<アメリカと一部富裕国でワクチンの追加接種を行う計画が具体化しているが、専門家とWHOは世界的な集団免疫の獲得をめざすべきと警告している> バイデン政権は新型コロナウイルスワクチンの3回目の投与を、早ければ9月中旬に開始する準備を進めている。だが有力な免疫学者は、全世界にワクチン接種を普及させることよりも先に、富裕国が自国民の免疫をさらに高める「ブースター」接種を優先するならば、世界はますます致死性の高い変異株出現の危険にさらされることになると警告する。 ロイター通信は8月16日、アメリカ政府が2回目のワクチン接種を開始してから8カ月後にあたる9月中旬から3回目の追加接種を始めることを計画している、と報じた。イスラエル、フランス、ドイツ、ロシア、イギリスなども、今後数カ月の間にブースター接種を予定している。他の多くの国は、3回目の接種を行うかどうかまだ決めていない。 ブースターの是非に関して、科学者の意見は二分される。多くの科学者は豊かな国がすでにワクチンを2回接種した人々に追加接種を提供する前に、世界全体が集団免疫を獲得することが重要だと考えている。 世界的な集団免疫の獲得にむけての努力を怠れば、これまでのウイルスより危険度の高い新たな変異株が出現しかねないという声もある。 ワクチン供給の不平等 国際ワクチン研究所のジェローム・キム事務局長は本誌の取材に対し、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)に対処する上で、世界的なリーダーシップが不足していると警告した。彼はまた、全世界にワクチン接種を普及させることをめざさないと、より感染力や致死性の強い変異株が発生する可能性があると警告した。 「人口のかなりの部分がワクチン接種を完了した集団に対してブースター接種を提供すれば、ワクチンの必要量を押し上げ、もともと十分ではないワクチンがさらに足りなくなって、不平等をさらに悪化させるリスクがある。多くの国で優先的にワクチン接種を受けるべき人々が、まだ1回目の接種も受けていない」 オックスフォード大学の研究者らが運営している世界の変化をデータで読み解くウェブサイト「アワ・ワールド・イン・データ」によると、世界の人口の76.3%は2度のワクチン接種を完了していない。また、低所得国では少なくとも1回の接種を受けた人は人口のわずか1.3%にすぎない。 先進国でも一部には、ブースター接種が必要な人がいるとキムは言う。免疫が抑制されていて、2度のワクチン接種でも正常な抗体反応が起きなかった人々だ。 ===== 「そういう人々を無防備なままにしておいてはならないが、たいした人数ではない。高所得国において、ワクチンで正常な免疫を獲得した人々の免疫をさらに高める追加接種を行う前に、予防接種を受けていない世界人口の75%にワクチンを提供しなければならない」と、キムは言う。 「結局のところ、生物学的脅威は存在する。つまり、現在進行中の制御不能な感染爆発が続けば続くほど、より伝染性、致死性、ワクチン耐性の高い変異株が出現する危険が高まるのに、世界の大半は感染抑制の手段をもたない」 「だから、われわれは先が見えない状態だ。WHO(世界保健機関)が承認したワクチンは、現時点で知られた変異株に対してまだ有効だが、現在のような感染爆発は、200億ドル以上かけたワクチン開発の成功を台無しにする変異株を発生させる可能性が高い」と、キムは述べた。 WHOも、自国での追加接種を優先する政府には批判的だ。 8月10日の声明の中で、WHOはブースター接種の必要性はワクチンの世界的な供給状況を事実に即して考慮すべきだと警告した。 「多くの人がまだ1回目の接種を受けていない状況で、自国の人口の大部分にワクチンの追加接種を提供することは、世界的な平等の原則を損なうものである。1回目の接種を早期に普及させることよりも、追加接種を優先することは、パンデミックの世界的な終息の見通しを損ないかねず、全世界の人々の健康、社会的、経済的幸福に深刻な影響を与える可能性がある」と、声明は述べた。 疑問視される必要性 そもそもブースター接種は必要なのか。8月13日付のガーディアン紙に掲載されたコラムで、グローバル・ワクチン・アライアンス(GAVI)のセス・バークレー事務局長と、ワクチン政策に関する政府の諮問委員会で座長を務めるオックスフォード大学のアンドリュー・ポラード教授は、何百万人もの人々がまだ1回目のワクチン接種を待っているときにブースター接種を開始すべきではないと述べ、追加接種の必要性を裏付ける確かな証拠はまだないと指摘した。 「ある富裕国が大規模な追加接種を行えば、追加接種は必要なものだというシグナルが世界中に送られる。そうなれば多くのワクチンが追加接種に使われるようになり、一度もワクチン接種を受ける機会を持てなかったために死ぬ人がさらに増えるだろう」と、2人の科学者は書いた。 米食品医薬品局(FDA)と疾病対策センター(CDC)の当局者は、免疫系の弱い人々のための3回目の接種を承認することと、免疫系が正常な人々に対する追加接種の必要性とは別の問題だとしている。