NHKの大河ドラマ『青天を衝(つ)け』のVFX映像の制作過程や裏話、現場の様子などをご紹介するシリーズ企画。18回目となる今回は前回に引き続き、コロナ禍で行われたパリ編の制作について解説したいと思います。
TEXT_『青天を衝け』VFXチーム(NHK)
EDIT_海老原朱里 / Akari Ebihara(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
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ミッション<18>「現地入りできないなかでも、臨場感あるパリ編をつくる!」
前回につづき「パリ編におけるコロナ禍のリモート撮影とVFX制作 その2」です。大河ドラマ『青天を衝け』の第22回から第25回まではパリ編が描かれました。パリ編を描くにあたり、スタッフも役者も日本からは誰もパリに行けませんでしたが、あたかもパリに行ったかのように、また、視聴者がパリを訪れたかのようなリアルな臨場感を届けるために、どのように準備したかをご紹介したいと思います。
「その1」では下記の「パリVFX撮影制作フロー」のうち、⑥のパリ撮影まで紹介しました。
▲パリVFX撮影制作フロー
⑦4月中旬にパリでの背景撮影プレートが日本に送られました。放送予定日に合わせた通常編集スケジュールが組まれていますが、大掛かりなVFXがある場合はVFX編集という事前編集をします。その回の中でまだ撮影できていないシーンもあり未確定の部分もあるので、カット尺の前後に少し余分をとってVFXが必要な部分を先に仮編集します。編集では演出で何を伝えたいかが最も重要ですが、ここでも編集担当者や演出と相談し、VFXとして表現が困難なテイクは他のテイクに変更可能か相談しながら進めていきます。編集尺が確定しないので一見無駄な作業が増えそうですが、大河ドラマのように毎週放送する番組の場合では、この手段が最終的にはとても効率的です。もちろん作業の優先度はVFXチームの中で精査し、完全に無駄な作業としての工程が出ないように決めて進めます。通常では、この次の工程はVFXカット制作に入るのですが、今回は、⑧この編集から再度、日本でのグリーンバック撮影に向けてスタジオ撮影設計を行います。
5月上旬のパリVFX編集を経て、日本でのグリーンバック撮影を5月中旬に行いました。パリでの撮影場所と日本のスタジオの広さはもちろん違いますし、光の環境も違います。3DCG上で日本のスタジオ図面にパリの撮影状況と環境を当てはめていく撮影設計プリビズを行います。パリで撮影した背景プレートに合わせて、編集で決まったカットごとのカメラ情報を3DCG上に置き直していきます。ここで前回お伝えしたパリでのカメラ情報や測量が役立ちます。
▲ナポレオンの墓プリビズ。パリ背景プレートに合わせ1カットごと、グリーンバック撮影時のカメラ位置、照明の位置を明確にします
▲アンヴァリッド ナポレオンの墓。VFXプリビズ
▲アンヴァリッド ナポレオンの墓。撮影設計リスト
並行して、美術チームと必要なグリーンバックの大きさや位置、美術セットの相談を始めます。数センチ単位まで美術セットで再現することで、手の置き場所のリアル感が変わってきます。
▲アンヴァリッド手すりVFXブレイクダウン
⑨パリの背景VFX編集から日本でのグリーンバック撮影までの実質1週間程でナポレオン3世の謁見、アンヴァリッド(廃兵院)、証券取引所、セーヌ河岸の5シーン70カット程のプリビズを行いました。このプリビズにおいて苦労したのが、パリ撮影場所の広さや建物の構造が全くちがう中で、日本のスタジオで違和感なく撮れる位置を探ることでした。パリでの撮影情報と合わないカットも存在したりと、実際に撮影に立ち会ってないこともあり、不具合を調整する必要がありました。
プリビズ時の例として、ナポレオンの墓を紹介します。実際のアンヴァリッドのナポレオンの墓がある位置から栄一たちがいる高さは7.5mほどの想定になりますが、スタジオで7.5m上げるのは実質不可能でコスト的にも安全面からも効率が良くないと判断されました。しかし、見上げ感(パース)の相違は不自然になりかねないため、できるだけ同じ角度をつくるように設計します。「なんとなくの位置でなんとなく見上げてればいいだろう」と撮影してしまうと後々違和感のある画になってしまいがちです。プリビズの結果、美術チームと相談し、1間(約1.8m)の高さの台を組み、同じカメラ角度で撮れるカメラ位置と傾きと画角を新たに割り出し撮影しました。
▲アンヴァリッド ナポレオン1世の墓の測量図面
コロナ禍での撮影で特別なフローとしては、通常よりも多くの打ち合わせを、パリチームはもちろん日本の各チームとも設けたことです。3DCG上やリスト図面で個別に照明チームや撮影チームと何度も打ち合わせを行い、撮影リストや立ち位置の修正をしていきました。VFXチームはグリーンバック撮影の前に全カットの照明位置やカメラ位置を、スタジオフロアに位置決め用の目印を貼りつけて、撮影の準備をしました。
実際の撮影に入ると、最初のナポレオンの謁見は、割り出したカメラ位置が映像と上手く合わず不安な空気にもなりましたが、割とすぐに位置合わせのコツを掴み、3DCG上で割り出したカメラ位置でほぼ問題なく撮影を進めることができました。また、役者の皆さんもグリーンバック撮影に慣れている方が多く楽しんでもらえているようでした。リモート撮影に限らずですが、事前の各部との打ち合わせを重ねコンセンサスを取っておくことやチームワークがスムーズな撮影につながります。
⑩日本でのスタジオグリーンバック撮影を終え、再度VFX編集を経てVFX制作に入ります。VFX制作の詳細は、CGWORLD vol. 277(2021年9月号)でも紹介していますので、そちらもご覧ください。実質このパリ背景+日本グリーンバック撮影のVFX編集を受け取ってから1か月程で制作し完成しまた。
▲パリ編パリチーム背景撮影+日本GB撮影カットVFXブレイクダウン
⑩今回パリシネマクルーの背景撮影について主に記述してきましたが、予算や撮影時期の関係で、シネマクルーのみではなく、現地VFXコーディネーターが背景撮影をし、完成したシーンもあります。基本的には動きの範囲が限られていて、表現したい時間帯が明確にある屋外設定の撮影になります。パリ編ではセーヌ河岸、証券取引所廊下、ノートルダム寺院実景やグランドホテル実景になります。大がかりにシネマクルーを動かす必要がないと判断したシーンは、最小人数で臨機応変に動ける態勢を選択しました。
▲セーヌ河岸、証券取引所廊下、パリ実景VFXブレイクダウン
「コロナ禍のリモート撮影とVFX制作」というタイトルで2回にわたって紹介してきましたが、コロナ禍でパリにロケに行けなかったからこそ、グローバルにリモートで撮影をする経験ができ、パリに行けなかったからこその映像表現ができたと思います。そして、この経験はこの後放送する回でも活かされていきます。
※パリ編のVFX制作については「コロナ禍で実現したパリと日本のリモートによるVFX制作、大河ドラマ『青天を衝け』」の記事でも詳しく解説しています
今後もNHKの大河ドラマ『青天を衝け』のVFX技術をたくさん紹介していきますので、ぜひ放送をご覧ください。(『青天を衝け』VFXチーム)
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大河ドラマ『青天を衝け』
【放送情報】
NHK 総合 毎週(日)夜 8:00~/[再放送]毎週(土)午後 1:05~
NHK BSプレミアム 毎週(日)午後 6:00~
NHK BS4K 毎週(日)午後 6:00~
公式HP www.nhk.or.jp/seiten© NHK