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 10月16日発行の電子新聞「東北再興」第113号では、東北のビール、とりわけこの時期に多く登場する「フレッシュホップ」のビールについて取り上げた。通常ビールには、熱処理を加えたホップを用いるが、収穫されたものをそのまま、または瞬間冷凍して用いるのが「フレッシュホップ」である。通常のビールに比べて、香りが豊かなのが特徴であり、この時期に飲むビールの醍醐味である。

 以下がその全文である。


秋に美味しい東北のビールの話

「クラフトビール」の盛り上がり
 最近、ビールが大いに盛り上がっている。いや、正確に言うと、発泡酒といわゆる第3のビールを含めたビール系飲料全体の売上は減っているのだが、その中で「クラフトビール」と呼ばれるビールだけは文字通り右肩上がりで売上が伸びているのである。

 このクラフトビールとは何かについての確定した定義は実はないのだが、概ね「大手のビール会社が造るビールとは異なる、小規模で職人が手作りするビール」、というようなニュアンスで用いられることが多いように思われる。しかし、これすらそうだと断言することはできない。なぜなら、その「異なる」とされる大手のビール会社が今続々とクラフトビールを造り始めているからである。

 そうなると定義のし直しが必要になるわけだが、要は、「これまでの画一的とも言えるスタイルのビールとは違う、個性的な特徴を持った多様な味わいのビール」、と定義できるかもしれない。事実、私はビールほど味の振れ幅の広いアルコール飲料はないと思っている。ビールと言うと、金色で透き通っていて、苦みがあって喉越しがいい飲み物、と考える人も多いと思うが、それはまさに大手のビール会社がこれまでそういうスタイルのビールを中心に出してきたからそういうイメージが出来上がっているというだけのことである。

 実際にはビールには白く濁ったものや褐色のものや真っ黒いものもあり、味も苦いものだけでなく、甘みのあるもの、酸味があるもの、さらには塩気のあるものや辛いものまであるし、すっきりとした軽い味わいのものも、どっしりとした味わいのものもある。アルコール度数も、大手のビールは概ね五パーセント前後だが、2、3%のものもあれば、逆に日本酒やワインと同等の14、5%のものもある。驚いたことに、最近では60%を超えるものも造られているそうである。こうなるともう、焼酎やウイスキーなどの蒸留酒とも渡り合える感じである。

 で、「私はビールは苦手で」と言う人の「ビール」というのはたいてい、日本の大手ビール会社が造ったビールのことを言っていて、そうでないビールを飲んでみると「これなら飲める」ということも多い。何を隠そう、昔々の私自身がそうであった。今では大手のビールも美味しく飲めるようになったが、20歳になって初めてビールを飲んだ時の印象は、「苦いばかりで美味しくない」というものであった。

 その後、規制緩和の一環で1994年に酒税法が改正され、それまでは年間2,000kL以上醸造しなければならず、事実上大手ビール会社の独占状態にあったビール醸造が、年間60kL以上と引き下げられたことで新規参入ができるようになった。それを機に全国各地に新しいビール醸造所ができた。これらは地酒になぞらえて「地ビール」と呼ばれたが、そうした中で岩手県の山間部にできた銀河高原ビールを何かの機会に飲んでみて、それまでの大手のビールとは全く違うフルーティーで苦みの少ない味わいに「こんなビールもあるのか」と衝撃を受けたのが、私がビールを好きになったきっかけである。自分自身、そうした体験をしているので、「ビールは苦手」という人にはその銀河高原ビールと同じスタイルのビールやフルーツを使ったビールなどを勧めてみたりしている。

「地ビール」は美味しくなかった?

 では、この時できた「地ビール」と、今盛り上がっている「クラフトビール」とは同じものなのか、それとも違うものなのだろうか。ビールの評論家と呼ばれる人の中には、別物と断じる人が少なからずいる。規制緩和で全国に雨後の筍のごとく誕生した「地ビール」は、当初こそ物珍しさもあってか大いに飲まれたが、その後そうした一時のブームは去り、消費量が落ち込んだことで醸造をやめるところが相次いだ。そうした状況について「地ビールとクラフトビールは全く違う」と言う人は、「地ビールは元々観光客目当ての単なる『お土産ビール』で、品質が伴っていない割に値段が高く、一度は飲まれても結局消費者にそっぽを向かれた」、と解説する。私はこの見方には断固反対である。

 ほぼ東北の地ビールしか飲んでこなかったので、東北の中だけの話にはなってしまうが、私は「品質が低い」と感じるビールには出合った経験がない。今はなくなったところのビールも含めてどれも美味しいビールで、できればまた飲んでみたいと思うビールも多かった。

 地ビールが一時下降線を辿ったのは、そういう理由ではなく、当時はまだ消費者の認識が追いついておらず、ビール市場がそうした個性的なビールを受け入れるだけの成熟さがなかったというだけのことだったのだと思っている。端的に言えば、その時点で「ビール好き」と呼ばれる人は大手のビールが好きだったのであり、その味からすると地ビールは「なんだこのマズいビールは」となるし、一方で大手のビールが好きではなかった人はそもそも地ビールにも手を出さない、ということで需要を喚起できなかったのではないかと考えるのである。

