もっと詳しく

<年中太陽光がまったく当たらない月のクレーター「永久影」をAIを用いて分析する手法が開発された> 月の極域では、クレーターへの太陽光の入射角が非常に浅く、クレーターの底部などに年中太陽光がまったく当たらない「永久影」がある。 永久影は極低温であることから、彗星や小惑星の衝突、火山噴火によるガス放出、月面と太陽風との相互作用などによって生成された氷水が長年にわたり残されてきた可能性があると考えられている。 氷水調査のため、永久影のあるクレーターは重要なポイント アメリカ航空宇宙局(NASA)では、2009年10月9日、月の南極付近のクレーター「カベウス」の永久影に月探査機「エルクロス(LCROSS)」のセントールロケットを衝突させる実験を行った。その際に放出された粉塵雲の観測データを分析した結果、月に水が存在することが示されている。 月に水が存在するとすれば、人間が月に長期滞在する際の貴重な資源となる。そのため、月探査において、永久影のあるクレーターは重要なポイントだ。アメリカ航空宇宙局では、2023年に予定されている月面探査車「バイパー(VIPER)」の月の南極地域での永久影領域の探査に先立ち、月周回無人衛星「ルナー・リコネサンス・オービター(LRO)」が2009年から収集する観測画像を用いて、探査対象となるクレーターの正確な地形や地質の把握に努めている。 しかし、真っ暗なクレーター内部の永久影を画像で捉えることは非常に難しい。現時点では長時間露光による撮影のため、スミア(高輝度の光源を中心に発生する明るい帯状のノイズ)や低解像度となる。また、移動中の「ルナー・リコネサンス・オービター」によって撮影された画像は長時間露光で完全にぼやけてしまう。 月の南極地域にある17カ所の永久影をAIを用いて分析 独マックス・プランク太陽系研究所(MPS)らの研究チームは、このような画像のノイズを除去する独自の機械学習アルゴリズム「HORUS」を開発し、2021年9月23日、その研究成果を学術雑誌「ネイチャー・コミュニケーションズ」で発表した。 「HORUS」は、「ルナー・リコネサンス・オービター」がとらえた7万枚以上の画像とカメラの温度や衛星の軌道に関する情報を用いて実物とノイズを見分け、従来の5〜10倍高いピクセルあたり1〜2メートルの解像度を達成する。 月の南極地方にあるまだ名前のないクレーター ルナー・リコネサンス・オービターが撮影した写真(左)を、「HORUS」で再分析した(右) (C)左: NASA/LROC/GSFC/ASU; 右: MPS/University of Oxford/NASA Ames Research Center/FDL/SETI Institute 研究チームは、月の南極地域にある17カ所の永久影を「HORUS」を用いて再分析した。永久影の大きさは0.18平方キロから54平方キロまで様々だ。岩や非常に小さいクレーターなど、わずか数メートルの小さな地質構造でも、従来に比べてはるかに明確に識別できたという。 研究の対象になった月の南極のクレーターの一部 MPS / University of Oxford / NASA Ames Research Center / FDL / SETI Institute より多くの永久影の研究をすすめる 研究論文の共同著者で英オックスフォード大学の博士課程に在籍するベン・モーズリー研究員は「HORUSを用いた画像により、月の永久影の地質を以前よりもより詳しく調べることができるだろう」と述べている。 今回「HORUS」が処理した永久影の画像では氷水の存在を示すものはなかった。研究チームでは、今後、HORUSを用いてより多くの永久影の研究をすすめる方針だ。