マウスの「毛」には赤外線を探知する機能があるかもしれません。
民間企業で働く物理学者、ベイカー氏によって行われた研究により、4種類あるマウスの体毛のうちの1つが、ネコなどの捕食者の体温を検出するのに最適な、赤外線センサーと同様の構造をしていることが示されました。
毛を使って全周囲の熱源を探知することができれば、背後から迫るネコなどの捕食者を検知可能になり、生存率が飛躍的に高められると考えられます。
またマウスが熱を検出する能力は、ネコにも影響を与え、湿って冷たくなった鼻を前に突き出し高温の目を細める「狩りのポーズ」をうみだした可能性もあるとのこと。
研究内容の詳細は12月8日に『Royal Society Open Science』で公開されました。
目次
- マウスには捕食者の熱を検知する「赤外線探知毛」がある可能性!
- マウスの毛の一部は赤外線センサーと同じ構造をしていた
- ラットを用いた実証実験が進行中
マウスには捕食者の熱を検知する「赤外線探知毛」がある可能性!
生態系の底辺近くに存在するマウスなどの小型の「げっ歯類」は、ネコ・フクロウ・オオカミ・キツネなどさまざまな捕食者の獲物として狩られる運命にあります。
マウスも鋭い嗅覚・聴覚・視覚を備えているものの、残念ながら捕食者の知覚はマウス以上に優れており、知力・筋力・速力においても捕食者が圧倒しています。
そのため多くの場合、発見と同時にマウスは美味しく食べられてしまいます。
一方、民間企業に勤める物理学者のベイカー氏は、夜になると赤外線カメラを持ちだして、自宅近くの野原や森で動物たちの活動を記録する活動をつづけていました。
赤外線カメラは動物の熱源に依存した映像を見せてくれるため、通常の日の光(可視光)で見るのと違った姿を映し出します。
そんな地道な観察を続けていると、ふとベイカー氏は奇妙な事実に気付きました。
マウスに飛び掛かるネコや、木の枝から急降下しようとするフクロウたちの赤外線映像をスローでみていると、熱反応の強さを示す暖色や白色が、襲い掛かる瞬間だけ、大幅に小さく見えることに気付いたのです。
例えばネコでは、上の画像のように、湿って冷たくなった鼻を突き出し目を細めることで、顔周辺の熱反応が大幅に減少していました。
またフクロウの場合も、マウスに向けて急降下する直前、高温の目が伏せられた状態になっており、羽が大きく背側にまわることで、羽の内側の体温の高い部分が見えなくなっていたのです。
普通の人間ならば、単なる偶然と切り捨てるところですが、赤外線と長く付き合っていたベイカー氏は違いました。
捕食者が飛び掛かる直前に赤外線カメラに映りにくくなる(高温部分を隠す)のは、マウスなどのげっ歯類に、赤外線を探知する能力があるせいだと直感したのです。
さっそくベイカー氏は、多くの動物の生態情報が記録されたデータバンクを検索し、マウスの体の構造を調べてみました。
実験動物として、地球上で最も研究が進んでいるマウスは、体の細部に至るまでデータベース化されており、実際にマウスを調べなくても、調査が可能になっています。
民間の研究者の思い付きは、世紀の大発見となったのでしょうか?
結論から言えば、大当たりに近いと言える結果が判明します。
マウスの毛の一部は赤外線センサーと同じ構造をしていた
マウスの毛に赤外線を探知する能力があるのか?
謎を確かめるためベイカー氏はマウスの毛に着目しました。
もしマウスに捕食者の赤外線を探知する未発見の能力があるならば、研究しつくされた目や鼻ではなく、体毛にあると予想したからです。
すると、非常に興味深い事実に気付きます。
マウスの体毛は4種類の異なる毛によって構成されているのですが、そのうちの1つ「ガイドヘア」と呼ばれる長い毛が、赤外線センサーあるいは赤外線アンテナとそっくりの構造をしていることに気付いたのです。
赤外線は0.78μmから1000μm(1mm)の波長を持つ電磁波をさします。
マウスのガイドヘアは10μmごとに、しま模様のような構造をとっており、他の波長を弾いて10μmの波長を持つ赤外線のみを根元に選択的に伝達させる構造になっていたのです。
そしてネコやフクロウといった動物の捕食者から発せられる赤外線の波長も、ちょうど10μmであることが知られています。
この結果は、マウスの毛が赤外線センサーである場合、感知可能なのは捕食者から発せられる10μmの赤外線のみであることを示します。
逆を言えば、マウスの赤外線センサーは捕食者の赤外線を感知するためだけに存在する可能性があるのです。
しかしこの時点では、マウス(ハツカネズミ)の毛だけが10μmの赤外線をキャッチできる構造をしている可能性もありました。
そこでベイカー氏は、他のげっ歯の毛も調べることにしました。
すると16種類のネズミやリス、ハタネズミ、さらにウサギに至るまで、幅広いげっ歯類の毛に、同様の赤外線センサーに似た(10μmの波長に特化した)構造があることを発見します。
この結果は、毛によって捕食者の赤外線を感知する仕組みは、げっ歯類において幅広く存在する仕組みである可能性を示します。
一方で、地中で生活しているため360度の警戒を必要としないモグラや、飛び回ることができるコウモリなどでは、赤外線センサーのような毛はみつかりませんでした。
ラットを用いた実証実験が進行中
今回の研究により、マウスなどのげっ歯の毛には、捕食者の発する赤外線を検知できる可能性が示されました。
全身にはえているガイドヘアを捕食者が発する赤外線を探知するセンサーにすることができれば、捕食者がどんなに静かに暗闇から迫っても、接近に気付いて逃げることが可能になります。
一方で、捕食者たちの赤外線を隠すような飛び掛かりパターンは、赤外線感知能力を回避するために獲得されたとも考えることが可能です。
ベイカー氏は現在、フクロウの目と同じパターンで赤外線を発する装置をラットの背後に設置し、ラットの反応を調べる実験を計画しているとのこと。
もしラットが特定の赤外線パターンにのみ反応して身を隠したり、毛刈りによって赤外線に反応しなくなることが確認できれば、より直接的な証拠になるでしょう。
参考文献
Some Mammals May Use Specialized Hairs to Detect Predators’ Heat
https://www.the-scientist.com/news-opinion/some-mammals-may-use-specialized-hairs-to-detect-predators-heat-69534
元論文
Infrared antenna-like structures in mammalian fur
https://royalsocietypublishing.org/doi/10.1098/rsos.210740