東京大学は2021年12月28日、同大学大学院理学系研究科の研究グループが、ノルウェー科学技術大学、名古屋工業大学、筑波大学、ロンドン大学と共同で、タングステン(W)が5価の陽イオンとして酸化スズ(SnO2)結晶中のスズ原子を置き換えることで、高い電子移動度を発現することを見出したと発表した。また、結晶中の酸素の電子軌道とWとの混成により、高移動度に必要な5価の状態が安定することも明らかにした。
可視光だけでなく、赤外光でも発電可能な次世代太陽電池の開発が進められている。赤外光でも発電できる次世代太陽電池の製造にあたっては、高い電子移動度を有する材料が必要となる。そのような材料の一つに微量のWを添加したSnO2薄膜が挙げられるものの、なぜ高移動度を有するのかはこれまで明らかになっていなかった。
また、そのような薄膜では、移動度を低下させる要因のイオン化不純物散乱が最小となる母結晶の金属イオンよりも、+1だけ価数の大きな状態を安定化することが求められるが、そのような手法は完全には確立されていなかった。
同研究グループは今回、パルスレーザー堆積法によりルチル型結晶構造を有するSnO2に、ドナー不純物としてWを添加した単結晶薄膜を酸化アルミニウム基板上に合成し、電気伝導特性を調べた。Wの添加量を調節することで、13Ωsq-1のシート抵抗と波長2μmの赤外光に対して約80%の光透過率を有する赤外透明電極を合成した。
冒頭の画像は、Wの添加量xを変えて作成したSnO2薄膜の光透過率および反射率とシート抵抗を示している。x=0.014の薄膜は、シート抵抗13.6Ω sq-1で波長2μmまでの赤外線を80%以上透過する。
添加したWの位置や電荷状態を調べたところ、WがSnO2中のSn4+よりも+1だけ価数の大きな+5価(W5+)としてSnを置換し、イオン化不純物散乱を抑制することが判明した。
さらに、SnO2結晶中で6族の元素であるWが+5価の状態で安定に存在する機構について、第一原理計算を用いて調べた。Wの5d軌道が①バンドギャップ内の深い準位と②伝導帯下端よりも高エネルギーの準位に分裂し、①の準位が電子を1つトラップした高スピン状態となり、②の準位が電子を1つ伝導帯に放出することで、+5価の状態が安定化することが判明した。
また、このWの5d軌道の分裂は、周囲の酸化物イオン(O2-)の負電荷による効果(結晶場分裂)では説明できず、O2-のp軌道との混成により生じている(配位子場分裂)ことも明らかになった。
今回の研究成果を基に、配位子場分裂の効果まで考慮に入れることで、酸化物半導体中の遷移金属の電荷状態をより正確に予測できるほか、新たなドナー不純物の探索も可能になる。近赤外光を用いる次世代太陽電池の変換効率向上に寄与することが期待される。
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