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人工培養脳にテニスゲームを教えると5分で理解し遊び始めると判明!
Credit:In vitro neurons learn and exhibit sentience when embodied in a simulated game-world . bioRxiv (2021)

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人工培養脳が人間のゲームで遊びはじめました。

英国ロンドン大学で行われた研究によれば、培養されたヒトの脳にテニスゲームの遊び方を教えるのに成功した、とのこと。

これまで作られた人工培養脳(脳オルガノイド)は培養漕の中で浮かんだり、目を生やして辺りを見回すくらいしかできませんでした。

今回の脳オルガノイドは目はありませんが、無数の電極と接続されており、ゲーム機からボールの位置情報を受け取ると、自分の意思で「バー」を動かしてボールを跳ね返します

ゲームをプレイする「意思」と「知性」を持った脳オルガノイドの出現により、脳オルガノイドは単なる人体実験の代用品から「生体AI」へと進化すると期待されます。

研究内容の詳細は12月3日にプレプリントサーバーの『boiRxiv』にて公開されています。

目次

  • 人工培養脳にテニスゲームを教えると5分で理解し遊び始めると判明!
  • 「ヒト脳オルガノイド」VS「マウス脳オルガノイド」どっちがゲーム上手か?
  • 脳オルガノイドは好奇心の原形を備えている

人工培養脳にテニスゲームを教えると5分で理解し遊び始めると判明!

人工培養脳にテニスゲームを教えると5分で理解し遊び始めると判明!
Credit:In vitro neurons learn and exhibit sentience when embodied in a simulated game-world . bioRxiv (2021)

これまで多くの研究により、多くの人工培養脳「ヒト脳オルガノイド」が作られてきました

ですが脳オルガノイドは高度な神経回路を備え、なかには世界を見渡す目を持つものもありながら、人間のために「仕事」をすることは期待されずにいました

今日にいたるまで、彼らは人間の脳の代用実験体として、薬剤漬けにされたり、切り刻まれたり、遺伝子を組み変えられたりすることが主な存在理由だったのです。

そこで今回、ロンドン大学の研究者たちは脳オルガノイドに生きる目的(仕事)を与えることにしました。

ただ新たな脳オルガノイドは、既存のものとはことなり球形ではなく目もはえていません。

脳オルガノイドは無数の電極を配置された基盤と結合している
Credit:In vitro neurons learn and exhibit sentience when embodied in a simulated game-world . bioRxiv (2021)

ヒト幹細胞を変化させてヒト脳細胞を作るまでは同じですが、研究者たちは製造された脳細胞を無数の電極が設置された基盤の上に、平面上に分散させたのです。

例えるならば、クレープ焼き器の上にクレープの生地を塗るように、基盤の上に脳細胞を塗って、薄いシート状の脳オルガノイドを作ったとも言えます。

基盤上に設置された脳オルガノイドはしばらくすると、活発な神経活動を開始し、本物の脳のようにニューロンどうしが複雑なネットワークを作るようになます。

次に研究者たちは、古典的な壁あてテニスゲームを脳オルガノイドに教えるための仕組みを構築しました。

一人寂しく壁あてテニスをプレイする
Credit:In vitro neurons learn and exhibit sentience when embodied in a simulated game-world . bioRxiv (2021)

壁あてテニスゲームは上の動画のように「板」を操作して跳ね返ってくる「ボール」を撃ち合うゲームです。

コンピューターゲームが珍しかった時代では、このような単純なゲームであっても人々を熱中させていました。

この壁あてテニスに着目すると、動きがある物体が「板」と「ボール」の2つのみであることがわかります。

脳オルガノイドにはボールの位置を感じる感覚領域と板を動かす運動領域がある
Credit:In vitro neurons learn and exhibit sentience when embodied in a simulated game-world . bioRxiv (2021)

そこで研究者たちはシート状の脳オルガノイドの上部分をボールの位置情報を受け取る「感覚領域」、下部分を板の操作を受け付ける「運動領域」として指定しました。

そしてボールが板から遠くにあるときには「感覚領域」に遅い頻度、板の近くにあるときには高い頻度で電気刺激し、遠近の概念を脳オルガノイドに教えます。

また遠近に加えて、ボールがテニスコートの右よりか左よりかを教える刺激パターンを学習させることにしました。

この組み合わせによって、テニスコートのどこにボールがあるのかを、脳オルガノイドは理解できるようになりました。

さらに運動領域の電極から非対称な神経活動がみられた場合、ゲーム画面の板を右あるいは左に動くように設定を行いました。

加えて、ボールを跳ね返すのに成功した場合には決められた電気刺激、失敗して落ちてしまった場合には、ランダムな電気刺激を与え、結果を通知しました。

すると脳オルガノイドはわずか5分でゲームのルールを理解し、ゲームが上達していることが確認されました

人間じゃない……このゲームをしているのは人間じゃない……
Credit:In vitro neurons learn and exhibit sentience when embodied in a simulated game-world . bioRxiv (2021)

ちなみにさきほど表示したこのゲームプレイ映像ですが……実はプレイしていたのは人間ではなく脳オルガノイドでした。

電極を通して感覚領域に伝えられたボールの位置情報をもとに、脳オルガノイドは自らの意思で、運動領域で非対称な活動を発生させ、電極を介して板を操作してボールを跳ね返したのです。

