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<東西のはざまで翻弄される中欧米。バイデン政権やデジタル課税についてモラウィエツキ首相が語ったポーランド独自の視点とは> 西にはドイツを中核として西欧的価値観を共有するEU圏、東にはウラジーミル・プーチンの陣取る絶対主義的なロシア圏。その中間に位置する諸国はずっと両陣営の綱引きに翻弄されてきたが、中でも民族主義色を鮮明に打ち出しているのがポーランドだ。 右派政党「法と正義」が政権を握り、2017年12月からはマテウシュ・モラウィエツキが首相を務める。西側の右派勢力には受けがいいが、リベラル派からは批判されがちな男だ。そんなモラウィエツキが5月27日、本誌ジョシュ・ハマーとポーランド系米国人ジャーナリストのマシュー・ティアマンドの単独インタビューに応じた。首相が米メディアの突っ込んだ取材に英語で応じたのは初めてだ。以下はその要約である。 ――イギリスのEU離脱から半年たつが、EU内部には亀裂が残っている。EU本部の官僚主義には根強い反発があり、イタリアやスペインでは反EU派が勢いを増している。この先、もっと調和を重んじつつ統合を進めることは可能だろうか。それとも今の不安定な政治状況が今後も続くのだろうか。 ヨーロッパを1つの超大国にしたい、いわゆる「ヨーロッパ合衆国」をつくりたいと考える人もいるようだが、それはあり得ない。どのEU加盟国にも、それぞれのアイデンティティーや文化、言語や伝統があり、独自の気質があるからだ。 しかし同盟の強化は可能だ。「みんなの故郷ヨーロッパ」を目指せばいい。一部の大国がEUの超大国化を強引に進めても、加盟国間の摩擦や緊張が高まるだけで、1つの超大国にはなれない。 ただし域外の世界、グローバルな力を持つ大国に対して、とりわけ私たちの発展を邪魔しそうな東の大国に対しては共通の戦略を策定するべきだ。もちろん大西洋の両岸の同盟関係を維持しなければならない。そうすれば超大国になれる。ただし一部のEU官僚が信じているような画一的超大国ではない。 一方で私は、中国やロシア、イスラム圏といった外部の危険要素に対するEUの共通戦略は支持する。この点でも、当然ながらアメリカとの力強い連携が必要だ。 ――中欧と東欧の12カ国による地域協力の枠組みである「三海洋イニシアチブ」が、いずれは西欧中心の枠組みへの政治的・経済的な対抗勢力になり得ると思うか? また、プーチン率いるロシアが東から分断圧力をかけてくるなか、三海洋イニシアチブの加盟国間の関係は維持できるのか? 私自身は、三海洋イニシアチブがEUの団結や強さに対抗する勢力だとは考えていない。むしろ逆だ。(先々代のローマ教皇)故ヨハネ・パウロ2世の言葉を借りれば、三海洋イニシアチブの諸国は今もヨーロッパの「機能していない、もう1つの肺」だ。西側の肺に比べて、東側の肺はまだまだ成長が遅れている。 ===== その成長を促すには、まず北のバルト海沿岸と南のアドリア海・黒海沿岸を南北につなぐ強固なインフラが必要だ。三海洋イニシアチブはその構築を目指す。ヨーロッパでは、東西をつなぐ各種のインフラはかなり発達しているが、北欧諸国から南のギリシャまでをつなぐインフラができていない。 わが国はこの3つの海をつなぐ南北ラインの中央に位置しており、この地域では面積も人口も一番だ。だが現状では戦略的・防衛的な構造に穴が開いている。ポーランドはEUの東の端であり、NATOの東の端でもある。地図を見れば分かるとおり、誰よりも(東からの)脅威にさらされており、大きなリスクを抱えている。 だから三海洋イニシアチブを発展させ、不足しているインフラを補っていくことで、私たちは大西洋の両岸を結ぶ共同体におけるEUの存在感を向上させたい。三海洋イニシアチブの発展はアメリカにとっても西欧にとっても利益となる。決して対立するものではない。 中欧の地域協力機構の会合で集まった各国首相 THIERRY MONASSE-POOL/GETTU IMAGES ――もう少しロシアの脅威について聞きたい。