イキイキ生活をボケ防止に変換してくれる遺伝子があるようです。
米国MIT(マサチューセッツ工科大学)で行われた研究によれば、刺激が多い環境に反応して、認知機能を維持する遺伝子「MEF2」が発見された、とのこと。
教育レベルが高かったり生きがいを得て刺激的な日々を送っている人間、そしてオモチャの多い環境で育ったマウスは「MEF2」が活性化されており、認知症の発生率が大きく下がっていたのです。
研究内容の詳細は11月3日に『Science TranslationalMedicine』で公開されています。
目次
- イキイキ生活で活性化する「ボケ防止遺伝子」を発見!
- イキイキマウスはアルツハイマー病になっても症状が抑えられる
- ボケ防止遺伝子を破壊されたマウスにイキイキ環境を与える残酷な実験
- ボケ防止遺伝子を薬で活性化させられれば認知症薬になる
イキイキ生活で活性化する「ボケ防止遺伝子」を発見!
現在、認知症は老化と同じく避けては通れない問題となっています。
65歳以降の16%が既に認知症であり、80代後半になると男性の35%、女性の44%が認知症になるとされています。
特にアルツハイマー病は認知症全体の過半数を超える症例となっており、治療薬の開発が急がれます。
一方で以前から、アルツハイマー病になっても、影響を受けにくい人々がいることが知られていました。
これら耐性のある人たちは、アルツハイマー病の原因となるアミロイドβが脳に蓄積しているにもかかわらず、高い認知機能を維持していたのです。
そこで今回、MITの研究者たちは1000人の遺伝データと認知症の症状を比較し、認知症に対抗する遺伝子の存在を探すことにしました。
結果「MEF2」と呼ばれる遺伝子が、耐性のある人々で活性化していると判明します。
また興味深いことに、耐性のある人々の多くは高学歴で知的労働に従事しているか、生きがいをもった刺激的な日々(イキイキ生活)を送っていることが示されました。
ただこの段階では、イキイキしていることが「MEF2」の活性化を起こしているか「MEF2」の働きが生まれつき活発な人が結果としてイキイキしているように見えるのかは不明でした。
つまり、原因が先天性(遺伝)のものか後天性(イキイキ生活)のものか、区別がつかなかったのです。
そこで研究者たちは、イキイキ環境とドンヨリ環境の2種類をマウスたちに用意して、環境の差が遺伝子を活性化させるかどうかを確かめることにしました。
環境の違いが遺伝子を目覚めさせることができたのでしょうか?
イキイキマウスはアルツハイマー病になっても症状が抑えられる
環境の違いが認知症に対抗する遺伝子「MEF2」を目覚めさせることができるのか?
謎を確かめるために研究者たちはアルツハイマーになりやすい家系のマウスを用意。
一方には、数日ごとに新しいおもちゃで遊べるイキイキ環境、そしてもう一方にはただエサと水だけが与えられるドンヨリ環境で飼育してみました。
結果、イキイキ環境で余生を送ったマウスはアルツハイマーになっても症状が悪化せず、迷路を解く能力などの認知機能が高いレベルで維持されていました。
一方、エサと水をただ消費するだけのドンヨリ環境で余生を送ったマウスは次々に症状を悪化させていきました。
またそれぞれの環境で余生を送ったマウスの遺伝子を調べると、イキイキ環境で生活しているマウスでのみ、遺伝子「MEF2」が活性化していると判明。
この結果は、マウスの「生まれつきの知能」とは関係なしに、刺激にあふれる「後天的な環境」が遺伝子「MEF2」を活性化させ(目覚めさせ)認知症になるのを防いでいることが示します。
つまり「MEF2」は環境依存のボケ防止遺伝子だったのです。
しかし、イキイキ環境と遺伝子「MEF2」そしてアルツハイマーの予防が本当に因果関係で結ばれているかを調べるには、ちょっぴり残酷な実験をしなければなりませんでした。
ボケ防止遺伝子を破壊されたマウスにイキイキ環境を与える残酷な実験
ボケ防止遺伝子「MEF2」は本当にイキイキ環境とアルツハイマー病の症状抑制を結び付けている橋なのか?
確証を得るため研究者たちは、実験に用いたアルツハイマーになりやすい家系のマウスの遺伝子を操作し「MEF2」を破壊(ノックアウト)しました。
そして先の実験と同様に、イキイキ環境とドンヨリ環境を与え、経過を観察します。
結果「MEF2」を破壊されたマウスは、イキイキ環境が与えられても、アルツハイマー病の進行を抑えることができませんでした。
この結果は、イキイキ環境が遺伝子「MEF2」によって検知・翻訳され、アルツハイマー病の症状を抑えていることを示します。
MEF2が破壊されたマウスは、イキイキ環境をアルツハイマー病の耐性につなげられなくなっていたのです。
ボケ防止遺伝子を薬で活性化させられれば認知症薬になる
今回の研究により、イキイキ環境が遺伝子「MEF2」を活性化させ、アルツハイマー病の症状悪化を防ぐことが示されました。
後天的な環境が遺伝子の活性を変化させ、アルツハイマー病(しかも遺伝性)を封じ込めるという結果は、遺伝子に対する脳の抵抗力を見せつける稀有な例となりました。
また追加の研究により遺伝子「MEF2」を破壊されたマウスでは認知障害を発症させるとともに、ニューロンの異常な活性化が起こることが示されました。
神経細胞の異常な活性化は認知症の初期にみられる現象として知られています。
どうやら遺伝子「MEF2」の活性化は、神経細胞の活動幅を抑制する機能をもって、認知症の初期段階を封じていたようです。
研究者たちは、遺伝子「MEF2」を活性化させ、イキイキ環境にいると神経細胞に錯覚させることで、アルツハイマー病の進行を食い止める薬を開発できると考えているようです。
それまでは、自分で楽しみをみつけることが、最大の認知症予防になるでしょう。
参考文献
Study links gene to cognitive resilience in the elderly
https://news.mit.edu/2021/gene-cognitive-resilience-elderly-1103
元論文
MEF2 is a key regulator of cognitive potential and confers resilience to neurodegeneration
https://www.science.org/doi/10.1126/scitranslmed.abd7695