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<悪夢のグローバリズムに飲み込まれないための国際情勢の読み解き方とは――。モーリー・ロバートソンが五輪をめぐる日本の報道の「超忖度」からおすすめの海外メディア、「Z世代」が時代のカギである理由までを語り尽くす> なぜわれわれは国際情勢を学ばなければいけないか? まず、グローバリズムが人権を尊重しない資本主義の暴走であるという前提があります。そして例えばその資本主義の搾取と民族の弾圧・虐殺が関わっている事柄はたくさんあると思うのです。 中国政府の新疆ウイグル自治区での弾圧はその最たるものです。そして日本にもその問題が降りかかってきています。強制労働で作られたウイグル綿を使っている可能性が指摘されるユニクロの製品をアメリカ政府が一部輸入差し止めにしたり、同様の理由で無印良品も国際的に批判されたりしています。 一方で中国政府の見解が正しいと言わないと製品をボイコットするぞ、という中国側の「踏み絵」のプレッシャーも企業にのしかかってきていますよね。 要するに、世界で起きていることと自分は関係しているということです。単純に日々真面目に仕事をやっていればうまくいく、という世界では決してない。どこかで誰かが不幸になっているし、その政治問題はわれわれに飛び火し、アカウンタビリティー(説明責任)を求められることにつながっていきます。 ただ、ニュースの現場に出入りしていて思うのは、日本の国内ニュースだけに囲まれていると、狭い金魚鉢の中に暮らしているようになってしまう。つまりこうした悪夢のグローバリズムが当たり前で、疑問に思ってはいけないものだというふうに世界が見えてしまうのです。 その原因は日本の国内報道が「食い込まなくなっている」ことにあると思います。権力やスポンサー、お金に以前より屈服しやすくなっている。あらかじめ忖度したり、深く報道しなかったり、「逃げの両論併記」をしたりしている。特に東京オリンピックが近くなってこれが顕在化してしまったように思います。 パンチが弱い日本メディア IOC(国際オリンピック委員会)が大会開催を強行しようとしていることとも、資本主義の搾取の問題は重なって共鳴しているはず。でもほとんどの大手メディアがオリンピックのスポンサーや協賛企業で、ステークホルダー(利害関係者)になってしまっている。 だからオリンピックは果たしてできるのか、という議論が昨年の大会延期のときにもなかったし、新型コロナウイルスの変異株が出てきて開催が危ういかもしれない、という最近の議論にしても両論併記で中和しようとします。 ===== PHOTO ILLUSTRATION BY ADVENTTR/ISTOCK オリンピックについて疑義を呈すると政府の反感を買うので、メディア各社は超忖度していますよ。このことを最近は身をもってビリビリ感じています。それで何が起こるかというと、例えば「首相はこう言いました」と報じるだけになる。「でもそれ『しか』言わなかったよね」という食い込みがない。同じ内容のリークに対しても日本メディアと国外とではパンチが全然違います。 日本メディアはニュースの根底にある問題をあまり取り上げないですね。五輪以前からこの体質はありました。数年前、アイドルグループAKB48のメンバーの恋愛が発覚して、反省の印として頭を坊主にするという、ほとんど見せしめのハラスメントのようなことが起きました。この件の本当の問題は、AKBのシステムに搾取的なものがあり、このビジネスモデルを存続していいのかということだったはずです。欧米メディアはそこを突く報道をしていました。 それに対して、例えば日本のテレビは国際情勢をセンセーショナルに報じたいし、どうせ日本人は理解できないし興味もないだろう、と高をくくっている部分も制作側にある。また世界観が古く、世界で何が起きているのかも分かっていない。女性へのセクハラや性的暴行に声を上げる#MeToo運動の世界的広がりをリアルタイムで報じたメディアは日本ではハフポストなどごく少数ではなかったでしょうか。 では読者としてはどうすればいいか。やはり英語でニュースを読むことです。SNS上で英語ニュースを翻訳している人もいますが、なかには陰謀論的なアカウントもあり、見分けづらいです。例えばBLM(ブラック・ライブズ・マター=黒人の命は大事)運動は極左集団アンティファが仕掛けたテロだというデマを昨年、日本でも多くの人が信じてしまった。 僕がルーティン的にチェックしている海外メディアは、世界的に大きな話題については、ガーディアン、ニューヨーク・タイムズ、BBC、ワシントン・ポストなどです。より深い分析だとフォーリン・ポリシーやディプロマット誌ですね。紙の雑誌だとニューズウィーク日本版ですが(笑)、タイム誌も読みます。 細切れ報道から文脈を読む 英語で読むとよりニュースの背景が分かるようになりますが、本当にいい情報はだいたい有料。だから基本的にネットで課金のものをチェックしています。テレビは見ないです。結局文字のほうがよくまとまっているな、と思うので。 ===== 結論としては海外情勢の全体像を把握するには残念ながら日本語のニュースだけでは駄目、ということです。また日本の本質的な問題について議論の素材をそろえるにも、英語で日本に関する調査報道を読み、日本語で出ている記事と読み比べる必要があります。日本語記事で省略された部分を見つけ、そこに何か本質があるのだろう、と気付くわけです。 そうした見方を養うにはどうすればいいか。僕は失敗や読み間違いを繰り返しながら、場合によってはちょっと痛い目に遭いながら、少しずつ良い記事をピックアップできるようになりました。 