運動の利点は輸血で伝わるようです。
米国スタンフォード大学で行われた研究によれば、運動を行っているマウスの血を抜き取り、同じ年齢の運動をしていないマウスに輸血したところ、脳機能が大幅に改善していることが判明した、とのこと。
運動をしているマウスの血中に多く含まれる、抗炎症効果があるタンパク質が、運動をしていないマウスの脳の炎症を抑え、海馬に新しいニューロンを生成することで認知機能の改善につながっていました。
運動と脳をつなぐメカニズムが解明されたことで、寝たきりの高齢者など運動が難しい人々の脳に、運動の有益な効果を伝達することが可能になります。
研究内容の詳細は12月8日に『Nature』に掲載されました。
目次
- 運動好きなマウスの血液が動かないマウスの脳機能をブーストする
- 運動は脳の炎症を抑えるタンパク質を肝臓から分泌する
- 運動を偽装する脳機能改善薬が開発可能
運動好きなマウスの血液が動かないマウスの脳機能をブーストする
近年の研究により、運動が脳機能の改善に効果があることが判明しています。
運動を行っている動物の脳内では、記憶をつかさどる海馬で新たなニューロンが生成され、記憶力や認知力の改善につながっていたのです。
しかし、なぜ運動が脳機能を改善するのか、その詳しいメカニズムは不明のままでした。
そこで今回、スタンフォード大学の研究者たちは「血液」に着目しました。
そして運動の結果生成した何らかの物質が血液を流れるならば、輸血によって運動の効果も移植できる可能性があると考えました。
さっそく研究者たちは同じ家系のマウスを用意し、一方のケージにはちゃんと回る回し車を配置、そしてもう一方のグループにはロックされて動かない回し車を入れて、飼育をはじめました。
マウスは非常に運動好きな動物であり、回し車があると1晩に10km近く回すことが知られています(マウスは夜行性)。
今回の研究でも、ちゃんと回る回し車が設置されている場合、マウスはすぐに使い方を覚えて、頻繁に運動するようになりました。
また運動しているマウスの脳を摘出して調べると、運動の効果は1カ月ほどで脳にあらわれはじめ、脳内のニューロンやその他の細胞の量を大幅に増やしていることが確認されました。
次に研究者たちは、運動を行っているマウスから3日ごとに総血液量の7%~8%(人間に換算すると250ml~365ml)を抜き取り、運動をしていないマウスに輸血してみました。
すると輸血を受けた動かないマウスでは、学習能力と記憶力が向上し、迷路を解くのも上手になるなど、認知機能の大きな上昇が確認されました。
また輸血を受けたマウスの脳を摘出して調べると、運動していたマウスと同様に、記憶をつかさどる海馬において新たなニューロンが増加していることが判明します。
この結果は、運動の結果が血液に保存されており、輸血によって運動効果を移植できることを示します。
問題は、いったいどんな血中成分が、その効果をになっているかです。
運動は脳の炎症を抑えるタンパク質を肝臓から分泌する
いったいどんな血中成分が、運動の結果を脳に伝達しているのか?
謎を確かめるため、研究者たちは運動しているマウスと運動していないマウスの遺伝子の活性度を比較してみました。
すると運動することで約2000個もの遺伝子の活性度が変化していると判明。
また最も変化が大きかった上位250個の遺伝子の多くが、体や脳の「炎症」に強くかかわっていることも明らかになりました。
炎症は体を守る免疫システムの重要な一部ですが、炎症は細胞に重度の負担を強いる反応であるため、炎症レベルが高いと臓器の性能が落ちてしまいます。
インフルエンザなどによって全身がダルくなるのは、体のあちこちで炎症が起きて機能低下を起こしているせいでもあるのです。
また炎症は感染が起きていない場合でも、健康な生活習慣によって増加することも知られています。
そこで炎症をキーワードに運動による血液成分の変化を調べたところ、クラステリンと呼ばれる肝臓から分泌されるタンパク質が運動しているマウスでは非常に豊富にあることが判明します。
さらにクラステリンを実際にマウスの血管に注射した場合、脳血管の外側にある、炎症にかかわる細胞に結合して、脳の炎症を抑えることが示されました。
どうやら運動が脳に与える効果は、究極的には、クラステリンに行きつくようです。
ただここまでの実験は全てマウスで行われており、人間でも同じように働くかは不明でした。
そこで研究者たちは、軽度認知障害のある20人の退役軍人に有酸素運動を行ってもらい血液成分を比較しました。
すると運動によって被験者たちの血中クラステリンレベルが有意に上昇したことが確認されました。
運動を偽装する脳機能改善薬が開発可能
今回の研究により、運動の効果は輸血によって他の個体に移植できることが示されました。
また運動によって血中に分泌されるタンパク質(クラステリン)が脳の炎症を抑え、脳機能を改善しているとされました。
運動による脳機能改善の研究は数多くなされていますが、単一の血液成分が運動効果をになっていることが示されるのは、非常に珍しいと言えるでしょう。
研究者たちは、血中クラステリンを増強する薬剤が開発できれば、運動を偽装して、脳機能改善や認知症の治療に役立つ可能性があると考えています。
参考文献
Blood from marathoner mice boosts brain function in their couch-potato counterparts
https://med.stanford.edu/news/all-news/2021/12/mouse-blood-exercise.html
元論文
Exercise plasma boosts memory and dampens brain inflammation via clusterin
https://www.nature.com/articles/s41586-021-04183-x