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<オーストラリアの厳しい移動制限により、葬儀で別れを告げることは不可能に。しかし、羊飼いは諦めなかった> オーストラリアの田舎町で農家として暮らす29歳のベン・ジャクソン青年は、愛する叔母をがんで亡くした。2年間の闘病生活を立派に闘った彼女に最後の別れを告げたいと考えたが、どうやら叶いそうにない。 オーストラリアでは厳しい感染対策が敷かれ、州をまたぐ移動は大きく制限されている。葬儀が執り行われるブリスベンはクイーンズランド州に位置し、ジャクソン氏が住むニューサウスウェールズ州からの入境を禁じていた。 しかし、青年は諦めなかった。羊飼いという自分らしさを最大限に活かした方法で、最後のメッセージを叔母に伝えようとジャクソン氏は考える。青年の頭のなかにあったのは、広大な牧場、羊、そしてドローンだ。気まぐれな羊の「協力」を得ることは難しかったが、ジャクソン氏は苦心の末アイデアを実現し、動画に収めることに成功する。 完成した動画は上空からドローンで牧場を捉えたもので、はじめは羊の群れが漫然と大地に広がっている。しかし、次第に羊たちは規則性をもって並びはじめ、広大な牧草地のうえにみるみる線が描き出されてゆく。南半球の冬が生んだ褐色の枯れ草のうえに鮮やかな白のラインが浮かび上がり、やがて世界で最も短いメッセージが出現するという趣向だ。 「見るたびに涙が」 海外ニュースやSNSで話題に 動画はオーストラリア東部、ニューサウスウェールズ州のガイラの町で撮影された。シドニーとブリスベンのちょうど中ほどにある、人口2000人ほどの小さな町だ。牧場で撮影された動画は400キロ離れた葬儀の場に届けられ、親族と参列者の胸を打ったという。 Australian farmer pays tribute to his aunt with help of sheep 動画はオンラインでも公開され、SNSで大きな反響を呼んでいる。「叔母さんへのなんと素晴らしい尊敬の証だろう」「大好きで、見るたびに涙が溢れる」などのコメントが絶えない。各種メディアの注目も集めており、英ガーディアン紙やBBCなどが相次いで取り上げている。フランスの国際ニュース局『フランス24』は、「飼料の山を戦略的に配置」したアートであり「真のクリエイティビティだ」と称えた。 オーストラリアの朝のトーク番組『モーニング10』でも取り上げられ、司会者は「非常に感動的、そして心からの誠実さがあり、典型的にオーストラリアらしい方法」で撮られた惜別メッセージだと紹介している。ジャクソン青年は同番組に中継で出演し、「葬儀に行けず無力感を感じていた」ことから動画を思い立ったと説明した。 ===== 続いて控えめなジャクソン氏は、叔母が空から見たかもしれないので「まあ良しといえるかもしれないですね」と自己評価すると、司会者は「まずまずなんてものじゃないですよ、本当に素晴らしいことですよ」と応じた。司会が「(牧羊)犬は手伝ってくれました?」と水を向けると、実はドローンが上空で待機できるまで羊が餌に飛びつかないよう、犬たちが見張っていたのだとジャクソン氏は明かし、「犬たちをクレジットに載せてもいいかもしれませんね」と笑った。 失敗にめげず試行錯誤 羊たちは驚くほどきれいなラインを描いているが、実はスマートに展開する動画の背後には、多くの試行錯誤があったようだ。豪ニュースサイトの『news.com.au』によると、ハート型を描くはずの線が最初の撮影ではあちこち歪み、残念なことに絵文字の「うんち」のような形に仕上がってしまったという。飼料をハート形に地面に敷くことで羊たちを誘導し、3〜4回の試行の末にやっときれいなラインを出せるようになった。 青年は叔母の葬儀以前から、たびたび牧場でのアートを試みている。過去の干ばつや最近のロックダウンなど困難な状況が起きるたび、少しでも明るい気分を保とうと、羊の助けを借りたチャレンジに勤しんできた。これまでにも豪公共放送局のABCやラグビーチームなどのロゴを牧場に描いており、叔母も生前は彼のアートの大ファンだったという。 新しいことが大好きなジャクソン青年は、5代続く農場で働くと同時に、音楽シーンでも活躍している。2017年には豪ABCのラジオ部門であるトリプルJが主催したエアDJ大会において、全国チャンピオンの座を勝ち取った。既存の枠にとらわれない発想を持つ彼だからこそ、困難な状況を逆手に取った動画で人々の心を動かすことができたのかもしれない。