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7月23日。無観客という異例の開会式で幕を開けた東京五輪は、新たに採用された種目、あるいは日本が誇る伝統競技などで大会序盤からメダルラッシュとなった。
コロナ禍での大会。五輪開催に対して様々な声が上がる中、燦然と輝くメダリストの戦いは、やはり心を揺さぶるスポーツの力を確かに感じさせた。

そんな中、大会の中盤、メダルマッチではない試合の中で歴史を切り開いたチームがあった。
アカツキファイブ。バスケットボール女子日本代表だ。

あまりに高いベスト8の壁

身長が高いことの優位性。バスケットボールには他の競技以上に重要な要素だと感じる。
過去4度五輪に出場したバスケットボール女子日本代表は、1976年のモントリオール五輪で5位。(当時は6チームの出場)
1996年アトランタ五輪は準々決勝敗退。2004年アテネ五輪は予選リーグ敗退。
そして前回リオデジャネイロ五輪では再び準々決勝敗退だった。

越えられない準々決勝の壁。立ちはだかる世界のベスト8の壁。
そもそもオリンピックに出場できるのがわずか12チーム。予選リーグを突破するだけでも、世界的に小柄な日本にとっては健闘という歴史があったように思う。

ただそれを覆したのが、トム・ホーバスヘッドコーチ(以下ホーバスHC)率いる東京五輪の日本代表である。

写真:時事

アメリカ出身のホーバスHCは日本でのプレーを経て、世界最高峰のアメリカプロバスケットボール・NBAのコートに立った指揮官。
リオデジャネイロ五輪後、2017年にヘッドコーチに就任し、就任当時から「東京五輪で決勝に進み、アメリカと対戦する。」そう、ずっと言い続けてきた。最初はその宣言に「周りは皆、笑っていた。」と大会中振り返っていた。

ホーバスHCは「目指していた」のではなく「出来る」と信じていた
そして世界一厳しいと言われる練習と同時に、日本代表だから出来る、日本代表にしか出来ないバスケを作り上げた。

小さな日本が世界に勝つために

小さな日本が、世界の高さ・フィジカル・個々の能力が高いチームに勝つためのバスケ。
それがスピード、ハードワーク、3ポイントシュート、そしてチーム力。

どのチームよりも速く、相手の高さを凌駕するスピードで攻めること。どのチームよりも走り続け、ハードなディフェンスを続けること。どのチームよりも多く、そして高い成功率で3ポイントシュートを決めること。そしてどのチームよりも頭を使い、多くの戦術を落とし込み、共通意識を持つこと。

写真:AFP=時事

肉体的にも精神的にもタフなタスク、そして勝利へひとつも欠かすことが出来ない極限の要求に選手たちは応え続けた。
1年の延期で、東京五輪のコートに立てなかった選手もいた。その選手たちの分まで戦う。そんな想いがさらに選手たちを奮い立たせていたようにも思う。

全員が信じていた大逆転劇

そしてリオデジャネイロ五輪に続き2大会連続の準々決勝進出を決めると、迎えたベルギー戦。これまで越えられなかったベスト8のその先へ。
結果は86対85。わずか、1点差。
試合時間残り15秒での逆転勝利。日本史上初のベスト4進出。

写真:AFP=時事

小さな日本が、世界の高さ、そしてこれまで越えられなかった準々決勝の壁を打ち破る勝利を手にした。

日本代表の魂を震わすプレーを文章にするとどうしても陳腐になるため割愛するが、体格で劣る日本代表が激しく仕掛けるディフェンスと、信じられない成功率の3ポイントシュートでベルギーと競り合い、そして勝負所で勝ち切った。

まさにホーバスHCが目指してきた、世界に勝つための小さな日本のバスケが歴史を切り開いた瞬間だった。逆転3ポイントシュートを決めた林咲希選手は「練習通り、いつも通りのリズムで打てました。」試合直後に、そうインタビューに答えていた。

写真:AFP=時事

「自分たちのバスケが出来れば金メダルを取れる」
キャプテンの高田真希選手はいつもと変わらずはっきりと答えた。

写真:AFP=時事

歴史を作った快挙、勝利の喜びと同様に、もしくはそれ以上に、自分たちが信じてきた道が正しかったことを証明した、その誇らしげな表情が印象的だった。

誇り高き銀メダル

初めての準決勝では、予選リーグ初戦僅差で勝ったフランスを今度は圧倒し、日本史上初のメダルが確定。

そして迎えた決勝。
ホーバスHCが2017年の就任会見から言い続けた「東京五輪の決勝でアメリカと対戦」
周りが出来るわけないと笑った夢物語を現実のものとした。
世界でたった2チームだけが立てる五輪決勝のコート。日本対アメリカ。

写真:時事

結果は90対75。金メダルはアメリカ。五輪7連覇達成。世界の頂点に立ち続けるプレッシャーを跳ね返してきたアメリカの本気は凄まじかった。個々の能力、圧倒的な高さ、そして日本を研究し日本のストロングポイントを押さえてきた。

そして試合が終わった瞬間、敗れた日本の選手たちの表情に笑顔が見えた。

写真:AFP=時事

全力で戦い抜けた。全力で走り続けることが出来た。充実のオリンピック。
『誇り高き銀メダル』
そんなフレーズが頭に浮かんだ。

勇気と希望の銀メダル

東京五輪開幕の直前、貴重な時間をいただき選手たちにリモートインタビューをした際に印象的だったのが「身長が高くなくてバスケを諦めてしまいそうな子供たちに、小さくても世界と戦える。世界に勝てるという事を伝えたい」という言葉。
これは東京オリンピックでベスト5に選ばれた、町田瑠唯選手の言葉。

写真:時事

162cmの町田選手は、準決勝でオリンピック記録となるアシスト数をマークするなど、まさに世界を翻弄した。
町田選手のプレー、そして日本代表のほとんどが自分より大きな選手とマッチアップする中で、恐れずにぶつかり続ける姿に勇気をもらった子供たちも多かったように思う。
あるいはバスケ界に限らず、他のスポーツにも言えるかもしれない。

世界に勝つためにどうすれば良いのか考え続ける事。チームの中で自分の武器、役割を確立する事。仲間のために走り続ける事。そして自分達を信じぬく事。

日本バスケ界の新たな歴史を切り開いた東京五輪

日本代表が掴んだ、勇気と希望が詰まった、誇り高き銀メダル。
次は7連覇のアメリカを破り、世界のバスケ界の歴史を覆すパリ五輪へ。

大切なのはこれから。まずは9月末から始まるアジアカップ。現在4連覇中の日本はさらにマークされる存在になるだろう。
Wリーグ然り、もっと女子バスケに対する応援が増えることが、必ず選手の力になり、五輪の金メダルにつながるはず。かつての夢物語が現実となる日が来ると信じて。

(執筆:東京五輪実況アナウンサー 中村光宏)