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タリバン勝利の舞台裏には習近平が描いたシナリオがある。きっかけは2016年における米軍によるタリバンのマンスール師暗殺だ。トランプ前大統領に米軍撤退を決意させるまでの、習近平の周到な戦略を考察する。 2016年、マンスール師殺害で中国に助力を求めたタリバン 2016年5月21日、まだオバマ政権下にあったアメリカ軍は、アフガニスタンとパキスタンの国境地帯で、当時のタリバンの最高指導者だったマンスール師をドローン(無人機)攻撃によって殺害した。これによりタリバンを和平交渉のテーブルに着かせるという考えを、アメリカは捨てたのかとみなされた。 というのは紆余曲折を経ながら、2016年1月には、ようやくアフガニスタン政府とタリバンの和平に向けたロードマップの確立を目指して、アフガニスタン、パキスタン、アメリカ、中国が一堂に集まった4ヵ国会談がパキスタン主催で実現したばかりだったからだ(Pakistan hosts four-way Afghanistan peace talks)。タリバンはアメリカの傀儡政権であるアフガニスタン政府とは話したくないとして出席していない。 このような中、最高指導者のマンスールをアメリカに殺害されたタリバンの代表団は、2016年7月18日から22日にかけて訪中し、中国に助けを求めた。ロイターなどいくつかの英文メディアが伝えた。 このときタリバン側は中国に以下のように依頼している。 ――われわれは、世界のさまざまな国と良好な関係にある。中国も、その一つだ。アフガニスタンは(アメリカ軍やNATO軍)などの外国の軍隊により占領され、その侵略軍によって残虐行為を受けている。われわれが侵略軍から自由になれるように助けてほしい。どうか国際会議などで、この実態を取り上げてほしい。 不思議なことに、中国はこれに関していかなる公式発表もしてない。 なぜだろうか。 アフガン政府を応援してきた習近平政権 なぜなら、今年4月30日のコラム<米中「悪魔の契約」――ウイグル人権問題>にも書いたように、中国はそれ迄ひたすら新疆ウイグル自治区にいるウイグル族がアフガニスタンのイスラム教過激派と連携して「東トルキスタン・イスラム運動」を起こし、中国から分離独立しようとしているとみなしてきたからだ。だから「東トルキスタン・イスラム運動」を弾圧するためなら、どのような勢力とも手を結んできた。 ===== 9・11同時多発テロ事件以降のアメリカによるアフガニスタン軍事侵攻後に誕生したアフガニスタン政府に対しても友好的で、実はタリバン代表団が2016年7月18日に訪中する直前の7月3日には、アフガン政府への軍事支援を中国は実行したばかりだった。 この日のために2016年5月にはアフガニスタン政府のアブドラ・アブドラ行政長官が訪中し、習近平と対談さえしている。 実は「一帯一路」に関しても「備忘録」に留まっているものの、一定程度までアフガニスタン政府と提携をする方向で進んでもいた。 タリバンとも接触し、二股をかけていた習近平 2015年1月19日に発表された「人民日報」傘下の「環球時報」電子版「環球網」の「中国はなぜタリバンの”調停人”にならなければならないのか」によれば、中国は(旧)タリバン政権が誕生した1996年以降(~2001年)、特に「東トルキスタン・イスラム運動」が新疆ウイグル自治区のウイグル族と連携を始める1997年以降の1999年に、深くタリバン政権との関係を築き、ウイグル族を分離独立の方向に誘い込まないということを条件に経済支援を約束している。たとえば、中国はタリバン政権に通信サービスを提供し、アフガニスタンと国境を共有しているワカン回廊などを中心にして、カブールと新疆ウイグル自治区の首都ウルムチを結ぶ路線を開設することなどを約束していた。 アメリカによるアフガン軍事侵攻で(旧)タリバン政権が崩壊した後も、2014年末にはタリバン幹部が北京を訪れ、アフガン紛争の和平プロセスの可能性に関して話し合っているし、2015年にも中国が主催し、パキスタン政府が支援する形で、新疆ウイグル自治区の首都ウルムチで元タリバン幹部を交えてアフガニスタンの和平プロセスに関して話し合っている。 その意味では2016年7月のタリバン代表による訪中は、アフガニスタン政府誕生後から数えると、「3回目の訪中」であったと言える。これらはいずれも、習近平政権になってからのことだ。そして、この2016年7月以降から、習近平はさらに一歩進んで、アフガニスタン政府ではなく、タリバンの方に軸足を傾けていくのである。 2014年にあれだけ頻繁だった中国におけるテロは、2016年からは鳴りを潜め、2016年8月に陳全国を新疆ウイグル自治区書記に指名し(参照:4月15日のコラム<ウイグル問題制裁対象で西側の本気度が試されるキーパーソン:その人は次期チャイナ・セブン候補者>)、同年11月にはタリバンは自らの管轄下にある銅山における中国の権益を認めている(参照:8月20日のコラム<「金鉱の上に横たわる貧者」―アフガンの地下資源と中国>)。 ===== これはタリバンとの間で、「反テロ」を条件に「経済支援」を交わした一つの証左として位置づけることができる。 パキスタンを使ったアフガン和平プロセスへの関与 「一帯一路」に関して中国がパキスタンに働きかけ「パキスタン回廊」で沸き立ったのは周知の事実だ。しかし、その陰で「密かに」動いていた、もう一つの習近平の狙いを知る人は少ないだろう。 習近平政権が誕生した後の2013年5月、李克強(国務院総理)がパキスタンを訪問し、中国との間の「パキスタン経済回廊」構築に署名した。 