6月16日発行の「東北再興」第109号では、八幡平の「ドラゴンアイ」について書いた。八幡平の山頂近くにある鏡沼の雪解けがこの名で呼ばれるようになったのはここ数年のことであるが、その名の由来については、その巨大な目玉のようにも見える様を、台湾から来た観光客が龍の目玉のようだということでそう呼んでSNSなどで紹介したからと、いった話がある。
今年は例年ほどキレイな形にはならなかった。来年はこのような「ドラゴンアイ」が見られるといいなと思う。
本文中に書いた、「ドラゴンアイ」ほどはっきりしていない「八幡平」の名前の由来については、「平」の「タイ」という発音は、アイヌ語で「森」を意味する、という説もあった。それならばしっくり来るが、そうなると今度はどう見てもアイヌ語ではない「八幡」の方が分からなくなる。これについては引き続き調べてみたい。
なお、本文中で紹介した奄美大島の「ドラゴンアイ」については、地元龍郷町のサイトで紹介されている。八幡平のドラゴンアイとは全く異なるが、こちらのドラゴンアイも美しい。
八幡平の「ドラゴンアイ」、各地の「ドラゴンアイ」
生きている八幡平
八幡平(はちまんたい)は岩手県と秋田県の県境に位置する標高1,614mの台地状の火山である。以前は国内における楯状火山(アスピーテ)の代表例と言われ、学校の授業でもそう習った記憶があるが、その後この見方は否定され、今では成層火山が侵食を受けて台地状になったものと考えられている。
一帯は十和田八幡平国立公園に指定されている。85,409haに及ぶ面積を持ち、国立公園の中では10番目の広さである。八幡平アスピーテラインや八幡平樹海ラインといった山岳道路も整備されており、山頂近くの駐車場から山頂までは徒歩で約20分で行ける。ただし、山頂からの眺望はそれほどでもなく、奥羽山脈の雄大な景色が眺められるビュースポットは、見返峠や大深沢展望台など、山頂近くの別のところにある。
このなだらかな山容を持つ山が紛れもない、今も生きている火山であることを実感させるのは、その多様な温泉の存在である。岩手県側には、標高1,400mという東北で最高地にある藤七温泉、近くに日本初の地熱発電所がある松川温泉、秋田県側には、箱蒸し風呂や泥風呂など様々な温泉浴ができる後生掛温泉、八幡平で最も歴史があるという蒸ノ湯温泉、日本一の湯量、湯温、酸性度を持つ玉川温泉など、多彩で数多くの温泉がある。八幡平周辺で、源泉が異なる温泉宿に泊まり歩くとすれば、ゆうに一ヶ月は掛かると思われる。
「八幡平」の名の由来
この八幡平、東北の中でも有名な山ではあるが、どのような経緯でそう名付けられたのかよく分からないところがある。一応、その名前の由来としては以下のように説明されている。東北の蝦夷征伐の命を受けた征夷大将軍の坂上田村麻呂が、頂上付近で、瑠璃色の水をたたえた沼や美しい花が咲いている場所を発見し、その美しさに感動し、全軍をその場に集めて戦の神様である八幡大菩薩に必勝祈願した。その後、蝦夷に勝利した坂上田村麻呂が再び山頂に登り、八幡大菩薩に戦勝報告し、感謝をこめてこの山を「八幡平」と呼ぶこととした、というものである。
史実から言えば、坂上田村麻呂はこの地までは来ていないので、そもそも名前の由来としては眉唾な話である。さらに言えば、この言い伝えで「八幡平」の「八幡」までは説明できるが、「平」の方の説明は何らなされていない。山頂が平らだったから「平」と付けたのか。実際、静岡にある大和武尊伝説に由来する丘陵地が「日本平」と呼ばれている例もある。ただ、それならば「平」は日本平と同様に「だいら」または「たいら」と呼ばれて然るべきである。にもかかわらず「はちまんだいら」でも「はちまんたいら」でもなく、「はちまんたい」と呼ばれているのが不思議と言えば不思議である。そもそも、「平」に「たい」という読み方は本来ないのである。坂上田村麻呂由来ではない名前の由来が他にあるのかどうか、少し調べた限りでは見つけられなかったが、興味をそそられるところでもあり、いずれ詳しく調べてみたいものである。
一週間ちょっとしか見られない風景
そのような八幡平に、1年のうち5月下旬から6月中旬くらいの間だけ現れる景色がある。「ドラゴンアイ」である。八幡平の山頂付近にある鏡沼という沼が雪解けする際に、大きな目玉のような形になることから、誰が名付けたかいつの頃からかそう呼ばれるようになった。
冬の間は凍結し、雪原の中に埋もれているが、春になり周囲の雪解け水が鏡沼に注ぎ込むと、沼の周囲は雪が解け、中央部のみ雪が残る。そしてさらに、中央部に残った雪の中心部にある雪が解けるとそれが「黒目」のように見えるようになる。そのようになってドラゴンアイは「開眼」となる。
