政治的立場を決めているのか。いつでもどこでもネットにつながっているのが当たり前の「デジタル・ネイティブ」世代なので、伝統的メディアを情報源にする人は少ない。「親は毎日テレビのニュースを見てるけど、私や友達はソーシャルメディア」だと言う。 ソーシャルメディアといっても、ツイッターやフェイスブックではない。直近の2回の大統領選の結果に影響を及ぼしたことでこの2つのSNSは注目を集めたが、Z世代ではむしろYouTubeやインスタグラム、スナップチャットやTikTokの利用者が多い。 TikTokだけでもアメリカ人利用者は1億人以上おり、そのほとんどはZ世代だ。トランプ政権が昨年8月、中国製のこのアプリを安全保障上のリスクを理由に禁止しようとして失敗したのは記憶に新しい。ちなみにTikTokは左派的なZ世代の活動拠点となってきた。 昨年6月、トランプ陣営の企画した選挙集会には100万件以上の参加予約があった。しかし実際に来場したのは約6200人のみ。反対派の活動家たちがトランプを妨害しようと、TikTok上で画策して大量の偽予約を入れたためとされる。 クリス・エバンスは当初、こうした若者の運動とは無縁だった。だが17年頃に、テレビで知った政治関係の略語をネットで検索しても、すぐに簡潔な意味にたどり着けないことに疑問を抱き、不満を募らせた。 「およそあらゆる事柄についての30秒のハウツー動画が、ネットには転がっている」とエバンスは言う。「でも政治問題についての簡単な解説や、民主・共和両党の主張が分かる動画はなかった。何か大きなピースが欠けているぞと思った」 コメント欄も「いいね」機能もない理由 そのピースを埋めるため、エバンスは11年に共演して以来の友人であるカッセンと、キアニを誘って、「ア・スターティング・ポイント」を立ち上げた。政治に関する簡潔でまとまった情報が即座に得られないネットの現状を変えたかったからだ。 Z世代を標的とするため、サイトとアプリは短い動画中心で構成することにした。政党色を消し、いわゆる炎上を避けるため、サイトにはコメント欄や「いいね」の機能は付けなかった。「若くて好奇心旺盛な有権者が何かを書き込めば、炎上するのは目に見えていた」とエバンスは言う。「そんな不快なネット環境の一部になるのは嫌だった」 ===== 辛口で知られるイルハン・オマル下院議員も動画の中ではトーンダウン ELIZABETH FRANTZーREUTERS 左右両派の言い分を聞くということにもエバンスはこだわった。自他共に認める民主党支持者である彼にとって、この決断は楽ではなかった。「ここ数年、あちらの党の多くの人々の行動は品位を欠いていた。両党の人々に出演を呼び掛けるのはやっぱり気が進まなかった」 保守派も最初は同じ気持ちだったらしい。当初出演を依頼した保守系議員にはことごとく断られた。ハリウッドのリベラルがまた左派系メディアでわれわれをさらし者にしようとしている、というわけだ。だが出演時間を平等にすること、党派色抜きの編集とすることを伝え続け、徐々に信頼を得ていった。 ただし嘘や根拠のない主張、いわゆる陰謀論を唱えることは禁じている。つまり、共和党議員が「不正防止」を理由に投票制限の強化を主張するのはOKだが、その際に昨年の大統領選で「票が盗まれた」と言い張ることは許されない。 共同設立者のキアニは言う。「好き嫌いは別として、ここに招かれるのは選挙に勝って議会に送り出された人たちだ。だから私たちは彼らに、誰にも邪魔されずに自分の意見を述べる機会を与えている。行き過ぎた誇張がない限りはね」 実際、「ア・スターティング・ポイント」上の動画では誰もがくつろいだ雰囲気で話している。時にはすごく私的なエピソードも飛び出す。例えば民主党のチャック・シューマー上院院内総務は、自分の政治の原点は1968年の大統領選挙でユージン・マッカーシーの予備選を手伝ったことにあると告白した。 テレビ出演時などより穏やかな語り口 好戦的な態度で知られる議員が、自分のイメージを和らげようとするケースもある。例えば共和党のダン・クレンショー下院議員(テキサス州)は、今の上院は党派色が強いように見えるだろうが、実際にはみんな舞台裏で、多くの問題について超党派で協力していると語った。 