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<食と人間への尽きせぬ興味を相棒に旅したボーデインの素顔に迫るドキュメンタリー『ロードランナー』製作秘話> 探検家にしてシェフ、時代の語り部、世界各地の文化を紹介する当代きってのフードジャーナリスト。そんな肩書を持つ異才アンソニー・ボーデインが突然この世を去って3年余りになる。 マンハッタンの「ブラッセリー・レアール」の総料理長を務める傍ら、ベストセラー作家として活躍し、エミー賞に輝いたテレビ番組『アンソニー世界を駆ける』の案内役も務めたボーデイン。 彼は世界各地の人々の暮らしぶりを新鮮な語り口で紹介し、異文化圏の見知らぬ人とでも、食事を共にすればたちまち対等な絆が生まれることを、身をもって示した。 その人となりは多くの人々に愛され、彼が自ら命を絶ったとの悲報を世界は沈痛な思いで受け止めた。ドキュメンタリー映画『ロードランナー』はボーデインの稀有な軌跡をたどった作品だ。監督はアカデミー長編ドキュメンタリー映画賞に輝いた『バックコーラスの歌姫たち』や『ミスター・ロジャースのご近所さんになろう』で知られるモーガン・ネビル。 ボーデインの知られざる一面に迫ったこの作品について、本誌キャスリーン・レリハンがネビル監督に話を聞いた。 ――あなたは生前のボーデインと会っていないが? (同じく映画で追った司会者)ミスター・ロジャースとも会ったことはないが、テレビを見ているうちに知り合いのように思えた。2人とも自然体で視聴者に語り掛ける。 トニー(ボーデインの愛称)は複雑な人間だが、だからこそ人々に愛されたのだろう。欠点に目をつぶるのではなく、欠点があるからこそ、誰もが彼に親しみを感じた。(レストラン業界の舞台裏を描いた著書)『キッチン・コンフィデンシャル』(邦訳・土曜社)を世に出して以来、彼は常に自分をさらけ出し、自虐的なジョークを飛ばし、ずばずば本音を語っていた。 ――ドキュメンタリーを撮っているうちに気付いたボーデインの意外な一面は? 物おじしないように見えるが、とてもシャイなところがある。それと、常々自殺願望をジョークの種にしていたこと。無意識に自分を守ろうとする屈折した防衛機制だろう。 ――編集でカットしたが、本当は残したかった部分は? 些細なことだが、彼はツイッターの偽アカウントをいくつも開設していた。 ――え、何のために? 悪ふざけだ。偽アカウントで自分を批判していた。 ===== ――彼が亡くなったときは誰もが悲しんだ。 著書を読み、番組を見ていると、誰でも彼の友達のような気分になる。友達と一緒に旅しているような気分にね。だから誰もが、もうあんな旅はできないと喪失感を抱いたのだ。世界中の人々とあれほど気さくに話し、飾らぬ表情を引き出した番組ホストは彼しかいないだろう。 ――ボーデインの生き方やレガシーの何を伝えたかった? 彼は並外れた探求者で、好奇心の塊だった。伝えたいのは、現地に行って人々の生活を見てほしいということ。トニーが常に心掛けたのは先入観なしに物事を見ることだ。彼は晩年、「断言できることは何もない」という意味の古代ギリシャ語のタトゥーを入れていた。