地元ではよく知られた現象だったが、ここ数年各種メディアでも取り上げられ、SNS等ネット上でも画像が頻繁に投稿されるなどしてよく知られるようになった。今や週末など、山頂近くの駐車場が満車となり、空き待ちの車で大渋滞が発生するほどの人気スポットとなった。
今年は春先の気温変化がいつもと違ったのか、雪解け前に降った大雨の影響があったのか、あちこちに亀裂が入るなどして例年とは異なる形になってしまったが、とりあえず6月上旬に「開眼」した。開眼してから中央部の雪が解けて目玉の形が崩れてしまうまでは1週間ちょっと程度しかなかったりするので、本当に貴重な景色である。
八幡平に残る龍の伝説とクラフトビール
この鏡沼の雪解けが「ドラゴンアイ」と名付けられたのは、この地域に龍が棲むという伝説の存在も大きかったのかもしれない。山麓に「金沢清水」と総称される7箇所の湧水群がある。それについて、この地域に棲んでいた7つの頭を持つ龍が地中に潜り、そこから地表に頭を出した7箇所がこの清水の湧水口になった、という言い伝えがある。
この「ドラゴンアイ」を製品の名に冠したビールもある。東京にある「暁ブルワリー」が昨年、この八幡平の地に新しく醸造所を設けた。「八幡平ファクトリー」と名付けられた醸造所がここに設けられた大きな理由がこの、金沢清水の水の存在だったそうである。「日本名水百選」の1つにも選ばれた、八幡平が育んだミネラル豊富な水に暁ブルワリーの社長が惚れ込み、休止していた第三セクターの施設を買い取ってクラフトビールの醸造所に改装したのである。
この名水にふさわしいビールを、ということで、ビールの原料となる麦芽やホップはすべて、農薬や化学肥料、遺伝子組み換え技術などを使用しないオーガニックなものとしている。私が知る限り、一部の製品がオーガニックなクラフトビールという醸造所はあるが、醸造所で造るビールがすべてオーガニックというところは、少なくとも東北には他に見当たらず、全国で見てもかなり稀有な存在なのではないかと思う。1年の間でごく限られた期間にしか見られない「ドラゴンアイ」の名を冠するにふさわしいビールと言える。
現在、四種類のビールが缶ビールで出ている。缶には「ドラゴンアイ」が描かれ、その反対側には龍の絵が描かれている。「ドラゴンアイ」を眺めながら飲むビールにこれほどふさわしいビールはないと言える。醸造所で直接買え、八幡平の山頂レストハウスの売店や八幡平市の「道の駅にしね」などでも買える他、岩手県内のファミリーマートでも購入できるそうである。
ちなみに、その「道の駅にしね」のレストランでは、地元のほうれん草を使った緑のカレーを鏡池に、温泉玉子を載せたご飯を「ドラゴンアイ」に見立てた、この「ドラゴンアイ」が見られる期間のみの限定メニュー「ドラゴンアイカレー」が食べられる。
各地にある「ドラゴンアイ」
さて、「ドラゴンアイ」というのは八幡平にだけあるものだと思っていたが、実はそうではなかった。以前、facebookに友人が、奄美大島の龍郷町の「ドラゴンアイ」の画像を投稿していて、それで奄美大島にも「ドラゴンアイ」があることを知った。奄美大島の「ドラゴンアイ」は年に2回、海沿いを走る道路にあるトンネルの向こう側に夕日が見え、その様がまるで龍の眼のようだということでやはり「ドラゴンアイ」と呼ばれるようになったようである。八幡平のドラゴンアイは「青い龍」、奄美大島のドラゴンアイは「赤い龍」のようである。
さらに調べてみると、八幡平と奄美大島以外にも「ドラゴンアイ」は存在するようである。少なくとも白山の翠ヶ池、御嶽山の三ノ池も「ドラゴンアイ」と呼ばれていた。こちらは八幡平と同様、雪解けの時期に見られる「青い龍」の「ドラゴンアイ」であった。
こうして見てくると、つくづくこの情報伝達の技術が発達した現代においても、意外に自分たちが住んでいる以外の地域のことについてはまだまだ知らないことが多いということを実感する。「ドラゴンアイ」についても、ここに挙げた以外にもまだまだ他地域に知られていないものがあるに違いない。この連載でよく東北圏域内での連携を呼び掛ける内容のことを書いているが、この全国に存在する「ドラゴンアイ」のことから、一つのテーマで他地域との連携を図ることの可能性の大きさにも思いが至った次第である。とりあえず、「ドラゴンアイ」については、「全国ドラゴンアイマップ」など作って、一緒に盛り上げていけたら面白いかも知れない。