学校とは思えない設備を持ち、日本スポーツ界に多くの名選手を送り出す、スポーツ名門校。
9月5日放送の「ジャンクSPORTS」(フジテレビ系)では、女子バスケ・渡嘉敷来夢選手、相撲・徳勝龍、ゴルフ・原江里菜選手、ラグビー・ホラニ龍コリニアシさん、俳優・別所哲也さんらが、名門校で過ごした学校生活について語った。
密かな楽しみは体育館の映画上映
相撲・徳勝龍が卒業した高知県の明徳義塾高校には、寮生活ならではの驚きのルールがあるという。
それは、朝6時半に起床すると学校全体に音楽が流れ「わっしょい、わっしょい」と言いながらグラウンドに走って集まるというもの。徳勝龍の学生時代は、「Dragon AshのFantasistaで起きていた」そう。
その朝礼で生徒たちは、それぞれの故郷の方角に礼をする。離れて暮らす家族への挨拶から朝が始まるのだ。
明徳義塾は、名門野球部をはじめ、ゴルフ部からは横峯さくら選手や松山英樹選手を輩出するなど、全国レベルの部活が多数存在する超エリート校。
周囲には何も見当たらない人里離れた広大な自然の中で、約1000人の中高生が寮生活をしながら日々、切磋琢磨している。部活の遠征や長期休暇の帰省以外では原則、門の外には出られない。
相撲部では、元横綱の朝青龍や元大関の琴奨菊ら人気力士を輩出。伝統の「腰割り」という約30キロの石を持ってスクワットするトレーニングもあり、その石は先輩から代々伝わっているという。
道場の中には先輩たちの名札が残され、相撲部主将は「気持ちが負けそうな時に先輩の札を見て、『この人たちはもっと厳しい稽古を頑張って、今の場所まで行った』と気持ちの支えにして頑張っている」と話した。
寮生活では、掃除や洗濯など生活に関する全てのことを生徒同士で協力し合う。1日3回は必ず点呼が行われ、生徒たちの元気な姿を確認するという。
そんな明徳義塾の特長は、教員のほとんどが同じ敷地内で暮らしていること。体調が悪くなったら教員の家を訪ねられるなど、親代わりとなり、生徒に寄り添い24時間サポートしている。
寮生活では「食事が大変だった」と振り返る徳勝龍。「ノルマがきつくて、5~6杯の丼は当たり前で、食べないと怒られる。片付けもしんどくて、下向いちゃうと出ちゃうので上向いて皿洗ってました。そのおかげで(中学卒業時)110キロだったんですけど、卒業する頃には140キロでした」。
そんな厳しい寮生活の中での密かな楽しみが、「生徒のために年1回、体育館で上映される映画」だったという。さらに「遠征が本当に楽しみで、コンビニを見ただけで『コンビニや!』って言っていた」と明かした。
宮里藍が明かす原&有村の関係
フィギュアスケート部は羽生結弦選手に荒川静香選手、硬式野球部はメジャーリーガーのダルビッシュ有投手や佐々木主浩さん、斎藤隆さんを輩出。
ゴルフ部からは原江里菜選手、有村智恵選手、宮里藍さんらを送り出した宮城県の東北高等学校。
陸上部専用の競技場は1周400メートルで、8レーンが備わる全天候型の陸上トラック。硬式野球部の施設は両翼90メートルの野球場に加え、悪天候でも練習できる室内練習場も完備。この練習場はもともと土だったが、ダルビッシュ有投手らが中心の寄付により人工芝に張り替えられた。
ゴルフ部には2台のシミュレーターが完備され、日本のみならず世界のコースを再現可能だという。屋外には約40ヤードのアプローチコースがあり、バンカーショットの練習も。ゴルフ部専用のバスもあり、10分ほどの場所にある仙台ヒルズホテル&ゴルフ倶楽部でも練習しているという。
3年間寮生活だった宮里藍さんは、「2学年下の有村智恵と原江里菜が、当時すごく仲が悪かった。よくケンカをしていて、馬が合わなかった」ことが強く印象に残っていると振り返る。
ケンカの原因は、有村選手が連絡を取れないほど寝ることだったという。そんな険悪な2人の仲を取り持っていたのが宮里さんだったそう。
原選手は「智恵ちゃんが朝、全ての部屋に聞こえる音量で目覚ましを鳴らす。でも全く起きない。それが毎日続いて、私が目覚ましを消しに行くんです。それが続きすぎて、『こんなに起きられないんだったら目覚ましかけないで!』の小っちゃな積み重ねがイライラに変わり、それを藍先輩にぶつけていました」と明かした。
そんな原選手だが、東北高校へ進学することを宮里さんからの電話で決めたという。「ギリギリまで進路が決まっていなくて悩んでいたんです。藍先輩と智恵ちゃんが東北高校の寮に一緒にいて、智恵ちゃんが電話をくれて藍先輩が代わって『私が高校にいる間は面倒見てあげるからおいで』って言ってくれたんです」。
その話を聞いたMCの浜田雅功さんが、有村選手のアシストを称賛すると、原選手も「高校に入るまでは仲良かったんです」とアピールした。
女子バスケ名門校の寮には特別な部屋が?