ロシアによる侵略や脅威(物理的な国境を越えた直接的な侵略と、サイバー戦や偽情報の流布、スパイ活動などを通じた間接的な侵略)に対して、EUが一致して対応できることは何だと思うか? 対ロシア政策には一貫性と忍耐が必要とされる。ロシアの戦略の安定性は、ポーランドとEUにとって難題だからだ。(ロシアに比べると)こちらは政権交代が多いし、西へ行けば行くほどロシアの脅威は感じにくくなる。 それでもロシアによるウクライナ領クリミア半島などの占領に対しては、われわれは一致した対応を取れた。これ以上の侵略的行為を控えるよう、圧力をかけてもいる。 こちら側の戦略的な視点から言えば、中国が今以上に大きくなって世界中に影響力を行使するのを防ぐために、ロシアと手を組むという選択肢はあり得る。そのためにはロシアが真に平和的な国になり、領土拡大の野望を捨てる必要があるが、それはまずあり得ないだろう。 ――ノルドストリーム2(ロシア産天然ガスをバルト海経由でドイツまで運ぶパイプライン)計画について聞きたい。ジョー・バイデン米大統領は(カナダの原油をアメリカ南部まで運ぶパイプライン)、キーストーンXLの建設許可を取り消す一方、ノルドストリーム2には事実上のゴーサインを出した。アメリカの保守派は猛反発しているが、ポーランドの立場はどうか? わが国としては、アメリカの政策転換に大いに失望している。ここ数年、わが国はノルドストリーム2の建設を阻止または遅らせるために米政権と協力してきた。 ===== ところが新政権になって方針が変わった。それでEUとの関係を修復できると期待したのだろうが、それは間違いだ。ドイツ=EUではない。ドイツにはドイツの利害があり、たまたまこの問題では、それがロシアの利害と一致した。しかしそれは、大西洋をまたいだ米欧同盟の利害とは一致しない。われわれはノルドストリーム2を阻止し、ロシアが天然ガスを売って稼ぎ、その資金を軍事力強化に振り向けるのを阻止したいと思っている。 ロシアのプーチン大統領 SPUTNIK PHOTO AGENCY-REUTERS ――あなたは低所得者向けの住宅建設や子育て支援などで、EU圏でも有数の進歩的な社会政策を実施し、しかも財政赤字を増やさずにいる。どうして可能なのか? 財務省に最新のITツールを導入したからだ。人工知能(AI)のアルゴリズムを税務署の仕事に全面的に採用した。職員の訓練やシステム開発の手間はかかったが、とにかくシステム全体を刷新した。 それで税収が劇的に増え、おかげで税率を下げることもできた。中小企業の法人税率は9%に、個人の所得税率も18%から17%に引き下げた。課税控除の範囲もヨーロッパで最高水準に広げる計画だ。財政システムの改善も進めている。 ――最後に、巨大IT企業との関係について。このところ、貴国の政府は積極的な動きを見せている。アメリカのグローバルなIT企業やSNS大手に対し、国内法や言論の自由を保障したポーランド憲法に抵触する検閲行為を理由に罰金を可能にする法制を検討していると聞く。法制化の見通しは? いつ頃から実施されるのか? 今の時代は、そういったルールを決める者が社会の、そして国家の運命を握る。だからインターネットのプラットフォームやネットワーク、それに知財は土地や建物よりも重要だ。デジタル製品を造る工場や原料よりも重要だ。その力関係は複雑に絡み合っていて、まるで巨大なジグソーパズルだ。 今は、誰がルールを決めているのか分からない。一国の政府にはそんな能力もない。結局は巨大IT企業が勝手に決めている。たいていは自社に都合のよいルールだが、それが社会にとって有益とは限らない。だから国家が介入して、検閲や独占的地位の乱用を防がねばならない。 わが国の法案はまだ議会で審議中だが、必ず成立させる決意だ。できればEUと一緒にやりたいが、無理ならば自国だけでもやる。 現在は2つの面でEUと協議している。1つは言論の自由を守り検閲を排除すること。もう1つはデジタル課税、つまりIT企業が実際に収益を上げている国で、その利益に課税する仕組みだ。ルクセンブルクやキプロス、スイスなどのタックスヘイブンを利用した税金逃れは認められない。そんなやり方では、われわれの経済が持たない。