8月16日に発行された「
東北再興」第111号では、8月1日に行われた仙台市長選挙について取り上げた。候補者2人の公約の中に、東北全体を見渡したものがなかったことに触れて、「九州の発展に貢献」を1番目に掲げた福岡の高島宗一郎氏の公約も紹介した。これからの仙台の発展は、東北の発展なくしてはありえない。そのことを仙台市長には肝に銘じてもらいたいものである。
以下がその全文である。
東北に貢献できる仙台に
仙台市長選挙を振り返って
8月1日は仙台市長選挙の日だった。現職の郡和子氏と元衆議院議員で前回の仙台市長選挙にも立候補した加納みよ氏の二人が立候補し、郡和子氏が当選した。投票率は29.02%で、過去最低だった。現職の2期目で対立候補が1人、というパターンでは、過去も投票率が低く、藤井市政2期目となった1997年の市長選挙は31.97%、奥山市政2期目となった2013年の市長選挙は30.11%と、今回ほどではないものの、やはり投票率は低かった。新人4人が立候補した前回2017年の選挙が44.52%だったので、そこから15ポイント以上低下したことになる。
得票数を見てみると、郡氏が209,310票、加納氏が38,568票だった。郡氏は投票総数258,375票のうちの81.0%、加納氏は14.9%の票を得たことになる。両者の票を足しても100%にならないのは無効投票があったからであるが、その数が今回の選挙では過去最高の10,498票に達していたことも話題となった。そのことについて「実は信任されたのではなくて、消極的に当選しただけであって、完全に信任したわけではない」と分析する識者もいた。
前回選挙の結果と比較してみると、郡氏は前回の165,452票から126.5%増となったのに対して、加納氏は敗れたとは言え、前回の8,924票から実に432.2%増である。その辺りからも、確かに積極支持層がそれほど多くなかったのではないかと類推することは可能であろう。
候補者は仙台を語ったが
与野党対決となった前回市長選挙は、投票率にも現れているように大いに盛り上がったが、その中であまりにも仙台のことが語られなさすぎた。とにかく国政が是か非かという話ばかりが先行しすぎる状況だったので、私は自分のfacebookで、「国政に吹いている追い風・逆風を、仙台市長選に結び付けてどうこうしようというのは戦略的にはありなのだろうが、個人的に候補者から聴きたいのは全くそういうことではない。仙台を今後どうしていきたいのか、東北のために仙台ができることはどんなことだと考えているのか、それこそを聴きたい。東京での争い事は東京の中だけでやっておいていただきたい。今後の4年を託す人を選ぶ際に、仙台でそのゴタゴタの続きをやられるのは大変迷惑だし、邪魔だ」と苦言を呈した。
そのようなわけで仙台そっちのけで盛り上がっていた前回選挙に比べて、今回はそうした与野党対決もなかった分、仙台のこれからについて論戦が行われていたか、と言えば、それは行われていたと言ってよいと思う。
候補者2人はそれぞれ公約を掲げ、その中で仙台のこれからについて語っていた。それらを見てみると、まず郡氏の「チャレンジ10『新たな杜の都』」は、次の10項目からなる。
1.新型コロナを克服する。
2.子どもたちを守る。
3.社会的孤立を防ぐ。
4.子育てを応援。
5.可能性を開く。
6.ワクワクする街づくり。
7.デジタル化が未来の入口。
8.防災環境都市を目指す。
9.歴史と文化を育む。
10.市役所意識改革。
加納氏の「みよ(3・4)の約束」は、次の7項目である。
1.宿題のいらない教育を実現し、学校内の教育格差をなくします。
2.学校に民間活力を導入し、勉強、運動、地域活動にまたがった面白い教育を実践します。
3.ひとり親家庭への支援を充実します。
4.地場産業の活気を取り戻し、老舗ブランドを再構築します。
5.医療福祉サービスの質と量の向上を進めます。
6.スーパーシティ構想を推進し、コロナに打ち克ちます。
7.杜の都の芸術文化の拠点を整備します。
それぞれ、仙台の中で課題と考えていることの解決について公約として打ち出していることが分かる。それはそれでもちろん大事なことなのだが、私はこの2人の公約を見てかなり物足りなさを感じた。それは、どちらの公約にも東北に関する視点がものの見事に見当たらなかったからである。前回と違って、確かに今回は仙台についての論戦はあった。しかし、広く東北全体を見渡した視点はついに最後まで見ることができなかった。そのことが返す返すも残念であった。