あとはいろいろな人と話をするのがいいかもしれない。みんな情報に偏りがあるし、基礎知識が間違っている人もいる。新型コロナウイルスが武漢発の生物兵器だと信じてしまっている人もいる。でもその人がそこに至った道筋を聞くのが面白い。自分を振り返ることにもなりますよね。自分ももしかしたら結構、いろいろなこと信じ込んでいるかも、と。 生身の人が熱く語るとき、そこにはその人にとっての真実がある。だから例えば、居酒屋でみんなワーッとしゃべっているところで、スナックの経営者のようなマインドで聞き上手に回るのはどうでしょう。そうすると人々の性格や心理の輪郭みたいなものが分かる。要は、他人の話を聞くという習慣を持つことですね。 共感できない意見も相当出てくる。だけど、どうしてそう思うようになったのだろうと考えることで自分の中にパースペクティブ(物の見方)ができ、内省できる。それをやることで僕はニュースの咀嚼の仕方がだいぶ変わりました。 そういう観点を持つことが教養なのかもしれません。そうしてニュースの点と点がつながって線になれば、国際ニュースが遠い場所のおとぎ話でなくなり、自分のなすべき、考えるべきことがおのずとはっきりしてくる。ニュース同士が細切れになった今の日本のメディア環境では、受け手が自分でそうやってコンテクスト(文脈)を見いださなくてはいけません。そうした意味で、世界の問題点を総ざらいできる今回の特集はある程度「使える」と思います。 「Z世代」が世界を変える では実際今後世界はどう動くか。非常にはっきりしたトレンドが見えていて、カギは1996年以降生まれの「Z世代」です。先進国の彼らは生まれてからずっとグローバリズムにおける経済的な息苦しさを感じてきました。中産階級は崩壊し、親よりいい生活は望めない。宅配業の運転手など、単発で仕事を請け負う「ギグワーカー」労働の比率も高い。 ===== グレタ・トゥーンベリ(中央)を筆頭に若者は社会運動に積極的(20年2月、英ブリストルの気候変動デモ) PETER NICHOLLSーREUTERS また、気候変動やコロナ禍などグローバルな問題はグローバルに解決しなければ駄目だという意識も強い。そのためにライフスタイルの変化や、環境・人権に悪いブランドのボイコット、ソーシャルメディアでのシェア、選挙での投票などで団結して立ち上がり、声を上げている。生きるためにとにかく戦うしかないという世代が育ってきているのです。 格差の問題も大きいです。最近もアマゾン創業者のジェフ・ベゾスなど多くの大富豪がほとんど納税していない、という告発がありましたが、格差が進んで「超格差」になりつつある。豊かな国でも超格差が進んでいて、ほんの一部の人たちだけが優遇されている。 インドや中国、途上国の若者の間でも欧米のZ世代と同期するような波が生じると思います。彼らはスマートフォンを持っている。冷戦時代にソ連の若者が情報封鎖のなかダビングを重ねたローリング・ストーンズやビートルズのカセットを警察にばれないようにこっそり聴いていたのとは違うわけですよね。情報そのものは少なくともVPN(仮想プライベートネットワーク)を使えば鉄のカーテンみたいに遮断し切れない。 資本主義の動きは国家横断的です。京都でウーバーイーツの配達人の給与が3割カットされる一方、中国でも資本家の横暴により若者が朝9時から夜9時まで週6日働かされ、やる気のないライフスタイルをわざと選ぶ「寝そべり世代」が出てきています。相通じる部分があるのだと思います。こうしたことから、若者が大人に分からない独自のサブカルチャーをつくって不満を発散させる動きは、これから途上国にも出てくる気がしますね。 世界のトップ1%のために経済の仕組みがつくられていて、世界人口78億人の巨大なピラミッドの下に行けば行くほど負荷がかかり、割を食うようになっている。世界を覆った新自由主義的経済がサステナブルではないことのゆがみが、人道、格差、気候変動、ジェンダー、寛容・不寛容といった軸でこれから露骨に出てくると思います。 それを踏まえると、民主国家のZ世代の若者は団結してスクラムを組むようにソーシャル・デモクラット、つまり社会民主主義に向かうのではないでしょうか。そして気候フレンドリーを志向し、大企業へは法人税増税、富裕層には累進課税の強化を、という方向に世界が強く振れる可能性がある。ただ同時に、扇動によって絶望し、ファシズムの方向に向かう人も多くなるし、ポピュリズムの方向にも進むかもしれない。そうした民主主義の揺れが来るでしょう。 ===== その一方で経済苦にあえぐ者も多い(2019年9月、マドリードの配達人) MARDO DEL MAZO/GETTY IMAGES 暗い話ばかりなので、ポジティブな話題を一つ。僕は女子の科学教育が、一世代でこれから世界を大きく変えるインパクトを持つのではないかと思います。女の子だから理数系なんか勉強しなくていい、という風潮が急速になくなってきている。 最近もスペースXの宇宙ロケット「クルードラゴン」の打ち上げで女性宇宙飛行士が活躍していました。若い女性科学者たち、研究者たちが宇宙開発などを皮切りにムーブメントを起こす時代がこれから来るのではないかとみています。 モーリー・ロバートソン(Morley Robertson) 国際ジャーナリスト、ミュージシャン。1963年生まれ。米ニューヨーク出身。日米双方の教育を受け、1981年に東京大学とハーバード大学に同時合格する。テレビやラジオなどのメディア出演や著書多数。 (※13の国・地域別に「羅針盤」となる解説記事を盛り込んだ本誌7月6日号「教養としての国際情勢入門」特集より)