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<「マイノリティーいじめ」でしかない反LGBTQ法導入は、来年の総選挙を前に窮地に追い込まれたオルバン首相による必死の延命策> ハンガリーのオルバン・ビクトル首相は民主主義の旗を掲げて政界入りした。冷戦後の1990年代、彼はハンガリー政界の希望の星であり、共産主義から民主主義への移行を目指すこの国に支援の手を差し伸べた欧米諸国の寵児でもあった。 だが政権の座に就くや、ポピュリズムの手法に頼るようになった。熟議を重ねる民主的な統治に背を向け、数にものいわせて安易な路線に転換。権力の暴走を防ぐ制度や法律を次々に廃止した。 今の雲行きでは、彼は「腐敗したいじめっ子」として政界を去ることになりそうだ。末期段階のオルバン政治は、ハンガリー式ナショナリズムでも「擬似民主主義」でもない。ただの茶番だ。 オルバンとその協力者らは6月に議会で反LGBTQ(同性愛者などの性的少数者)法を成立させ、7月8日に施行した。同性愛やジェンダーの多様性について未成年者に伝えることを禁じるなど、ロシアの「同性愛宣伝禁止法」と似たような内容だ。 当然ながらウルズラ・フォンデアライエン欧州委員会委員長とドゥニャ・ミヤトビッチ欧州委員(人権担当)はこの法律を批判。オランダのマルク・ルッテ首相は、ハンガリーはEUを去るべきだ、とまで指弾した。 オルバンはここ数年、イスラム教徒の難民や少数民族のロマに対する偏見や差別を政治的に利用してきた。憎悪をあおるポピュリズム的な手法を続けるために、新たな「大衆の敵」が必要になり、格好の標的としてLGBTQに目を付けたようだ。 ポピュリストは2つの理由でマイノリティーを標的にするが、この2つは連続する。つまり標的は同じでも、政治的な目的は進化するのだ。 公約を果たせないポピュリストの行方 まずは、大衆の支持をつかむため。ポピュリスト政治家はマイノリティーに対する恐怖心や嫌悪感をずけずけと口にして大衆の代弁者を気取る。ドナルド・トランプが2016年の米大統領選に出馬を表明したときにメキシコ移民を「強姦魔」や「犯罪者」呼ばわりしたのもそのためだ。 右であれ左であれ、大風呂敷を広げたポピュリストの指導者はいずれ公約を果たせなくなる。そのとき彼らは2つ目の理由でマイノリティーいじめに走る。大衆の不満を社会的弱者に向けて、姑息に政権を維持しようとするのだ。 つまり1つ目のマイノリティーいじめは権力基盤の強化のため、2つ目は危うくなった権力基盤にしがみつくため。ポピュリストの指導者は大衆の支持を失えば裸の王様だ。 民主主義の下では、どんな指導者も支持率を気にするが、ポピュリストの指導者は異常なまでに気にする。政治的信念も指導者の資質も欠いた彼らにとっては、大衆の支持のみが頼みの綱なのだ。 EUとNATOの加盟国でありながら、民主主義が後退しつつある──ハンガリーの危うさはそれだけではないし、それが主な危険要因でもない。 ===== 腐敗疑惑、世界最悪クラスの新型コロナウイルスの死亡率、EUを軽視し中国とロシアに接近する外交への有権者の懸念──。それらが積み重なってオルバン政権は今や崖っぷちに追いやられている。彼らが土壇場で見せる悪あがきこそ、今のハンガリーが抱える最も危険な要因だ。 オルバンは2000年前後の数年間首相を務め、10年に首相の座に返り咲いた。ドイツのアンゲラ・メルケル首相がいい例だが、どんな指導者も10年以上たてば新鮮味は薄れる。 22年の総選挙でオルバンの対抗馬として浮上しているのが、首都ブダペストの市長で46歳のカラチョニ・ゲルゲイだ。そうなればオルバンは10年に権力を掌握して以来初めて、手ごわい挑戦を受けることになりそうだ。カラチョニはオルバンとは驚くほど対照的だ。若く、楽天的で、EU加盟国としてハンガリーに活気ある未来が約束されるよう情熱を注いでいる。気候変動、教育、スキルアップや不平等といった自分と同世代の問題に精通してもいる。 欧米による制裁の動きも 総選挙を前に、オルバンは不屈のオーラを永遠のものにしようとし、カラチョニは与党フィデス・ハンガリー市民連盟が選挙で負けないというのは迷信だと暴こうとするだろう。オルバンが勝てば、ハンガリーは中欧にあって政治的にはますます中央アジアの国に似てくる可能性が高い。一方、カラチョニが勝てば22年はハンガリーの転機──民主主義再生のチャンスになる。 選挙での勝敗を決するのはハンガリー国民だが、バイデン米政権はNATOの同盟国であるハンガリーに影響を及ぼすことができる。EUが対ハンガリー制裁を決定すれば全面的に支持するのも1つの手だ。ハンガリーは少数民族の権利に関するEU基本理念に違反するばかりか、過去10年、民主的な統治に背を向けると同時にEUの意思決定を妨害しがちにもなっている。 アメリカで政府を非難する多くのレッドステート(共和党が優勢の州)の政治家と同様、オルバンもEU本部を激しい言葉で非難している。だが多くのレッドステートが連邦政府予算を受け取っているように、ハンガリーはEU予算の純受益国でもある。オルバンはEUの資金を必要としている──自国の農家助成のためだけでなく、自身が牛耳る汚職まみれの公共事業の費用を賄うためにもだ。 バイデン政権は6月3日、国際的な汚職に国家安全保障上の問題として取り組む新たな枠組みを打ち出した。7月1日には中米の「北部三角地帯」(ホンジュラス、グアテマラ、エルサルバドル)の政府高官らを汚職絡みで制裁対象にした。これらの国の汚職が地域の安全保障を損ない、米南部国境に押し寄せる人々をはじめ、移民や亡命希望者の流出を悪化させていると認識してのことだ。 バイデン政権は既存の制裁法と新たな汚職対策の枠組みを利用して、オルバンと取り巻きに制裁を加えることもできる。ハンガリーの民主主義後退は国民に痛手となるばかりか、EUの影響力を低下させ、NATOの基本理念を損なう。 何より、米欧の指導者は今後オルバンがさらに卑怯な行為に走る可能性にも備えておく必要がある。何が起きても不思議はない。いじめっ子は性的少数派を標的にする。この上なく残酷で、それ以上に弱い。それでも危険であることには変わりない。追い詰められたいじめっ子ほど危険なものはないのだ。 From Foreign Policy Magazine