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<音響生態学者で「自然の静寂」を守る活動を行うゴードン・ヘンプトンの、人工音に汚されていない自然環境を守る闘い> ロックダウン(都市封鎖)で大いなる静寂が訪れたとき、私たちは気付いた。刺激過多の脳と自然界に静けさがどれほど恩恵をもたらすか……。 昨年の3月から5月には世界中の都市が静まり返り、地震計が拾うノイズ、つまり人為的な地面の振動も消えた。地質学者たちによれば、これほど長くノイズが消えたのは観測史上初めてのことだ。 この時期、人間が姿を消した世界で野生動物は自由を満喫した。チリの首都サンティアゴにはピューマが出現。サンフランシスコでコヨーテが目撃され、ニューヨークっ子たちは車の音よりも高らかに響く鳥のさえずりに驚いた。 だが経済活動が再開し、ジェット機の轟音が再び空に響き始めた今、私たちは地球上に残された数少ない静かな場所を守れるだろうか。 きっと守れる──そう答えるのは音の収集のプロ、ゴードン・ヘンプトンだ。音響生態学者でもある彼は、消えつつある自然のサウンドスケープ( 音の風景)を求めて、過去40年間世界中を回ってきた。その使命は静寂に包まれた最後の秘境を守ること。ヘンプトンは自らのライフワークを本誌に熱く語ってくれた。 彼が仲間と共に設立したNPO「クワイエット・パークス・インターナショナル(QPI)」は、人々が日常的に静寂に浸れる場所を世界中に確保することを目指す。その活動の一環として2019年に、エクアドルのサバロ川流域の一画を世界初の「自然の静寂な公園」に指定した。 QPIはさらに世界で265カ所、静寂な公園を設ける予定だ。その中には人口密度が高い都市郊外の森林なども含まれる。その1つ、台湾の中心都市・台北に近い陽明山国家公園は世界初の「都市の静寂な公園」に指定された。 ヘンプトンの活動の原点はワシントン州のオリンピック国立公園だ。05年に公園内の森で「アメリカで最も静かな場所」を見つけた彼は、そこに目印の石を置き、「静寂の1平方インチ(約6.5平方センチ)」として飛行機などの騒音から守る運動を始めた。 雷鳴と鳥の声が転機に もともとヘンプトンは植物病理学を専攻していた。進路を変えたのは2つの音だ。1つはウィスコンシン州マディソンで出くわした嵐。雷鳴の音を聞いて、それこそ雷に打たれたように、自然の豊かさにショックを受けた。 私たちの脳は聴覚刺激を取捨選択するが、この出来事をきっかけに彼は周囲の音を専門機材で余さず聞くようになった。「ちょうどシュノーケルマスクを着けて海に潜ってみたようなものだ。それまで知らなかった世界の豊かさに圧倒された」 ヘンプトンに啓示を与えた2つ目の音はニシマキバドリの歌声だ。彼はそれをワシントン州ワナッチーの駅舎の外で貨物列車が入ってくるのを待っているときに聞いた。 「それ以来、人里離れた地に深く分け入るようになった。騒音公害から逃れると、よりはっきりと音が聞こえ、自然もまた私たちのように盛んにコミュニケーションを取り合っているのだと気付かされた」 ===== 鳥の声が聞こえるのは、そこが豊かな生息地であることを意味すると、ヘンプトンは言う。「食べ物と水があり、ひなを育てるのに適した季節など、恵まれた条件がそろっているということだ」 そうした場所は鳥だけでなく、人間にとっても価値がある。「騒音公害とある程度無縁な場所は、健全な自然が残っている場所でもある。生態系が保たれ、多様な生物が生息する場所では、植物が大気中の炭素を吸収して人間を含め動物に酸素を供給する」 静寂は人の健康や幸福にも寄与するのか。答えはイエス。これまでの研究で、静かな環境は認知能力と創造性を高め、ストレスレベルを下げ、長生きできる確率を上げることが分かっている。喧騒が増す一方の今の世界では、静寂はたちまち人を幸福にするのだ。 「沈黙が金なら、静寂は金脈だ」とは、ヘンプトン式の格言。騒音まみれの都市を離れ、緑豊かな環境で静寂に耳を澄ませば疲れた心が癒やされる。有害なノイズをデトックスできるエコツーリズムは急成長中だと、彼は解説する。 静けさのおもてなし 静寂という価値ある資源を活用すれば、生態系が脅かされている地域に富がもたらされ、そのカネで野生生物を保護し、自然環境を保全できる。 「地球温暖化や有毒廃棄物や野生生物の生息地の喪失、生物種の絶滅といった問題があるのに、静寂を守ろうなんて本気なのかとよく聞かれる」と、ヘンプトンは打ち明ける。 「もちろん本気だ。静かな環境では私たちはよりよい自分になれるばかりか、より明晰に考え、より知的かつ創造的になれ、互いに助け合う社会意識が芽生える」 言い換えれば「静寂を守れば、全てを守れる」のだ。世界初の「静寂な公園」は、エクアドルの先住民コファンの居住地でもある。今や人口わずか1200人。コファンの人々は自分たちの土地を守るために持続可能な資源である「静寂」を世界中から訪れる旅行者に提供している。 「彼らは違法な金の採掘から自分たちの土地を守る資金を確保するため、エコツーリズムを軌道に乗せようとしている」と、ヘンプトンは説明する。「自分たちの資源を奪おうとする外界の圧力に必死で抵抗して、伝統的な生活様式を守ろうとしているのだ」 コファンが守り続ける静かな森は生き物たちのひそやかな営みに満ちている。ヘンプトンはコファンのガイドと共に、サバロ川の支流沿いに森を探検する少人数のツアーを主催している。 「自然環境を守る唯一の方法は、人々に自然環境に関心を持ってもらい、自然との触れ合いを生活の一部にしてもらうこと」と、彼は言う。「そのための唯一の方法はそこに案内して、その素晴らしさを体験してもらうことだ」 ===== <【動画】世界初の「自然の静寂な公園」に指定されたサバロ川流域、実際の音と景色>