1年半ぶりの対面G20財務大臣会議
7月9日・10日、イタリア・ベネチアでG20財務大臣・中央銀行総裁会議が開かれた。注目のテーマは、国際課税のルール強化。グーグルやアップルなどGAFAを念頭に置いた巨大多国籍企業への「適正」な課税について新たなルールが合意された。
日本からは麻生財務大臣と黒田日銀総裁が参加。およそ一年半ぶりの対面の会議について、出発前の麻生大臣は「議論が非常に機微に触れるところというのは、なかなかウェブじゃうまくいかないんですけれども、隣に座った人とべちゃべちゃ話を、意見を交換できる等、いろんなものが具体的に話が進められる、話が詰められるということになるんじゃないか」と期待していた。
なお、中国など数カ国はオンラインでの参加だった。
“グーグルから適正に税金をとれていないのはおかしい”
法人税の現在のルールは約100年前にできたもの。所得を得た企業は、工場や店舗など「物理的な拠点」がある国に法人税を納めるのが原則だ。しかし、デジタル時代が到来し、GAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)などの巨大IT企業が利益を上げ続けている。これらの企業は工場や店舗がなく、オンライン音楽やデジタル広告などの「形のない資産」を利益の源泉にし、納税を免れてきたと批判が強まっている。
また、多くの多国籍企業がタックスヘイブン(租税回避地)と呼ばれる税率が低い国や地域に利益を移転して『課税逃れ』を図っているとされるなか、こうした企業を誘致するために法人税の引き下げ競争が加速していた。
本来、企業が得た利益は税金という形で国民に還元されるべきなのに、これでは国民に恩恵がない。こうした状況に「ちょっと待て」と警鐘を鳴らしたのが日本だった。この問題がはじめて大臣レベルで協議されたのは8年前(2013年)に遡る。G7財務大臣会議では、麻生大臣が議論をリードし、日本からともにのぞんだ黒田総裁も財務省時代に国際課税を担当していたこともあり、この問題には詳しい。当時は唯一、ドイツが乗り気だったものの、他の国はシラーッとしていたと、麻生大臣は回顧する。
つまり、この国際課税ルールの議論、言い出したのは日本だったのだと言えるのだ。
2本の柱からなる新たなルール
今回のG20の合意に先立つ7月1日、OECD(経済開発協力機構)が議論を主導し、139の国と地域が、あたらしい国際課税のルールについて大枠合意した。
ルールの柱は2つ:
(1)店舗などの拠点がなくても課税できる「デジタル課税」の導入
→市場がある国に適正に税を配分する
(2)世界共通の法人税を「最低15%以上」にすること
→企業誘致のための法人税引き下げ競争をストップさせる
新型コロナやアメリカの政権交代が追い風に
このコロナ禍で多くの企業が利益を上げられない状況に陥る中、GAFAなどのIT企業は売り上げを大きく伸ばしている。法人税の収入が少なくなっていく中で、こうしたIT企業から適正に税金をとらないと収入が増やせないという認識も各国の間で強まってきていた。
こうしたなか、GAFA寄りだと指摘されてきたアメリカのトランプ政権から、バイデン政権に交代したこともこの流れを促したのだった。国際社会への復帰をイメージづけたいバイデン政権は、この交渉の推進役となった。
「名前を言っても知らない国やそこそこの国」
一方で、多国籍企業が「課税逃れ」をしようと利益を移していた法人税率が低い国は、この新しいルールに参加表明をしていない。
今回のG20終了後、麻生大臣の会見ではこんな発言が。
「6,7カ国が、なんとなく『ちょっと待て』と。名前を言っても知らないような国から、そこそこの国まで色々あるんですけど…」
その7カ国とは、アイルランド、ハンガリー、エストニア、ケニア、ナイジェリア、スリランカ、バルバドス。7月10日時点で参加を表明していない国だ。
・・・たしかに、バルバドスって?
外務省のホームページで調べてみると、カリブ海にある島国で、人口約29万人、種子島とほぼ同じ大きさだ。ちなみに日本人は29人が滞在(2018年時点)、2018年に25%だった法人税の実効税率は、2019年からは5.5%となっている(OECDのHPより:combined corporate income tax rate。ちなみに日本の法人実効税率は29.74%)。
このように法人税率を下げ、多国籍企業を誘致し続けてきた国をどう参加に導いていくのか。今後の大きな課題になる。
100年ぶりの大きな歴史的変化
「税は国家なり」。一国の税制に対して、他国があれこれ言うことはタブーとされてきた。それがこうして「整合的にあるべき」だとして、約140もの国や地域が共通ルールを持つことは大きな変化だ。
G20終了後の麻生大臣は
「100年ぶりぐらいで大きな歴史的変化」
「9年間ずっと言い続けていたので、画期的な成果だ」
と今回の結果を高く評価した。
OECDの試算では
(1)のルール(デジタル課税)が導入されると、(配分率20%の前提で)世界で年間1000億米ドル(約11兆円)以上の課税権が再配分される。
(2)のルール(最低法人税率)が導入されると、(税率15%の前提で)世界で年間約1500億米ドル(約16兆円)の税収が生まれる。
…日本にはどういう影響が及ぶのだろうか?
元財務官で、国際租税も担当したことがあるみずほリサーチ&テクノロジーズの中尾武彦理事長に聞いた。
デジタル課税については「GAFAなどのサービス利用者が多い日本では、税収はある程度増える」との認識だ。
一方、最低法人税率に関して、「『課税逃れ』をしているケースが少ないとみられる日本企業の場合、インパクトは小さいのでは」と話す。
「法人税の引き下げ競争に歯止めがかかり、政府として、長期的にきちんと課税できるようになることに今回の合意の意義がある」と強調する中尾氏。
「最低税率を15%から段階的に引き上げていくことも考えられる」とする一方で、「各国が条約を批准承認するかが大きな関門。特にアメリカでは上院で3分の2以上の賛成が必要で、今後の道筋は簡単ではない」とも指摘した。
この新しい国際課税ルールは、10月のG20財務大臣会議で最終合意を目指し、2023年の実施を予定している。今後、細部が決まっていく過程を注目したい。
(フジテレビ経済部 財務省担当 井出光)