糖の制限より脂質バランスが重要でした。
アメリカのMIT(マサチューセッツ工科大学)で行われた研究によれば、がんに効く食事療法として知られる、カロリー制限とケトン食をマウスで比較したところ、カロリー制限のみが腫瘍の成長を阻止することを発見した、とのこと。
がんの成長を最も阻んだのは脂質レベルの低下と脂質バランスの崩壊であり、血糖値を抑えてもがんの成長阻止にはほとんど効果がありませんでした。
研究内容の詳細は10月20日に『Nature』に掲載されました。
目次
- がんには単純なカロリー制限がケトン食より効くと判明
- 血糖値は関係なくケトン食は効果なし
- 脂質のバランスを崩すとがん増殖を抑えられる
- 食事療法の入門は「Easy」でも効果を出すのは「Very Hard」
がんには単純なカロリー制限がケトン食より効くと判明
がんに対抗するための食事療法として、古くからカロリー全般を制限するカロリー制限食と、糖質を控えて脂質やタンパク質を多くとるケトン食が知られています。
がんは糖を大量に消費することが知られており、糖質の摂取を控えることで、がん細胞を兵糧攻めにできると考えられていたからです。
また糖質の摂取を控えるにあたっては直感的に、全般的なカロリー制限よりも、糖質を食事から排除するケトン食のほうが有効であるように思われていました。
しかし、がんに対するケトン食の効果を調査した研究は意外に少なく、決定的な証拠はありませんでした。
なにより過去10年ほどで、がんの理解が飛躍的に進歩したために「糖質を減らせばがん細胞が飢える」といった簡単な問題ではないことが、次第に明らかになってきたのです。
そこで今回、がん細胞に対する食事療法の効果を改めて見極めるため、MITの研究者たちにより、カロリーの25%~50%を抑えるカロリー制限食と、糖が少なく脂質とタンパク質が多いケトン食の体系的な比較が行われることになりました。
実験にあたってはまず、マウスをすい臓がんにし、2つの食事療法がすい臓がんの腫瘍拡大をどれほど抑えたかを、対象群と比較しました。
結果、意外な事実が判明します。
血糖値と腫瘍の成長の間には、ほとんど関連がなかったのです。
血糖値は関係なくケトン食は効果なし
カロリー制限食とケトン食はマウスの腫瘍成長にどのような影響を与えたか?
結論から言えば、効果があったのはカロリー制限食のみで、ケトン食にはほとんど効果がありませんでした。
糖質を制限しているという点においては、カロリー制限食もケトン食も同じながら、結果は非常に異なるものでした。
この結果は、腫瘍の成長において、糖質の制限が大きな役割を果たしていないことを示します。
ではなぜカロリー制限食は腫瘍の成長を抑える効果があったのか?
謎を確かめるために研究者たちは、実験期間中のマウスの血液を調査しました。
結果、カロリー制限食を食べていたマウスでは、脂質レベルの大きな低下が確認されます。
一方でケトン食を食べていたマウスでは、脂質のレベルが上昇していました。
この結果から研究者たちは、脂質の制限が腫瘍の成長を阻害したと考えました。
がん細胞は増殖するにあたって新たな細胞膜を必要としますが、細胞膜の多くは脂質で作られています。
がん細胞にとって脂質は自身の建材と言えるでしょう。
しかし通常、脂質が足りない場合、細胞は脂質を自分で「作る」ことが可能です。
つまり脂質不足になるとは考えにくいのです。
そうなると、大きな問題が生じます。
細胞は脂質を自給できるのに、脂質不足に陥っていたという矛盾が生じるからです。
そこで研究者たちが目を付けたのが、脂質の質の違いでした。
脂質のバランスを崩すとがん増殖を抑えられる
私たちの体が必要とする脂質は主に2つの種類に分けられます。
1つ目は飽和脂肪酸、もう1つは不飽和脂肪酸です。
脂質から細胞膜を作るには、両方が適度な割合で必要となります。
また2つのバランスの維持には通常、SCD(ステアロイルCoAデサチュラーゼ)と呼ばれる飽和脂肪酸から不飽和脂肪酸を作る酵素が必要です。
研究者たちが分析したところ、カロリー制限食とケトン食の両方に、SCDを不活性化させる機能があることが判明します。
しかしケトン食には多くの脂質が含まれているために、そもそもSCDを使う必要がありませんでした。
つまり腫瘍の成長を阻害していたメカニズムは、カロリー制限によって脂肪のバランスを維持する酵素であるSCDが不活性化し、細胞膜の生産に支障をきたした、というものでした。
単純なカロリー制限が単純なエネルギー収支ではなく、脂質バランスを維持する酵素に影響を与えていたという結果は、代謝のメカニズムの複雑さを感じさせます。
問題は、マウスで得られた結果が人間にも適応できるかです。
研究者たちは、これまでの結果をもとに、人間のすい臓がん患者たちの食事と腫瘍の成長過程を比較しました。
結果、糖質を制限している患者の場合、消費された脂肪の種類が、最も腫瘍の成長と相関があることが判明します。
それではと、研究者たちはケトン食をとっていたマウスの飽和脂肪酸のレベルを上げてみました。
結果、効果がないと思われていたケトン食でも、飽和脂肪酸が優勢になるほど(不飽和脂肪酸を避ければ避けるほど)腫瘍の成長速度が遅くなることを確認しました。
食事療法の入門は「Easy」でも効果を出すのは「Very Hard」
今回の研究により、腫瘍の成長を抑制する食事効果が、カロリー制限食にあることが示され、糖質と腫瘍成長の直接的な関係が否定されました。
カロリー制限は単純に腫瘍を脂質不足にするだけでなく、脂質のバランスを維持する酵素の働きをブロックして細胞膜の生産障害をまねいていたのです。
単純なカロリー制限が人間の知らない場所で2重効果をうんでいたという事実は非常に興味深いものです。
まとめると、腫瘍の抑制効果を最も与えるの食事療法は、単純なカロリー制限食(40%削減)であり、飽和脂肪酸を多くとった場合のみ、ケトン食も効果があるということになります。
がん細胞は私たちと同じ遺伝子を持つ細胞がベースにあるため、誰もが満足するような豊かな食事では、増殖を防ぐことはできません。
カロリーを絞り、脂質のバランスを崩し(健康に悪い飽和脂肪酸を多くとり、健康にいい不飽和脂肪酸を減らす)、酵素の活性を低下させるという、ある程度は生命活動に反する食事が必要です。
(※今回の研究はマウスのすい臓がんを中心に分析が行われているため、人間でも同じ結果になると判断するには追加の検証が必要です)
研究者たちは今後、どのような食事が飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸のレベルを最も崩すか(不飽和脂肪酸不足にするか)を調査していくとのこと。
食事療法は誰もが手をつけられる一方で、効果的な方法をみつけだすのは非常に難しいようです。
参考文献
What You Eat Affects Tumors: Diet May Slow Cancer Growth
元論文
Low glycaemic diets alter lipid metabolism to influence tumour growth
https://www.nature.com/articles/s41586-021-04049-2