自分の意見を強く主張する議員もいるが、そのトーンはテレビの報道番組に出演する時に比べれば穏やかだ。歯に衣着せない発言で知られる民主党の女性下院議員イルハン・オマル(ミネソタ州)も、トランプ前政権によるイラン核合意離脱を非難し、バイデン現政権による対応の鈍さを批判したが、さほど辛辣な口調ではなかった。 Z世代のうち、昨年の大統領選でトランプに投票したのは全体の5分の1にすぎず、約3分の2はバイデンに投票した。この差は他のどの年齢層よりも大きい。 ===== フロリダ州の2018年の高校乱射事件の後、生徒たちは銃規制の強化を求める政治運動を始めた JOE RAEDLE/GETTY IMAGES だが一方で、進歩的な若い有権者は年配の有権者よりも党派的忠誠心が薄いようだ。中道右派のシンクタンクのニスカネン・センターが20年に実施した調査では、共和党支持ではないZ世代の約3分の1が、将来の選挙では共和党への投票を検討する可能性もあると回答した。 ラトガース大学のマットによれば、この世代は表向きの支持政党に関係なく、きれいごとを並べて自分たちの支持を得ようとする候補者を嫌う傾向がある。「ア・スターティング・ポイント」がZ世代の有権者に受けている理由は、どの党の議員にも自由に、編集なしで発言させている点にあるのかもしれない。「彼らは本物を求めている」と彼女は言う。 昨年ノースウェスタン大学を卒業したばかりのジェレミー・サザランド(23)は、どちらの党の主張にも関心を寄せるZ世代の典型だ。「私は根っからのリベラルで、そのスタンスを変えるつもりはない」と彼は言う。「でも自分と意見が違う人々の主張に耳を傾けるのも大事だと思っているし、彼らがなぜそう思うのかを理解したい」 党派色を出さない「ア・スターティング・ポイント」の動画は、学生たちにさまざまな社会参画プログラムを提供しているクローズアップ財団との連携を通じて、各地の高校の教材にも使われている。同じく草の根の政治活動を支援するブリッジUSAとも連携しているから、大学生の間の認知度も高まっている。 Z世代の政治参加を促すためのこうした取り組みは、彼らが既に異例なほど政治に参加している現状を考えれば、必要ないように思えるかもしれない。 だが、とCIRCLEのキエサは言う。昨年の大統領選で投票したZ世代は確かに多かったが、彼らを本格的に政治に参加させるにはもっと努力が必要だ。「若い人は、候補者陣営から支持を求める電話や手紙などの接触を受けるケースが、他の世代よりもずっと少ない」と彼女は言う。「特に共和党は、若者に支持を訴える努力が不十分だ」 学校で得られる情報はあまりに不十分 有権者登録と投票の仕組みも、Z世代を取り込む上での障害になりがちだ。「彼らの多くは大学入学や卒業に伴う引っ越しで住所が変わる」とキエサは言う。「そうなると、どこで有権者登録をするのか、どこで投票するのかという点において構造的な問題が生じる」 高校の授業ではこのような問題について、生徒たちに解決策をほとんど示していないし、大学で得られる情報はさらにいいかげんなものだとはキエサ言う。加えて、共和党の強い複数の州では投票権の行使を制限するように選挙法を修正する動きが相次いでいる。今後はこれまで以上に若者たちが投票しにくくなるのは確実だ。 ===== これらの障害を克服できれば、Z世代はいずれ、選挙で圧倒的な影響力を持つ層になる。複数の研究によれば、若いうちに政治参加を始めた人ほど、その後も生涯にわたって政治に参加し続ける可能性が高いという。ちなみに政治活動支援団体ステーツ・オブ・チェンジの分析によれば、Z世代は2036年までに有権者の29%に達する見通しだ。 昨年の大統領選で、Z世代の票がバイデン勝利を決定づけたのは間違いない。しかし彼らが永遠に民主党を支持し続ける保証はない。 「Z世代が保守に大きく傾くことはないと思うが」と前出のコーエンは言う。「もしも共和党が適切な方法でアピールすれば、彼らが共和党に票を投じる可能性はある」 その「可能性」を現実に変えるには、共和党もその候補者たちも大きく変わらねばならない。TikTokやスナップチャットを使いこなし、効果的に主張を伝える方法も習得する必要がありそうだ。 そんなの無理? ならばひたすらクリス・エバンスのご厚意に頼るしかあるまい。