今回は久しぶりにエンジニアの方に登場いただいた。ハリウッド映画のVFXに見られる完成度が高い映像は、優れたアーティスト達によって支えられているのは勿論だが、強力な開発力こそが「不可能を可能にする」領域を押し広げているとも言える。それは市販のツールにも、VFXスタジオ内のパイプラインや自社開発ツールにも言えることである。そこで今回は「エンジニアならではの視点」から、海外での就職活動について、齊藤 淳氏に話を伺った。
TEXT_鍋 潤太郎 / Juntaro Nabe
ハリウッドを拠点とするVFX専門の映像ジャーナリスト。
著書に『海外で働く日本人クリエイター』(ボーンデジタル刊)、『ハリウッドVFX業界就職の手引き』などがある。
公式ブログ「鍋潤太郎☆映像トピックス」
EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada
Artist’s Profile
齊藤 淳 / Jun Saito(Senior Research Engineer / Adobe Research)
1999年に東京大学理学部情報科学科卒。卒業後はSquare USA、マーザ・アニメーションプラネット、Method Studiosで映像制作現場に密着した研究開発を行う。2017年よりAdobe Researchに所属し,主に深層学習を駆使したアニメーションの研究開発に携わる
research.adobe.com
<1>就職後、アニメーション分野の研究へと進む転機が訪れる
――貫してアニメーションに関する研究をされているそうですね。
東京大学理学部情報科学科を卒業後、ハワイにあったSquare USAに入社し、大域照明レンダラ・Kilaueaの開発に携わって以来、レンダリング系を主分野としていました。しかし日本へ帰国しマーザ・アニメーションプラネットに移籍した後に、映像制作と研究開発について熟考する機会があったのです。10年前のこの出来事が、キャリアとして転機となりました。
そのときにアニメーション工程は人間の認知に頼る部分が多く数理科学の活用が困難で、逆にいえば未解決課題の宝庫である、という結論に達し、アニメーション系に研究を集中させることにしたのです。アニメーション研究で著名な幸村 琢教授(現香港大・当時エジンバラ大)と、その博士課程の学生だったDaniel Holden(現Ubisoft)と機械学習を用いたアニメーションの共同研究を開始したのも、この時期です。
昨今の深層学習・AIブームで、今ではSIGGRAPHでも深層学習は当たり前になりましたが、その当時はほぼ見かけることがなく、研究は暗中模索だったことを覚えています。
結果としてこの共同研究から、”Learning Motion Manifolds with Convolutional Autoencoders”(SIGGRAPH Asia 2015 Technical Briefs)を皮切りに、”A Deep Learning Framework for Character Motion Synthesis and Editing”(SIGGRAPH 2016 Technical Papers) そして”Phase-Functioned Neural Networks for Character Control”(SIGGRAPH 2017 Technical Papers)と、深層学習を用いたアニメーションに関する論文を連年共著することができました。
特に、最後のPhase-Functioned Neural Networksは「機械学習によるアニメーションの品質がついにここまで到達したか」とアニメーターの皆様からも称賛いただき、この分野における研究の1つのマイルストーンとなったのではないかと思っております。
――海外への就職活動を行なったのには、何か転機があったのでしょうか?
あるとき、Method StudiosのWebサイトを見ていたら、たまたまキャラクター系の研究開発職を募集しているのを見かけ、簡単なレジュメのみで応募し採用されました。
後から聞いた話ですが、誰からの紹介もなくVFXの経験もなかった私のスキルに、リードの方は半信半疑だったようです。しかしそれまでの実績とDigiPro 2013で発表したフェイシャルリグ移植の論文が、ちょうど映画『ドクター・ストレンジ』で必要だった技術とマッチしたこともあり、スーパーバイザのサイモン(Simon Yuen)が後押ししてくれたそうです。
Method Studiosでは、大きめの研究開発だけでなく、リードの方が長年頭を悩ませていた変換行列の計算を解決したり、NumPyを用いた効率の良い開発を広めるなどして、短期間で問題なく信頼を勝ち得ることができたと思います。就労ビザは、私の研究と業務実績から、O-1ビザを用意してくれました。
Method Studiosは世界中に拠点があり、私はアメリカのSanta Monica Studioで勤務していたのですが、ここではCreatures Department、つまりはキャラクター関連の部署に、モデリングもリギングもできないのに所属していました。
スーパーバイザのサイモンは、現在NVIDIAでDirector,AI Graphicsとしてデジタルヒューマン開発を率いていることからもわかるように、「どのような技術を制作現場が欲しているか」をよく理解しています。そのおかげで、研究開発側とアーティスト側の双方のフィードバックが早く、効率よく成果を出すことができました。