ちょっと掠っているものとしては、郡氏の「5.可能性を開く」の中にある「仙台の豊富な人材と東北連携のポテンシャルを活かします」というもので、これが両者の公約の中に登場する唯一の「東北」という言葉である。「仙台の」がどこに掛かるか不明なところもあるが、ともあれ、この文意は、「豊富な人材」と「東北連携のポテンシャル」を「活か」すということに主眼がある。何に活かすかについては書いていないが、公約全体が仙台について書かれていることから考えて、これも恐らくは仙台の発展に活かす、ということなのだろう。しかし、これは私が望ましいと考える方向性とは真逆である。
仙台に「豊富な人材」と「東北連携のポテンシャル」があるとするならば、それを活かすべきなのは、仙台の発展などではなく東北全体の発展において、である。私から見ればこの、東北を意識した発信が両候補者から全くなかったのは、仙台のトップを選ぶ選挙ではありえないことである。
言うまでもなく、仙台は人口109万人を擁する東北最大の都市である。その動向は同じ東北の他地域にも多かれ少なかれ影響を与えるものである。そのことに思いが至らず、内向きの話だけに終始するのでは、仙台のこれからを考える、という点でも十分ではない。仙台の内と外、両方に目配りして、初めて仙台の今後の姿が描かれると考えるべきである。
「あの人」の公約は
と、ここまで書いてきてふと思った。「あの人」は選挙の際に、どのような公約を掲げていたのだろうか、と。「あの人」とは、以前この連載でも紹介した福岡市長の高島宗一郎氏である。高島氏の前回選挙は2018年であった。この選挙で高島氏は3選を果たした。今回の仙台市長選挙と同様、現職と新人の一騎打ちとなったこともあって、福岡市長選挙で過去最低の投票率となったが、特筆すべきはその過去最低の投票率にも関わらず、高島氏は福岡市長選挙で過去最多となる285,000票あまりを獲得して当選したのである。福岡市民の高島氏に対する支持の厚さが窺える。
この時の公約について調べてみたところ、高島氏は次の7項目を掲げていた。
1.アジアの「玄関口」として九州の成長に貢献。
2.地域ごとの多彩な個性を生かしたまちづくり。
3.規制緩和による創業や雇用の創出。
4.教育環境の向上や女性活躍促進。
5.誰もが安心して暮らせるユニバーサル都市の推進。
6.地域が絆で結ばれた安全で快適なまちづくり。
7.持続可能な行財政運営の推進。
さすがよく見えていると思った。公約の1番目に「九州の成長に貢献」を挙げている。福岡の成長を九州全体の成長につなげること、そのことが福岡にとっても大事なことだと高島氏はしっかり考えている。
宮城県の合計特殊出生率が東京都に次ぐ全国第2位の低さであるにも関わらず、仙台の人口がいまだに増加を続けているのは、東北の他の県から仙台への流入増のためである。それを、「本来東京に出ていく人を仙台に留めている」などと自画自賛していてはいけない。仙台に人が集まることによって、東北の他の県ではその分人口の減少に拍車が掛かっているのである。そうしたことに目を向けず、「一人勝ち」にあぐらをかき、「我が世の春」を謳歌し続けるのだとしたら、東北の他の自治体は仙台にそっぽを向いてしまうだろう。
そうではなく、仙台に集まった人材を、人脈を、どのように東北全体の発展につなげていくか、仙台に集まる人の流れを仙台に留めず、仙台から東北の他の地域に人が流れる逆向きの人の流れをどうつくっていくかこそが、これからの仙台に問われることなのである。
その大事な展望が、今回の選挙では全く見えなかった。そのことが残念であった。仙台の中の課題の解決はもちろん大事である。だが、それは仙台だけで解決するというのではなく、同じ課題を多く抱える東北全体の中で共に解決を考えていく、そのための知恵を出し合う、という体制をつくっていくことが、今の仙台には必要なのである。
今からでも決して遅くないので、2期目を迎える郡氏にはぜひ、自ら「ライバル」視していると公言した福岡市を切り盛りする高島氏に倣って、東北全体を見渡す視野を持ってほしいものである。