8月15日に首都カブールが陥落し、全土がタリバンによって制圧されたアフガニスタン。混乱の中で関係者を救出すべく作戦を展開した各国では、今、国際社会を揺るがすほどの議論が始まっている。自衛隊機を飛ばしたものの、対象者をほとんど退避させられなかった日本では、自衛隊の権限を見直し、一部強化すべきではないかという議論が起きている。同様に、欧州諸国でも安全保障の在り方を見直すべきだという声が強まっているのだ。
アメリカに振り回されたイギリスとドイツ
アフガニスタンからの撤退を巡る混乱が欧州諸国に与えた衝撃は大きかった。防衛大臣や外務大臣の判断ミスや対応の遅れを糾弾し、責任を問う声が各国で高まり、イギリスでは撤退計画を指揮したドミニク・ラーブ外相が解任された。
欧州は、冷戦時代から、安全保障面は北大西洋条約機構(NATO)の枠組みを通じてアメリカの軍事力に依存してきた。アフガニスタンへの派兵も、多くの国が米国と協調し、追随する形で2001年に相次いで派兵した。しかし、アメリカは同盟国と調整することなく、独自に撤退を決めたと言われている。
米軍の撤退が決定された後も、欧州諸国は現地の情勢判断や撤退計画についてアメリカと緻密に情報交換し、調整しなければならない状態にあった。結果的には、予想に反してタリバンが急速に全土を侵攻し、カブールが陥落したことから、各国とも早急な撤退を強いられることになる。
そんななか、欧州諸国は、より多くの人々を退避させるため、8月31日までとされていたカブール空港の防衛期限を延長するようアメリカに求めたが、拒否されたため、自分たちではどうすることもできなかった。アフガニスタンと陸続きである欧州諸国は、現地の情勢が不安定化すれば、2015年に起きた難民危機が再び起こるのではないかと懸念しており、神経を尖らせている。そうした中、「このままでは、欧州の国益に見合った判断や行動をできない、という危機感が高まりつつあるのだ。
フランスは独自に判断
そんな中で、フランスは単独行動を取った。独自に入手した情報をもとに他国に先駆けて撤退を決定し、5月には現地のスタッフとその家族の引き揚げを開始した。対象者を全員退避させられたわけではないものの、撤退は他国よりかなりスムーズだった。
フランスは、アメリカと同盟関係にあるものの、完全には依存していない。これまでも、サヘル地域のマリなどで起きている反政府活動に対してアメリカの支援を受けながらも、独自に派兵してきた。アフガニスタンにも2001年から部隊を駐留させていたが、アフリカでの戦闘に注力するため、2014年までに全部隊を撤退していた。
これを踏まえ、英誌「エコノミスト」は「アメリカに全面的に依存することはリスクが大きいことをフランスが知っていたのではないか」との論考を掲載している。フランスは1956年に起きたスエズ危機でアメリカから戦闘停止勧告を受け、運河の利権をすべて失った経験がある。その点、アフガニスタンへの駐留が第二次世界大戦後、域外への初めての派兵となったドイツとは異なり、多くを学んでいたのではないか、というのが同誌の指摘だ。
EU security must no longer depend on US, says Macron https://t.co/eLldLtKlgL pic.twitter.com/gklEfiYGHx
— FRANCE 24 English (@France24_en) August 27, 2018
実際、フランスのマクロン大統領は、2017年に当選した直後から、欧州が自律的に安全保障に取り組むべきだと主張し続けてきた。しかし、彼の主張は他の国々に受け入れられなかったどころか、NATOを弱体化させるものとして非難されてきた。
「大失敗」から生まれた危機感
しかし、アフガニスタンからの撤退という苦い経験を機に、各国の防衛関係者の意識は変わった。
欧州連合(EU)のジョゼップ・ボレル外交政策局長は9月1日、米紙「ニューヨーク・タイムズ」への寄稿の中で、撤退を巡る混乱を「大失敗」と評し、EUとして防衛力の強化に取り組む必要性を示唆した。さらに同氏は、今後、数カ月以内にEUの軍事的な野心と脅威に関する戦略文書を発表する予定だと明らかにした。
また、EUの政策執行機関である欧州委員会のウルスラ・フォン・デア・ライエン委員長も9月15日、フランス・ストラスブールで開かれた欧州議会でアフガニスタンからの撤退を巡る一連の動きを振り返り、EU独自の防衛能力を発展させる必要があると述べている。
ドイツのフォン・デア・ライエン前国防大臣も、米国を主軸としたNATOとの協力関係を重視しつつ、きたるべき将来の危機に独自かつ自由に対応するために、情報の共有を強化すべきだと訴えた。EUとして意思決定するために必要な情報分析能力を高め、軍事連携の強化を図るとともに、共同で最新技術を導入すべきだと同氏は主張する。
<欧州議会でEU独自の防衛能力の強化の必要性を訴えるフォン・デア・ライエン欧州委員会委員長>
山積する課題
とはいえ、その道のりは遠い。9月2日に開かれたEU防衛大臣会議でも、現状を劇的に変えるような決定や打開策はまったく見られなかった。
そもそも、EUに加盟する27カ国の安全保障に関する思惑は同じではない。特に、ロシアに近く、より大きな脅威にさらされているバルト三国は、アメリカからの庇護が弱まりかねないEU独自の安全保障体制に強く反対している。EUでは全会一致で決議が取られるため、合意形成は容易ではない。
また、防衛費も課題だ。独自の安全保障体制を強化するためには、当然、これまで以上の軍事費が必要だが、ドイツはアメリカが長く増額を求めてきた基準すら、いまだに達成していない。第二次世界大戦によって欧州を焦土にした歴史を抱えるドイツは、軍備の増大にも慎重にならざるを得ないという事情がある。
さらに、軍備統合を巡っても課題は多い。各国とも自国企業の装備を購入して防衛産業を保護しようとするため、共同購入は難しく、統合は気の遠くなる作業だ。インフラも、米国やNATOのコマンドシステムとは統合できるものの、EU加盟国間では連携できないという歪みが生じている。
こうした中、欧州各国がどこまでアメリカ抜きで独自に防衛力を強化できるのか、疑わしいと言わざるを得ない。
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