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<タリバンが全土を制圧し、IS-Kの空港テロも起こった。アフガニスタン国内に軍事・情報拠点を失った今、テロとの戦いは振り出しに戻ったのか。アルカイダが米本土を再び攻撃する可能性はあるのか> まるで振り出しに戻った感じだ。8月26日、アフガニスタンの首都カブールの空港周辺で自爆テロがあり、米兵13人を含む170人以上が死亡した。 過激派組織「イスラム国」(IS)傘下のグループ「ISホラサン州(IS-K)」の犯行とされる。 20年間も戦ってきたのに、結局アフガニスタンはイスラム主義勢力タリバンの手に落ちた。そしてアメリカは、2001年9月11日の同時多発テロと変わらぬ不気味な脅威に直面することになった。 いや、そんなに切迫した脅威ではない、今の米軍や情報機関には「地平線のかなたから」テロリストの脅威を察知し、排除する能力があると、バイデン米政権は強弁している。 8月23日には国家安全保障担当の大統領補佐官ジェイク・サリバンが言っていた。 「大統領が繰り返し述べてきたように、わが国の対テロ能力は現地に数千なり数万なりの地上部隊を配備しなくても脅威を抑制できるレベルまで進化している」 あいにく、そうは言い切れない。 確かに米軍は26日の襲撃の前兆をつかみ、事前に米国民を空港付近から退避させていた。だがテロを未然に防ぎ、敵を排除するだけの能力はなかった。 なにしろ今のアメリカには、アフガニスタン国内でテロの脅威の芽を摘むのに必要な軍事基地も、現地のスパイ網もない。 与党・民主党内部からも、大統領の見方は甘過ぎるという指摘がある。 米軍が完全撤退すれば、現地におけるアメリカの「目と耳」の多くが失われるのは当然のこと。「正直言って当惑している」。事実関係をよく知る立場の民主党幹部は匿名を条件に今回の大統領発言について語った。 だが事情通によると、CIAも国防総省も、撤退期限が発表された4月以来、こうしたリスクを承知していた。 ある匿名の当局者によれば、「政府の公的プレゼンス縮小を想定して、CIAは現地の情報収集能力を維持すべく複数のパートナーと接触してきた」。 中には、アメリカの情報機関にとって「あり得ない」はずだった相手もいる。20年来の不倶戴天の敵、タリバンである。 アメリカは今、必死でタリバンとの対話ルートを探している。当座の目的は米国民や現地協力者の国外退避の安全を確保することにあるが、もっと先を見据えた協議も進んでいるようだ。 自爆テロの数日前には、カブール入りしたCIA長官のウィリアム・バーンズがタリバン側の交渉担当者アブドル・ガニ・バラダルと会談している。かつてCIAの通報でパキスタン当局に逮捕され、8年も収監されていた人物だ。 ===== アフガニスタン国内にいるIS勢力とタリバンが敵対しているのは周知の事実だし、タリバンは表向き、国内にいる武装勢力による外国への攻撃は許さないという立場だ。この国際公約を守らせるためにも、アメリカはタリバンとの対話を必要としている。 だが8月26日に空港テロを起こしたIS-Kなどは、もっぱら越境テロを目指している。 アメリカ本土を攻撃する前に しかし「いくら困難でも不可能を可能にするのが情報機関の仕事だ」と言うのは、長らく現地の米大使館を仕切ってきたアール・A・ウェインだ。 「たとえ相手が昔の敵であっても、必要ならば手を組む」 ウェインによると、過去にもそんな実例がある。 昨年、東部クナル州で米軍はタリバンと連携してIS系の拠点をたたいた。「米軍が空から攻撃し、その後にタリバンが乗り込んだ。これで対話の基盤ができたと、当時も期待されていた」 今はその対話の時期なのかもしれない。だが、タリバンと組むだけでは足りない。 アフガニスタンは内陸国だから、アメリカが欲しい情報を手に入れるためには、パキスタンを含む周辺諸国の情報機関からも協力を得る必要がある。 どこかに地上基地を置く必要もある。基地があれば最新鋭の無人機や巡航ミサイルなどで迅速に攻撃できる。 二度とアフガニスタンを対外テロ攻撃の拠点にさせないというタリバンの公約を守らせる上でも、そうした基地の存在は重要だ。 タリバンの真意は、まだ分からない。 現場の戦闘員の一部は、今も国際テロ組織アルカイダとつながっている。しかし首都を制圧した今、タリバン指導部が「政府」として国際社会の承認を得たいと思っているのも間違いない。 共通の脅威に対処するためなら、アメリカの情報機関は敵性国家とも手を組む。 あの9.11テロ後には、アルカイダ征伐のためにシリアの情報機関とも協力した。ISをイラク国内から追い出すためにはイランとも手を組んだ。 ただしアメリカの情報機関には伝統的に、テロよりも仮想敵国(昔はソ連、今は中国)の脅威を重視する傾向がある。