 地ビールのこうした、いわば「黒歴史」をなかったことにしたいがために地ビールを否定して、それとクラフトビールとは違うのだ、と言いたい気持ちも分からないでもない。しかし一方で、地ビールと呼ばれた頃からブームが去っても諦めずに一生懸命に個性的なビールを造り続けてきた人たちがいて、今のクラフトビールの盛り上がりがあるのであるから、両者は連綿と続いてきた一つの大きな流れなのである。


「クラフトビール大国」アメリカの影響

 今のクラフトビールの盛り上がりは、アメリカの影響が大きい。そもそも、「クラフトビール」という名前そのものがアメリカから来たものだが、そのアメリカでは、元々ビールの自家醸造が合法で、大手のビールの味に飽き足らないビール好きが自らビールを造る文化があったそうである。そうした中から本格的に事業としてビールづくりに取り組む醸造所ができていき、進取の気性に富むアメリカの人たちに受け入れられるようになった。アメリカのビールの代表と言えば、言うまでもなく「バドワイザー」だが、2013年にこの「キング・オブ・ビア」と呼ばれたバドワイザーのビールの販売数量を全米のクラフトビール全部の販売数量が上回ったことで、アメリカのクラフトビールは俄然注目されるようになった。今やアメリカは世界中にクラフトビール文化を発信する地となっており、その影響がここ日本にも色濃く現れているわけである。

 地ビールとクラフトビールの違いはここにあると言えるかもしれない。地ビールは当時「ビール大国」であったドイツやチェコをお手本にしたところがほとんどだった。一方、今のクラフトビールはこの「クラフトビール大国」アメリカをお手本にしたものが多いからである。しかし、考えてみれば地ビールとクラフトビールが同じだろうが違うものだろうが、そんなことは実は大した違いではない。要は、そのビールが自分にとって美味しければ、それが地ビールと呼ばれようがクラフトビールと呼ばれようが、名前などどちらでもよいのである。

東北における「リアル地ビール」

 こうしたクラフトビールの盛り上がりを受けて、ここ数年、東北にも新しいビール醸造所が続々と誕生している。そうして新たに醸造所を立ち上げる人たちに共通しているように見えるのが、「ビールを通じて自分たちの地域を盛り上げたい」という思いである。そうした思いもあるのだろう、地ビールの頃から続いてきた醸造所も含めて、東北の醸造所に多く見られるのが、地元の原材料を使って造るビールである。いちご、りんご、ぶどう、さくらんぼ、桃、ブルーベリー、カシス、ゆずといった果物はもちろん、米、大麦、小麦、トマト、そば、菊、ヤブツバキといった農作物、牡蠣、ほやといった海産物まで、豊富な東北の食材を活かしたオリジナルのビールが実にたくさんある。

 今やクラフトビールという呼び方に押されて地ビールという呼び方は流行らなくなりつつあるが、私はこうした地元の原材料を使ったビールこそ改めて「地ビール」と呼びたい。地ビールと言われた頃の地ビールは、原材料のほとんどを輸入に頼ったものがほとんどだったが、今の地ビールはまさに「リアル地ビール」である。

今しか飲めない「フレッシュホップ」のビールをぜひ

PXL_20210925_142022275.PORTRAIT そして何と言ってもビールに欠かせないホップのこともある。以前にも書いたが、東北はビールの原材料のうち、香りづけや苦みづけに欠かせないホップの国内の生産量の実に9割以上のシェアを誇る一大産地である。まさに地の恵みである。このことと美味しいビールとの間にも大いなる関係がある。

 ホップは収穫するとすぐ劣化してしまうので、通常は収穫後熱風を当てて乾燥させる処理を施す。一般的なビールはすべてこの工程を経たホップが使われるので品質は安定しているが、一方で熱を加えることで揮発してしまう成分もある。そこで、収穫したホップを生のまま、あるいはすぐ瞬間冷凍させて使うビールもある。「フレッシュホップ」と呼ばれるこうしたホップを使うためには、ホップ畑と醸造所が近接している必要がある。

 東北に広大な契約ホップ畑を持つキリンビールなどはそのメリットを活かして、瞬間冷凍させた東北のホップを使って仙台工場で造る秋限定の「一番搾りとれたてホップ」を毎年販売しているが、東北の地ビール醸造所もその地の利を活かしてこの時期、まさにとれたてのフレッシュホップのビールを相次いで出している。

 写真は福島県田村市に2020年にできた「ホップジャパン」のフレッシュホップのビールである。市内で栽培されたホップを何と収穫してから1時間以内に使って造ったという、これ以上ないフレッシュなホップのビールである。もちろん、ホップの香りがとても豊かである。しかも、ホップの品種だけが異なる2種のビールをリリースしており、飲み比べてみるとホップの違いがビールの味の違いに及ぼす影響がよく分かる。

 ビール、と言うと暑い夏の飲み物、というイメージがあるかもしれない。しかし、こと美味しいビールということで言えば、実は秋の今が最も狙い目である。このようにその年取れた原料で造られるビールが出回る時期だからである。いわば、新米や新そばと同様、「実りの秋」はビールにも言えるのである。ぜひこの時期だけの東北の「新ビール」、味わってみていただきたい。