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<もはや気温50℃超えは当たり前に。水不足に加えて電力不足でエアコンも使えず、難民大量発生の懸念も> この夏、中東の風光明媚な国々は灼熱地獄となった。極端な気温上昇と深刻な干ばつがこの地域を襲い、森林は燃え上がり、都市は文字どおりのヒートアイランドと化し耐え難い熱気に包まれた。 クウェートでは6月にこの夏最高の53.2度を記録。オマーン、アラブ首長国連邦(UAE)、サウジアラビアでも最高気温が50度を超え、1カ月後にはイラクで51.6度、イランでも51度近い猛暑となった。 これはほんの序の口だ。 中東では世界の平均の2倍も気温が上昇している。人類を救うには気温の上昇を1.5度までに抑える必要があると言われているが、中東ではこのままいけば2050年までになんと4度も上がる見込みだ。 極端な気候条件が日常的になり、中東の主要都市は年間4カ月、殺人的な猛暑に見舞われることになると、世界銀行は予測している。ドイツのマックスプランク研究所によると、今世紀末までに中東の多くの都市は人が住めなくなる可能性がある。戦争で荒廃し、宗派対立に引き裂かれてきた中東。地域全体を脅かす気候変動に対処するには、各国の現状はあまりにお粗末だ。 真っ先に犠牲になるのは貧困層 中東諸国は所得格差が極端に大きく、豊かな産油国でも暑さで死なないために最低限必要な水や電気などの基本的なサービスが十分に行き渡っていない。猛暑が続けば社会の混乱は避けられず、そうなると真っ先に犠牲になるのは貧困層だ。 どの国もほぼ軒並み、行政システムは非効率で、エネルギー・インフラはガタガタだ。根深い構造的な欠陥が再生可能エネルギーの利用推進を妨げ、エネルギー転換に必要な技術も育っていない。 今の中東諸国に必要なのは行政システムを強化する政治改革、そして企業の自由な発想を促す経済改革で、それなしには二酸化炭素(CO2)の排出削減とクリーンエネルギーへの転換は望めないと、専門家は言う。 怖いのは基本的なサービスが行き渡らないまま極端な猛暑が続く事態だ。人々の暮らしはさらに耐え難いものとなり、治安がさらに悪化すると、専門家は懸念している。 中東では過去30年間に温室効果ガスの排出量が3倍以上増えた。気候変動の「影響を特に強く受けている」にもかかわらず、中東は温室効果ガスの排出量でEUを上回っていると、地中海・中東気候に詳しいマックスプランク研究所のヨス・レリフェルトは嘆く。 「中東の諸都市では気温が優に50度を超え、このままでは将来的に60度に達しかねない。そうなればエアコンが利用できない人は命の危険にさらされる」 イラン、イラク、レバノン、シリアやイエメンなどでは比較的豊かな人たちにとってもエアコンは高根の花だ。これらの国々では戦争や欧米の制裁、利権を貪る支配層にたたられ経済が疲弊。干ばつで農地が干上がり、水も食料も不足する状況に人々の不満が爆発し、大規模なデモが起きている。気候変動の影響が深刻化するにつれ、事態がさらに悪化するのは目に見えている。 ===== あまりの暑さで反政府運動が盛り上がる イラクでは今年7月の記録的な猛暑の最中、政府の無策に怒った人々が通りを埋め尽くした。彼らは交通を止め、タイヤを燃やし、発電所を包囲。軍隊が出動する騒ぎとなった。 皮肉なことに、豊かな石油資源を誇る南部の都市バスラで国内最長レベルの停電が続き、大規模な抗議運動が発生。少なくとも3人が死亡した。イラクの電力危機を招いている最大の要因は政治の混乱だと、専門家は指摘する。 レバノンでも8月に同様の事態が起きた。この国の人々はそれでなくてもさまざまな危機にさらされ、政府の無策にいら立ちを募らせていた。この夏には燃料不足による混乱が各地に広がり、タンクローリーから燃料を盗む、発電所を荒らすなどの犯罪が多発。銃を手にしてガソリンスタンドの列に割り込むなど、燃料の奪い合いで人々は殺気立った。 レバノンでは1990年の内戦終結後も3時間程度の停電は日常茶飯事だった。だが2019年以降は経済が悪化の一途をたどり、停電が長引いたため、人々は自衛手段として発電機を使うようになった。