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<米テスラが火をつけたEV(電気自動車)シフトが欧米で進む一方、トヨタはハイブリッド車(HV)、プラグインハイブリッド車(PHV)、燃料電池車(FCV)にEVを加えた全方位戦略で受けて立とうとしている。果たしてトヨタに勝機があるのか。『TechnoKING イーロン・マスク 奇跡を呼び込む光速経営』の著者、竹内一正氏がトヨタとテスラの戦略を比較し、トヨタの燃料電池車「MIRAI」のこれからを予想する> 燃料電池車MIRAIは失敗だった 2015年の北米モーターショーで、テスラのCEOイーロン・マスクはトヨタの燃料電池車(FCV)のフューエル・セルをもじって、「馬鹿げた(フール)・セルだ」と酷評した。 それから6年たった今、果たしてトヨタのFCVは「馬鹿げたセル」なのか? 残念ながら、2020年のトヨタFCVの世界販売台数はたったの2000台に過ぎない。 なるほどCO2は出さないが、約700万円の価格はクルマにしてはいかんせん高すぎた。 2014年に発売を開始したFCVの「ミライ」の価格は約700万円だった。そして、航続距離など性能を向上させてはいるものの現時点でも価格は約700万円で、大衆には手が届かないままだ。だからミライは売れない。ミライはいつまでたっても”未来”のままで、”現在”になっていない。 ドイツのメルセデスベンツは高級車で収益を上げてきた企業だが、トヨタは違う。カローラに代表される”大衆車”でトヨタは現在の地位を築いた。 ならば、FCVを300万円台までに下げる力がないとトヨタのFCVに未来はない。 しかも、設置コストが高い水素ステーションという悩みの種も残っている。 イーロン・マスクはまだテスラの経営基盤がぜい弱だった2013年に、モデルS用の高速充電ステーション「スーパーチャージャー・ネットワーク」の全米展開を開始した。 その時、大多数の専門家たちは「無茶だ」とか「そんなことをしたら、テスラは倒産する」と批判のオンパレードを繰り広げたが、スーパーチャージャー・ネットワークはテスラ車の販売の加速剤となっていった。 一方、潤沢な資金力を持つトヨタは、なぜ水素ステーションを自腹で設置することをしないで、他社任せだったのか。本気でFCVを普及させたいなら、水素ステーションもトヨタが作っていくべきだった。FVCへの本気度の熱量が不足していると感じざるを得ない。 現時点で判断すれば、トヨタのFCVは失敗作だ。そして、トヨタはFCVの呪縛に囚われているように見える。 トヨタは世界中でEV化に反対していた 今年7月に米ニューヨーク・タイムズは「トヨタは、世界中で電気自動車(EV)の推進に反対している」というショッキングな記事を報じた。 同紙によると、北米トヨタの上級幹部は米国議会スタッフとの会合で、EVへの積極的な全面移行に反対する姿勢を明らかにしたという。 トヨタにとって、市場がEVに急速にシフトすると、同社の市場シェアと収益に壊滅的なダメージを与える可能性があるというわけだ。 なにもトヨタのEV潰しは今回だけでなく、じつはEUやオーストラリア、メキシコなど世界各地でやっていた。 ハイブリッド車プリウスを出し、環境に優しいクルマと企業イメージを築いたトヨタだったはずが、EV化の急流を前にして、足がすくんだかのように反EVの行動をしていた。 ===== 欧州規制はPHVも殺す トヨタにとってEV化を進めることは、4万社以上ある下請け企業の再編、切り捨てにつながる。返り血を浴びる覚悟がないと踏み切れない大改革だ。 そこでトヨタは、ハイブリッド車、プラグインハイブリッド車にFCVとEVという全方位戦略で時間を稼ぎ、その時間でFCVの大幅なコスト削減と、下請け企業の再編を段階的に行っていく。つまりソフトランディングの計画に見えた。 しかし、そんなトヨタを追い詰めるかのように欧州委員会は、2035年までにEU域内の新車供給をゼロエミッション車に限定するという厳しい政策文書を今年7月14日に発表した。 