映画『ドクター・ストレンジ』では、フェイシャルリグの移植とフェイシャルアニメーションのリターゲットをジオメトリ処理と機械学習を用いて実装し、即実戦投入してもらえました。自社製pose-space interpolatorは、Method Studiosにおけるリギングに欠かせない部品になりました。
最先端の物理シミュレーションに独自の手法を織り混ぜて開発したリアルタイム皮膚滑りデフォーマは、映画『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』以降のMethod Studiosが関わった全Marvel作品で、スーパーヒーローのコスチュームやロケットのような動物の毛皮の柔らかい変形をよりリアルに効率よく表現するために重宝されました。この皮膚滑りはDigiPro 2017にて”Efficient and Robust Skin Slide Simulation”として論文発表もしています。
これらの体験から言えることは、映像制作の技術系で海外就職にチャレンジする方は、論文でもブログでもGitHubのコードでも(私は論文のみでしたが)、英語圏から見えるアウトプットを出しておき、現場の要望とのマッチのきっかけをつくることが大切だと思います。
▲Character Animatorチームと、Researchチーム(左3名)の集合写真
<2>学生は「まず実務を体験してみること」がオススメ
――その後、プロダクション畑からアドビへと転職されましたが。
アドビへの就職の際には、同時並行で他の技術系企業にも応募しました。結果として数社からオファーをいただき、私の望むかたちで待遇の交渉を行うことができました。技術系企業は現在人材の取り合いで、待遇の交渉に慣れていますので、他社からのオファーを武器に遠慮なく待遇交渉をすると良いと思います。
また、数社同時並行で就職活動することで、自分の市場価値をより正確に知ることができます。私は待遇・業務内容・キャリアパスを総合的に考慮し、最終的にAdobe Researchを選択しました。
Adobe Researchが私の採用を決めた理由は、AIブームの波と同時に深層学習関係の論文を共著できたことも影響しているとは思いますが、映像パイプラインの様々な工程の技術を体験していたことがより重要だったのではと思います。
実際、私の場合アドビのコーディング試験では自分で課題を選べたのですが、機械学習やアニメーションではなく、ジオメトリ最適化系の課題を選択し、守備範囲の幅広さをアピールしました。また、ちょうどResearch Engineerという研究職と製品開発を繋ぐ人材を補強しているタイミングだったということもあります。
――Adobe Researchは、どのような部門でしょうか?
私が所属するAdobe Researchは、アドビの研究部門です。
「アドビといえばPhotoshop」というイメージをおもちだと思いますが、Adobe ResearchはSIGGRAPHで毎年多数の論文を発表していることからも、画像だけでなくグラフィクスの研究で長年最先端を行っていることがおわかりいただけると思います。
また、MixamoやAllegorithmicの買収に代表されるように、近年は製品側でも3Dクリエイティブ・ワークフローの開拓に注力しています。
Adobe Researchには画像処理やグラフィクスだけでなく、コンピュータビジョン・ヒューマンコンピュータインタラクション・自然言語処理・コンパイラ技術など、数々の研究分野のエキスパートが所属しています。このような世界トップクラスの頭脳集団との共同研究や製品開発を体験できるのは大変刺激になります。
製品関連では、最近はエミー賞(Technology & Engineering)も受賞した2DアニメーションソフトウェアのAdobe Character AnimatorにAIによるBody Tracker機能を統合し、通常のWebカメラとPC・Macだけで全身のモーションキャプチャをリアルタイムでできるようにしました。
基本はOpenPoseを自社実装したものですが、最新のデータセットを用いた姿勢の向きの推定や、様々なスタイルのキャラクターにも適応可能なリターゲットなど、独自の工夫を加えています。3Dでは、Adobe AeroというAR体験制作ツールのAIを用いたアニメーションエンジンを開発しています。
――将来、海外を目指す方に、アドバイスをお願いします
Method Studiosにしろアドビにしろ、マーザ所属のときに研究開発とキャリアパスについて考え、分野を変更する決断をしたことが今につながっていることは間違いありません。学生時代からそのようなしっかりとしたキャリア目標をもてるのならばそれが一番ですが、私の場合、実務経験を経なければこのような選択はできませんでした。
ですので、学生の方には、何らかの形で「まず実務を体験してみること」をオススメしますし、現在クリエイティブ制作の現場にいる方にも、自らの意志で転機を呼び込むことはいつでも可能だということをお伝えしたいです。
特にAIブームの影響で、CG映像現場の人材はアドビのような技術系の企業で引く手数多です。映像制作のノウハウはAIの学習データ生成などで需要が高く、映像現場経験者が技術系企業、さらにその研究部門で活躍することは、十分可能だと思います。
▲エミー賞のトロフィーと一緒に
【ビザ取得のキーワード】
① 東京大学を卒業
② 国内外で実績を積む
③ Method Studiosからオファーを得て渡米
④ Method StudiosでO-1ビザを取得
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