中学時代、監督から「君は100年に一度の逸材だから、うちに来てくれ」とスカウトされ、愛知県の桜花学園に進学した渡嘉敷来夢選手。
高校女子バスケの日本一を決める三大大会で最多の優勝回数を誇り、東京オリンピック銀メダル獲得の立役者となった馬瓜エブリン選手や、3×3代表に選ばれた馬瓜ステファニー選手、日本チームを率いたキャプテンの髙田真希選手らを輩出。
そんな桜花学園のバスケ部員は、全員寮に入るのが絶対条件。寮と体育館は廊下でつながっているため、移動はたったの10秒。
寮には渡嘉敷選手や馬瓜選手が使っていた「特別な部屋」の存在も明らかに。その部屋は二段ベッドが置かれたシンプルな4人部屋だが、高身長の選手のためのロングサイズの二段ベッドが置いてあった。
一般的なベッドは195センチだが、特注ベッドは225センチ。高校時代から190センチ近かった渡嘉敷選手やエブリン選手もこのベッドを使っていた。
さらに、渡嘉敷選手が蹴っ飛ばしてドアにあけた大きな穴も「こんなことしちゃダメ」という伝説として寮母さんが残していると教えてくれた。
寮生活では、食事は全員で行い、名将・井上眞一監督の姿も。練習では厳しい監督も「寮の中でも怒っていると逃げ場がない。寮では楽しく家族として過ごす」という考えから、笑顔が絶えない。
渡嘉敷選手は「本当に厳しいだけじゃなくて、生徒からの信頼も厚いので、今も定期的に会いに行っています。甘いもの禁止なんですけど、先生にお願いして買ってくれた時だけ食べられるので、(VTRの生徒たちも)全力だったんだと思います」と話した。
サッカーが”校技”?
俳優・別所哲也さんの出身校でもある静岡県立藤枝東高等学校。公立校ながら全国屈指のサッカー強豪校だ。
サッカー部は県内随一の強さを誇り、ゴン中山こと中山雅史さんや元日本代表キャプテン・長谷部誠選手ら数多くのプロを輩出。さらに、県内トップクラスの進学率で難関大学に毎年合格者を出すなど、文武両道のスポーツ名門校。
サッカー部自慢のグラウンドは、全面人工芝でスタンドやナイター設備まで完備。2009年にOBや後援会が中心となって費用を集め、リニューアルした。4年前には人工芝の張替えを行うため、クラウドファンディングも実施した。
藤枝東高校でサッカーは”校技”として定められ、サッカー部でなくてもサッカーシューズを持っているという。バレーボール部出身の別所さんも「疑いもなくスパイクを買っていた」と話す。
体育の授業も基本はサッカーのみ。全校生徒がサッカーと共に3年間を過ごしている。
高校時代の別所さんは、バレーボール部でチームの中心選手として活躍しつつ、国体の強化選手に選ばれるほどの実力だったそう。
そんな別所さんは、バレーボール部の「廊下で先輩とすれ違う時に目を見ちゃいけない」という独特なルールがあったと明かす。自分の存在を消して「廊下に立ち止まって“ちゅす”(こんにちは)」と挨拶をしていたという。
日本のお風呂に「豚入れるやつやん」
トンガを訪れたラグビーの名門・埼玉正智深谷高校の監督からスカウトされ、日本に来たというホラニ龍コリニアシさん。2015年のラグビーW杯でも活躍した、日本ラグビー界のレジェンドだ。
正智深谷の前身・埼工大深谷高校のラグビー部に、初めてトンガ人留学生として来日。2年生の時には全国高校ラグビーで準優勝するなど、高校ラグビー界にトンガ旋風を巻き起こした。
あれから約20年が経ち、かつて畑だった場所は、二面の全面芝生のラグビー場が誕生。2年前には高校の目の前に最新設備を導入した寮も建てられた。
ホラニさんが過ごしたかつての寮は、旅館の別館を間借りし、野球部とラグビー部が使っていた。当時の面影を残したままの寮に「懐かしい」を連発するホラニさん。角部屋の日当たりのいい8畳の和室で、一緒に来日した同級生と3年間過ごしたという。
そんなホラニさんは、初めて野球部を見たとき全員丸刈りで怖かったそう。「(トンガで)丸刈りの人は悪いことをした人くらい。夜にその集団が駐車場でバットを振り出して、『ここ危ないんじゃない?』という話をした」。
さらに日本の風呂にも驚いたというホラニさん。「トンガでは豚の丸焼きを作る時、豚の皮をむくのにお湯に入れるんですけど、日本のお風呂に入った瞬間に”これ豚入れるやつやん”って」なったと明かした。
(『ジャンクSPORTS』毎週日曜日夜7:00~8:00放送)