これが正式決定すれば、2035年以降はハイブリッド車(HV)もプラグインハイブリッド車(PHV)も販売禁止となり、新車販売できるのはEVと燃料電池車(FCV)に限られる。 独フォルクスワーゲンは一気にEVシフトに転換するハードランディングで自動車業界の主導権を取ろうとしているし、ホンダも遅ればせながらHVもPHVも捨てて、「2040年までに新車販売の全てをEVとFCVにする」と今年4月に方向転換し、早期退職まで募った。 燃料電池はクルマには向いてない 豊田章男社長はミライの価格をもっと下げたかったに違いないが、売上27兆円の企業をもってしても実現は厳しかった。 一方、テスラは2008年に出したロードスターは1000万円以上したが、4年後に出したモデルSは約750万円に、さらにその5年後に出したモデル3は約350万円相当と、EV価格を劇的に下げてきた。それに伴い販売台数も急激に伸びていった。 こうしてみると、トヨタ自慢の燃料電池システムは、価格帯が高いトラックや船舶のエンジンシステムには使えても、販売価格200万円台の自動車には適していないことは明らかだ。 そもそも、自家用車にコストが高い燃料電池を搭載するという基本思想が間違っていたと著者は考える。 テスラの凄さは、EVの市場を創造したことであるが、その根底には革新的な技術力に加え、破壊的なコスト力があったことに着目しなければならない。 それはイーロンのもうひとつの企業「スペースX」にも当てはまる。スペースXはロケットコストを10分の1にして、さらにロケット再利用でコストを最終的には100分の1にしようと挑んでいる。 かつてのGMと重なって見えるトヨタ 1970年代、米国で厳しい排ガス規制「マスキー法」が制定されると、当時ビックスリーと呼ばれたGM、フォード、クライスラーはこの排ガス規制に猛反対した。挙句に、新たな排ガス対策エンジンの開発にカネを使うのではなく、ワシントンのロビイスト活動にカネを渡して、マスキー法を骨抜きにしようとした。 その動きとは対照的に、日本のホンダはマスキー法をクリアした新型エンジン「CVCCエンジン」を世界に先駆けて開発し、シビックを登場させると環境意識の高いユーザーが飛びついた。すると、トヨタなど日本メーカーは次々と後に続いた。 時代の流れは排ガス対策、低燃費に向かっていたがビックスリーはこれを無視した。 GMの最高幹部たちはデトロイトの本社最上階の豪華な個室で世間と隔絶し、不都合な現実から目を背け、過去の栄光のアルバムをめくっては安心していた。だが、その間も日本車は売れ続けた。 気付けば日本は自動車大国となっていた。しかしそれは、ホンダを始め日本の自動車メーカーが時代に先駆け、リスクを取り、果敢に行動した結果として得たものだ。 ところが、今のトヨタは当時のGMに重なって見えてしまう。 FCVを「フール(馬鹿な)・セル」と酷評したマスクは、今のところ正しかった。 全方位戦略のトヨタに対し、テスラはEVひと筋だ。マスクはリチウム電池の巨大工場ギガファクトリーを世界中に作り、1億台のEVを世界に走らせると、その姿勢はまったくぶれない。従来の「身の丈に合った経営」を嘲うように、マスクは身の丈の5倍、10倍の光速経営で爆走する。 石橋を叩いて渡ってきたトヨタだが、このままではFCVの呪縛に足をすくわれ、21世紀の自動車覇権争いから脱落してしまいかねない。 <筆者・竹内一正> 作家、コンサルタント。徳島大学院修了。米ノースウェスタン大学客員研究員。パナソニック、アップルなどを経てメディアリング代表取締役。現在はコンサルティング事務所「オフィス・ケイ」代表。著書に『イーロン・マスク 世界をつくり変える男』(ダイヤモンド社)など多数。 『TECHNOKING イーロン・マスク 奇跡を呼び込む光速経営』 竹内一正 著 朝日新聞出版 (※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)