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 12月16日発行の「東北再興」第115号では、東北の出生率について書いた。ここで言う出生率は合計特殊出生率のことだが、全国的に低い中でも東北は福島を除いておしなべて他地域よりもさらに低い。少子化のことについては様々な原因が取り沙汰されるが、ことこの地域差に関してはなぜ東北が他の地域より出生率が低いのか、明確にはされていないように思われる。ただ、今回本文でも紹介した吉田浩氏の論考からは、やはり子育てのための環境整備の重要さが窺える。


東北の出生率を上げるには

都道府県で大きく異なる合計特殊出生率
 以前この連載で書いたことがあるのが、全国的な出生率の低さのことである。単に出生率と言った場合には、人口1,000人に対する出生数の割合のことであるが、通常人口減少の問題に関連して取り上げられるのは、合計特殊出生率である。これは、「15~49歳までの女性の年齢別出生率を合計したもの」で、1人の女性がその年齢別出生率で一生の間に生むとしたときの子どもの数に相当する。現状の人口を維持するためには合計特殊出生率は2.07が必要であるが、日本の合計特殊出生率は2021年で1.37である。過去最低だった2017年の1.26よりは上向いているものの、依然として低空飛行が続いている。

 日本全体では1.37であるが、これを地域別に見ていくと、地域間でかなり差があることが分かる。大まかな傾向として、西高東低である。全国で最も合計特殊出生率が低いのは東京都で1.12であるが、次いで低いのは北海道の1.19、東北も軒並み低く、宮城の1.25を筆頭に、青森1.26、秋田1.29、岩手1.37、山形1.39で、福島だけ少し高くて1.49である。これに対して西日本は、全国最高の沖縄の1.79を始め、宮崎1.61、熊本1.58、鹿児島1.56、長崎1.50などの数字が並ぶ。

 大都市圏を擁する都道府県は全体として一様に低く、東京以外でも京都1.20、神奈川1.28、大阪1.28だが、愛知はそれらよりよく1.43である。宮城は仙台という大都市圏を抱える県ではあるが、その都市規模は横浜や大阪には遠く及ばない。にもかかわらず、宮城の合計特殊出生率は神奈川や大阪よりも低いのである。これがなぜなのか、その要因を正直掴みかねていた。

子育て環境の違いと少子化の関係

 そうしたところ、このところネットに掲載された少子化に関するいくつかの論考を目にする機会があった。とりわけ、「WEDGE Infinity」の特集「都市vs地方」の中に載った吉田浩氏 (東北大学大学院経済学研究科教授) の論考「中核地域の宮城と広島 出生率がこれだけ違うのは…」が興味深かった。氏は「地域力」を測る指標として高齢化率や生産年齢人口は十分とは言えないと指摘し、高齢者の就業について説いたその前の論考に続いて、この論考では女性の就業に焦点を当てている。

 そして、

 ①女性の大学進学率は短大まで含めると男性を上回っていて男女間での高等教育の差異は解消されつつあり労働者としての生産性にも差はないと言える
 ②日本の産業構造を見ると日本は「モノづくり」から「サービス経済」へと大きく変化してきており男性の力仕事中心の産業から女性も就業して活躍できる産業にメインの産業がシフトしてきている

の2点から、「働く能力と意思を持った女性が社会で活躍できる環境を用意できるか否かが、地域が選ばれるために重要」と結論づけている。

 その上で、同じような地方都市を擁する宮城と広島の比較を行っている。宮城は1995年に全都道府県中36位だった合計特殊出生率が2020年に46位と25年で10位もランクを下げたのに対し、1995年段階で32位と宮城県とそれほど差がなかった広島は2020年には16位となり、両者の差が大きく開いてしまったことを指摘している。

 その差について氏は、女性が働きながら子育てのできる環境の違いを挙げている。

 ①「国勢調査」で子ども3人以上の各世帯の中に占める妻が就業している世帯の割合を見ると広島は子どもの数が増えるにしたがって妻の就業率が増加しているのに対して宮城は子ども数の増加による女性就業率の増加は小さく女性の子育てと仕事の両立が難しい可能性を示している
 ②「結婚と出産に関する全国調査」では女性が回答した結婚の利点として「子どもや家族をもてる」と「経済的な余裕がもてる」が年を追うに従って増加しており女性にとって結婚しても子どもが持てなかったり結婚して子どもをもつと仕事が続けられなかったりする社会では結婚の意味そのものが薄れてきてしまうことになる
 ③2020年4月時点の待機児童率は宮城の0.76%に対して広島は0.06%と10分の1以上待機児童率が小さい
 ④地方公務員の統計で2019年度の男性の育児休暇の取得率は宮城の3.6%に対し、広島は9.9%と倍以上の取得率となっている

の4点を挙げている。

 氏はこれらを踏まえて、「北欧などの事例や近年の女性の高学歴化、そして結婚に期待する意識の変化を踏まえ、出生率の回復と女性就業を同時に達成する社会や地域を構築することが地域の持続可能性に大きく影響する」とし、それに加えて、女性のワークライフバランスと活躍だけでなく、「当然に、男性も育児や介護に参画しながら、生産活動に従事していくことが求められる」としている。

「お一人様ライフ」や生活の都市化が少子化の原因なのか

 バンクーバーで会社を経営している岡本裕明氏は自身のブログ「外から見る日本、見られる日本人」の中で「お一人様ライフの功罪」 について書いた。自身が海外で体験した環境と日本のそれを比較して、少子化問題がなぜ改善できないのかという疑問に対して「お一人様ライフが楽しいからだ」と指摘している。「日本を含むアジアはナイトライフがあまりにも充実している」のだという。日本では飲んだくれていれば一人でも寂しくないが、北米ではまず歩いて帰れず、交通機関にも限界があり、ナイトライフはせいぜい週末だけのことだったという。