まとめると

ゲーム機からボールの位置を脳オルガノイドの感覚領域にリアルタイムに送信➔脳オルガノイドの「意思のようなもの」がゲームをすると決断➔脳オルガノイドの運動領域が非対称に活性化➔ゲーム内の板が左または右に動く➔ボールを跳ね返すことに成功➔最初に戻る

となります。

また脳オルガノイドに提供するボールの情報が多いほど、ボールを跳ね返す制度が高くなることがしめされました。

同様の学習はシリコン製のAIでも可能であり、最終的には脳オルガノイドよりもはるかに高い成績を出すことが可能になります。

しかしゲームのルールを理解する速度は、脳オルガノイドが圧倒的に勝っていました

脳オルガノイドは僅か5分でルールを理解し、それなりの成績を叩き出すようになりましたが、シリコン製のAIが同じ成績たどり着くには、14倍にあたる90分以上の時間がかかりました

この結果は、脳オルガノイドはシリコン製のAIに比べてはるかに柔軟で理解力に富むことを示します。

しかしより興味深い実験は、同じ実験をヒトではなくマウスの脳細胞から作ったマウス脳オルガノイドで行ったときに得られました。

「ヒト脳オルガノイド」VS「マウス脳オルガノイド」どっちがゲーム上手か?

「ヒト脳オルガノイド」VS「マウス脳オルガノイド」どっちがゲーム上手か?
Credit:Canva . ナゾロジー編集部

次に研究者たちは、同様の実験をマウスの脳細胞から作られたマウス脳オルガノイドで行いました。

すると、マウスの脳細胞から作られたマウス脳オルガノイドもシリコン製のAIに比べて早い理解力を示しましたが、連続でボールを跳ね返すラリー数は、ヒト脳オルガノイドに比べてかなり劣っていることが発見されたのです。

研究者たちが基板上の脳オルガノイドを比較したところ、ヒトの脳細胞の樹状突起がマウスよりも密であり、より複雑な神経回路網を作っていることが確認されました。

この結果は、ヒトの脳細胞はマウスの脳細胞よりも「ゲームに向いている(優れている)」可能性を示します。

しかし資質があっても、やる気がなければゲームはプレイされません。

脳オルガノイドは好奇心の原形を備えている

以前の研究で作成された目を持つ脳オルガノイド
Credit:ElkeGabriel et al (2021) . Cell Stem Cell . Human brain organoids assemble functionally integrated bilateral optic vesicles

今回の研究により、脳オルガノイドには優れた理解力があり、ゲームをプレイする意思と知能を持つことが示されました。

新たな脳オルガノイドには上の図のような目を備えたものではありませんでしたが、ゲームの様子を再現する内部世界(心の世界)を備えていることは確かです。

そのため研究者たちは

「電極でゲームに接続された脳オルガノイドはマトリックスのような仮想世界に住んでおり、自身を「板」だと信じている」

と結論しています。

これまで脳の代用品として疑似的な人体実験の材料にされていた脳オルガノイドですが、適切な教育が行われれば、優れた理解力と判断力、意識と知性を備えられるようです。

また重要な点として、研究者たちは脳オルガノイドにゲーム世界での遊び方を教えたものの薬物による「動機付け」は行っていないことがあげられます。

たとえば脳の報酬系を刺激するドーパミンなどの神経伝達物質を学習には使っていません

そのため研究者たちは、脳オルガノイドは失敗時に受ける、ランダムな刺激(ビックリ)が嫌いで、成功時に受け取る決まった刺激(安定)が好きであると考えました。

情報処理を担う神経網にとって負担となる不確実性を最小限にする行動をとった結果、ゲームをプレイすることになったと考えられます。

研究者たちは、不確実性を減らすために情報を求める行動は、好奇心の原形であると考えています。

どうやら人間の知的活動において重要な位置を占める好奇心の原形を、脳オルガノイドも備えていたようです。

研究者たちはとりあえずの計画として、ゲームをプレイ中の脳オルガノイドにさまざまな神経作用のある薬を与えることで、どのような影響が現れるかを調べていくとのこと。

人道的な問題から人体実験が不可能であった、脳への神経物質の投与と精神活動の変化を調べることができれば、新薬開発にもつながると期待されます。

なお今回の研究において、基盤の上に配置された脳細胞数はおよそ80万~100万個であり、ゴキブリの脳とほぼ同等となっています。

より多くの脳細胞を導入し、基盤を積層することができれば、コンパクトな容量で、より高度な判断、高度な仕事が可能な脳オルガノイド……生体コンピューターが実現すると考えられます。

そうなれば、単純なテニスゲームのルールではなく、複雑な人間の「言語」を教え「会話」をすることも可能になるでしょう。

将来、高度な認知能力を備えたロボットが実現するとしたら、彼らの制御中枢はシリコン製のAIではなく、生きた脳細胞で構成されているのかもしれませんね。

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参考文献

Human brain cells grown in a petri dish learn to play Pong faster than AI: Mini-brains fire off neurons to move the paddle back and forth according to the location of the ball in the video game
https://www.dailymail.co.uk/sciencetech/article-10322247/Human-brain-cells-grown-petri-dish-learn-play-Pong-faster-AII.html#comments

元論文

In vitro neurons learn and exhibit sentience when embodied in a simulated game-world
https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2021.12.02.471005v2.full