今年8月12日に中央銀行が燃料補助金を打ち切ると、頼みの自家発電もできなくなり、家々の明かりは消え、富裕層でさえエアコンを使えなくなった。 ガソリンスタンド周辺では日常的に住民同士の小競り合いが起きるため、混乱を避けて公平に分配できるよう軍隊が警備に当たるようになった。8月半ばには北部で軍が盗まれた燃料タンクを押収し、市民にガソリンを配給しようとしているときにタンクローリーが爆発、30人近い死者が出る惨事となった。 レバノンの支配階級は権力の座にしがみつき、多額の補助金にもかかわらず赤字になっている電力部門の改革を拒んでいる。 専門家によれば、レバノンは電力事業を収益化するだけでなく、その収益によってエネルギー構成の多様化と豊富な風力・太陽エネルギーの活用を図る大きな可能性を秘めている。一貫性のある政策は、猛暑の時期に涼をもたらすばかりか、CO2排出量を削減し、ひいては温暖化を防止するのにも役立つだろう。 17年、イランの気温は中東で史上最高の54度を記録、今年7月にも50度を上回った。しかし干ばつ続きで水力発電所はフル稼働できず、電力の需要が増えている時期に発電量は減少する始末。各地の都市で抗議デモが起き、参加者からは「独裁者に死を」「ハメネイに死を」と最高指導者アリ・ハメネイ師を非難する叫び声も上がった。 ===== イエメンの首都サヌアで水の配給を受ける少年ら MOHAMMED HAMOUD/GETTY IMAGES イラン南西部フゼスタン州では、水不足に抗議するデモ隊が道路を封鎖しタイヤを燃やす事態に。当局の発表では州治安部隊の発砲で少なくとも3人が死亡したというが、実際はもっと多いと人権活動家らは指摘する。 人権擁護団体ヒューマン・ライツ・ウォッチは「ソーシャルメディア上でシェアされている動画には、治安当局が火器や催涙ガスを使用しデモ隊に発砲する様子が写っている」として調査を要求している。 シリアでは06~11年の干ばつで農村部と都市部の社会経済的格差が拡大し、それも内戦の一因になったと考えられている。 イエメンでは内戦の長期化が水危機を深刻化させているようだ。イエメンは地下水源の急速な枯渇で水不足にあえいでいる。人口1人当たりの年間水資源賦存量(人間が最大限利用可能な水の量)は世界平均の7500立方メートルに対し、わずか120立方メートル。以前は水資源省が井戸の掘削に条件を課していたが内戦で監視できなくなり、もともと乏しい水資源が過去10年間で急速に枯渇した。 地域協力によって中東の水不足を軽減し、カーボン・フットプリント(CO2排出量)を削減することが可能だと、ストックホルム国際平和研究所のヨハン・シャール准上級研究員は主張する。 「地域協力という点では共通の水資源の利用と管理について合意することが何より重要だ。極端な気象現象が原因で、今後これらの水資源は、河川も地下水も、一層希少かつ不安定になるだろう」と、シャールは言う。 「水に関して2国間の国境を超えた合意はほとんどなく、複数の国にまたがる河川の流域全体の合意は皆無だ。アラブ連盟の水資源閣僚会議は数年前に共通の水資源に関する地域条約を起草したが、批准されなかった」 長引く紛争が地域協力を阻む 中東諸国は紛争で手いっぱいで、共通資源の利用をめぐって協力するどころではない。「どの国も(温室効果ガスの)排出削減のための投資はわずか」だとシャールは言う。 「その上、紛争や社会不安や制裁が気候変動に適応するニーズと能力に影を落としている。国民は紛争で家を失って困窮し、気候変動の打撃を受けやすくなる。社会不安は、長期的な計画と投資のためのリソースと政策の余地を減少させる」 気候変動と「アラブの春」がもたらした革命・内戦との関連性が盛んに論じられている。だが、お粗末な統治、ずさんな環境管理、都市化、水道やエアコンなどの設備が不十分な地域の社会不安──とも明らかに関連がある。気候変動の影響で生活が苦しくなれば、これらの都市で何が起きるか、考えると恐ろしい。 「ただでさえ紛争に苦しむこの地域が極端な気候に襲われると、その結果、例えば移住を決意する人が増える」と、マックスプランク研究所のレリフェルトは指摘する。新たな中東危機の始まりだ。 From Foreign Policy Magazine