そうなるとアフガニスタンは忘れられる。 撤退後も「アメリカが現地における将来的なテロの脅威を察知する能力を維持することは可能だが、簡単ではない。しかるべき資源と、ぶれない方針が必要だ」と言うのは元CIA副長官のマイケル・モレル。 「今の、そして今後の政権に、それを期待できるだろうか。残念ながら、今はみんな(テロの脅威より)大国間の競争に目を向けている」 ===== 実際、現在進行中のタリバン側との協議でも、焦点は国外退避の問題に絞られているという。 また8月半ばの首都陥落以降、バイデン政権が隣国パキスタンとの間で、米軍基地の復活や領空通過権の交渉を始めた気配もない。 この20年間、パキスタンがひそかにタリバンを支援していたこともあって、両国関係は冷え込んだままだ。 しかしアフガニスタンに潜むテロリストの脅威を抑え込む点では、久しぶりに両国の利害が一致するかもしれない。 現在のパキスタン政府はタリバン系武装勢力による国内での攻勢を懸念しており、アメリカ側との情報共有に関心を示している。 元駐米パキスタン大使のフセイン・ハッカニも、「パキスタン側は米国の管理する基地や監視施設を認めない立場だが、両国が非難の応酬をやめれば、テロ集団の監視で協力できる余地はある」と言う。 アルカイダにもISにも以前のような勢いはないから、少なくとも今のところ、アメリカ本土や各国にあるアメリカ大使館を攻撃する能力はなさそうだ。それだけの能力を回復するには何年もかかるだろう。 問題は「アルカイダがアメリカ本土を攻撃する能力を回復する前に、アメリカが将来的なテロの脅威を見抜く能力を持てるかどうかだ。これは時間との競争だ」と言うのは、安全保障問題に強いシンクタンク、アトランティック・カウンシルのウィリアム・ウェクスラーだ。 この競争にアメリカは勝てないとの見方もある。現に今回の空港テロでは、アフガニスタンにおけるタリバン統治の脆弱さが浮き彫りになった。 米下院情報特別委員会の民主党議員ラジャ・クリシュナムルティに言わせれば、近くに米軍基地が存在せず、信頼できる情報源もない状況では、いくら最新鋭の無人偵察機を飛ばしても、従来のような精度でテロリストの動向を監視することは難しい。 「遠くから飛ばせば燃料が足りなくなるから、現地での滞空時間は限られる。しかしアルカイダのようなテロ集団の動きを見張るためには、24時間体制で空からの監視を続ける必要がある」と彼は言う。 テロ対策は攻めから守りに バイデン政権がトルクメニスタンやウズベキスタン、タジキスタンなど、アフガニスタンと国境を接する国々と新たな基地開設の交渉を進めない限り、そのような監視体制の維持は不可能かもしれない、と戦略国際研究センターのテロ対策専門家セス・ジョーンズは指摘する。 「それが現時点の大きな問題だ」 ===== アフガニスタン上空へのアクセスの欠如は、テロリストに先制攻撃をかける上で致命的な制約になり得ると言うのは、CIAの元テロ作戦担当者フィリップ・ジラルディだ。 「当分の間、タリバンが(テロ活動の容認といった)挑発的行動に出る可能性は低いとみているが」と彼は語る。「それで安心していいとは思わない。アフガニスタンは海に面していない。だから、あそこのテロリストを排除するにはパキスタンを含む周辺諸国の協力が不可欠だ」 CIAがタリバンとの関係構築を模索するのはいいが、問題はタリバン側が、新政府樹立の協議にシラジュディン・ハッカニのような人物(アルカイダとつながりのあるハッカニ・ネットワークの指導者で有名なテロリスト)を加えている点だとクリシュナムルティも指摘する。 「長年テロリストの最重要指名手配リストに載ってきたハッカニが、わが国の信頼できるパートナーになり得るとは、少なくとも私には考えにくい」と彼は言う。 バイデン大統領の見通しは甘過ぎる、と言うのは元CIA職員で中東情勢に詳しいルエル・マルク・ゲレヒト。 軍用ドローンによる攻撃能力がどんなに上がっても、近くに基地がなく現地にスパイがいなければ、テロリスト相手に戦う能力は確実に落ちるからだ。 「アフガニスタン領内に潜むイスラム武装勢力をたたき、殺傷する」という目標に関する限り、米情報機関の能力は「小学生並み」にまで落ちるだろうとゲレヒトは言う。 「(四半世紀前の)クリントン政権時代に逆戻りだ。こちらがミサイルを撃ち込んでも標的はとっくに逃げている、そんな時代だ。いや応なく、わが国もヨーロッパ流のテロ対策に転じざるを得ない。つまり、攻めから守りへの転換だ」 From Foreign Policy Magazine ▼本誌9月7日号「テロリスクは高まるか」特集では、米軍撤退目前に起きた空港テロが意味するもの、アメリカの対テロ戦争は20年前の振り出しに戻ったのか?を様々な角度からリポートする。