 しかし、氏の論で行くと、合計特殊出生率が低い東北はナイトライフを含めてお一人様ライフを楽しんでいる人が多い、ということになるが、本当にそうだろうか。都市圏であれば確かに深夜でも公共交通機関が動いており、帰るのに困らないかもしれないが、東北の地方都市ではそうはいかない。首都圏の合計特殊出生率が低い理由の一端にはなるかもしれないが、これは東北の低さの説明にはならなさそうな気がする。

 ただ、氏の次の主張は私も賛成である。少子化問題を解決する方法の一つとして、氏は「シングルマザーを社会的に受け入れ、女性が一人でも子供と社会生活ができる仕組みを作ること」を挙げている。これはまさに重要である。シングルマザーを取り巻く環境について論じる場合、なぜか「ちゃんと結婚もせずに無計画に産んでしまうからそういうことになる」というような論調の意見がいまだにあるが、この論からは当然いるはずの父親の責任について全く触れられていない。女性だけで子どもを産むことは不可能なわけで、何かの事情があっているはずの父親がいないわけだが、その事情のすべてが母親に起因するわけではあるまい。むしろ、いなくなった父親の事情の方が大きいケースも相応にあるのではないだろうか。

 とすれば、生まれた子どもを社会全体の責任で以てしっかり育てていくことは、人道的にも肯定されるべきことである。何より生まれてきた子どもには何ら責めを負う道理などないわけである。どんな事情にせよ、生まれてきた子どもがその出自に関わらず、肩身の狭い思いをしたりすることなく、しっかり育つように必要な制度を整えることが、巡り巡っては少子化の解消に貢献すると私も考える。

 実際に少子化解消につながった例もある。フランスは1990年代に1.66まで落ち込んだ合計特殊出生率を、様々な家族政策によって2000年代半ばには2.00まで回復させることに成功しているが、そこで取られた政策の中に婚姻によらない事実婚を認め、婚外子の権利も認める民法の改正を行っている。今では、フランスで生まれる子どもの半分以上が婚外子とのことである。

 ここで私は、岩手県の旧沢内村で村長を務めた故深沢晟雄氏の「赤ちゃんは村の宝、大事にしなさいよ」という言葉を思い返さずにはいられない。雪深い山村に生まれてきてくれた赤ちゃんはどんな赤ちゃんも村の宝物だったのである。深沢氏は豪雪地帯であるが故に満足な医療が受けられず、当時全国で最悪の乳児死亡率だった村の保健医療体制を改革し、乳児死亡率ゼロを達成した。その大本にはきっといつもこの言葉があったのだと思う。深沢氏の言葉を借りれば、「子どもは国の宝」なのである。

 一方、衛藤幹子氏(法政大学名誉教授・未来工学研究所シニア研究員)は「言論プラットフォーム『アゴラ』」に寄せた「少子化問題を考える①:出生率低下は経済成長にともなう不可避な人口動態」の中で、「経済発展によって妊産婦や乳児の衛生環境、栄養状態が向上して、周産期や乳幼児の死亡率が低下すると、子どもを多く産む必要がなくなる一方、豊かさは女性の教育水準を引き上げ、社会進出を促して女性の晩婚化と出産抑制を引き起こす。しかも、学歴が生涯収入を左右するため、親の教育熱が高まり、家計の教育負担は増す。親は子どもの数を減らして負担を減らそうとする」と指摘し、「女性が子どもを産まなくなるのは、経済成長と生活の都市化に伴って生じる、言わば社会発展の帰結の一つだ」と結論づけている。

 ただ、これも先の岡本氏の論考と同じで、東北の生活が西日本より都市化しているとは考えられず、国全体としてそのような傾向はあるとしても、地域差が生じることの説明にはなっていないように思う。なお、衛藤氏は次稿で「出生率を上げるための方策を考えてみたい」としているが、本稿執筆段階ではまだそれがアップロードされていない。どのような方策が提案されるか注目したい。

県知事への注文

 さて、宮城県知事選挙が10月31日に行われた。現職の村井嘉浩氏が対立候補の長純一氏を破って5選を果たした。選挙公報でその公約を見ると「社会全体で支える宮城の子ども・子育て」というとても素晴らしい文言があるのだが、中身を見ると、

 ①(仮称)次世代育成・応援基金の設立
 ②不妊治療に対する支援の拡充
 ③県立高校の入学生全国募集モデルの検討・実施
 ④全日制・定時制・通信制を融合させた新しいタイプの高校の開設

とあって、どう見ても「これじゃない」感が否めない。①はともかく、②は既に国全体で取り組んでいることであり、③④などはただ子どもつながりでここに置いただけじゃないかという気までする。

 ちなみに、村井氏の前回2017年の宮城県知事選挙の時の公約をその時の選挙公報で確認すると、その中では「子育て世代と未来を担うこどもたちのために」という項目を掲げ、

 ①県立高校の国際バカロレア認定取得によるグローバル人材の育成
 ②遅くとも平成32年度末までに保育所待機児童をゼロ

の2点を謳っている。①はともかく、②は喫緊の課題だったが、残念ながら「遅くとも」の翌年である今年4月現在でもいまだ222人もの待機児童がいる。その一刻も早い解消と、男性の育児休暇取得率を上げるための施策を早急に実施することが必要である。こうした他地域と比べて立ち遅れている面でのテコ入れを図り、合計特殊出生率をまず少なくとも広島並に上げることが、現知事にとって火急に取り組むべき課題だと考えるのだがいかがなものだろうか。