2015年4月には習近平本人がパキスタンを訪問し、一帯一路の強化を約束した。 この流れの中で、パキスタンが主催して2016年1月にアフガン問題に関する四ヵ国調整グループが誕生した。 こうして習近平はパキスタンを使いながらアフガン問題和平プロセスを「上海協力機構」へとシフトさせ、和平プロセス問題でロシアのプーチン大統領との連携を深めていくのである。 モスクワを前面に出してトランプを焦らせる習近平の戦術 習近平は今年の7月16日になってもなおガニ大統領と電話会談をしたことでもわかるように、タリバンとアフガニスタン政府の両方をうまく扱いながら、タリバンをコントロールしてきた。しかし目立つとウイグル問題を抱えている関係上、東トルキスタン・イスラム運動組織を刺激する可能性が大きくなる。またアメリカから必要以上に警戒されるのも避けたい。 そこで習近平は、自分自身は表に出ず、ロシアのプーチン大統領に前面に出てもらっている。二人の間でどのような棲み分けをしたかは、二人以外にはわからないかもしれないが、結果として表面化している現象を列挙してみよう。最初が「2016年」であることに注目していただきたい。 ●2016年12月27日:ロシア主導のアフガニスタン和平協議、モスクワで開催(モスクワ和平協議) ●2017年2月15日:第2回モスクワ和平協議 ●2017年4月14日:第3回モスクワ和平協議(アメリカ欠席!) ●2017年6月8-9日:カザフスタンのアスタナで開催された第17回上海協力機構首脳会合でアフガニスタン問題の協議再開に合意 ●2017年10月11日:ロシア外務省主催の上海協力機構のアフガニスタン和平に関する国際会合をモスクワで開催。 ===== 上海協力機構は9月1日のコラム<独立の祝砲に沸くタリバンに中国はどう向き合うのか?>にも書いたが、「国境地区における軍事分野の信頼強化に関する協定」(上海協定)の調印を目的に1996年4月に上海で集った上海ファイブ(中国・ロシア・カザフスタン・キルギス・タジキスタンの5ヵ国首脳会議)が前身となっている。このことからもわかるように、中国とロシアが主体の反テロ組織でもあり、NATOに対抗する組織でもある。さらに言うなら、第一回目の会合が上海で開催されたことからもわかるように、スタートは中国が主導している。 協力に感謝したのか、習近平は2018年6月にプーチンに友誼勲章を授与し、プーチンはまた習近平との関係に関して「歴史上、未だかつてないほど中露は緊密だ」と絶賛している。 トランプのノーベル平和賞への渇望を利用か? 一方、アフガニスタンを占領していた肝心のアメリカでは、2016年5月からドナルド・トランプ氏が大統領立候補への選挙活動を開始し、その際に外交問題に関してキッシンジャーの教えを乞うている(詳細は拙著『習近平vs.トランプ』)。キッシンジャーはベトナム戦争を和平交渉で終わらせ功績によりノーベル平和賞を受賞した人物だ。激しいライバル心を抱いていたオバマ元大統領もまた、大統領に就任して間もない2009年10月にノーベル平和賞を受賞している。たかだか2009年4月にプラハで「核なき世界」に関する演説をしただけでノーベル平和賞がもらえるというのなら、自分も解決できていない紛争問題に関して平和的解決策を見つければ、きっとノーベル平和賞をもらえるに違いないと、トランプが渇望しても不思議ではないだろう。トランプにはビジネスマンとしての業績があり、あと欲しいのは名誉だけのようなものだったのだから。 実際、安倍元首相に頼んでノーベル平和賞候補にノミネートしてもらい、それを自慢気にばらしてしまったことから見ても、トランプがいかに受賞を渇望していたかは想像に難くない。 その証拠に、大統領選挙演説のときからトランプは「金正恩とハンバーガーを食べながらお喋りしてもいい」という主旨のことを何度か言っていた(参照:2017年5月3日のコラム<トランプは金正恩とハンバーガーを食べるのか?>)。 今ではもう音信が途絶えてしまった中国共産党の老党員は、そのころ筆者にしきりに「トランプがノーベル平和賞を欲しがっていることに中国は注目している」と知らせてくれたし、「もっとも、北朝鮮問題が解決してしまうと、アメリカの軍産複合体が武器弾薬を生産する口実が無くなるので困るだろうが…」と笑ってもいた。たしかに、金正恩とハンバーガーを食べながらお喋りをする機会はなくなってしまったが、しかしアメリカには長年抱えてきたアフガン問題がある。 ===== アフガン問題を解決できれば、今度こそノーベル平和賞まちがいなしだろうとトランプは思ったかもしれない。 戦略的な中国がその点を見逃すことは考えにくい。 いずれにしても、アフガン和平協議の主導権を上海協力機構に持って行った中露の目論見が、トランプの米軍撤収への決意を促すという効果を発揮したことは確かだ。 トランプがタリバンと和平合意に至るまで 2017年1月に正式に走り始めたトランプ政権は、4月には「ロシアがタリバンに武器を供与している」という疑惑を公言し始めた。事実、その疑惑の証拠となる映像をCNNが入手したとして、7月25日、<ロシアがタリバンに武器供給か、入手映像が示唆 CNN EXCLUSIVE>という見出しで情報を発信した。 ロシアを警戒したトランプ政権は、前述の2017年4月14日にモスクワで開催された和平交渉には欠席している。きっとトランプは、「このままではロシアに主導権を奪われてしまう」と焦ったに違いない。 アメリカ国内でも嫌戦ムードが広がっていた。 途中の経緯はあまりに複雑なので、骨子だけを書くなら、2018年2月26日、タリバンがアメリカ政府に直接交渉を呼びかけたのに対して、2018年7月23日、アメリカのアリス・ウェルズ国務次官補佐官代理がカタールの政治事務所で秘密裏にタリバンと会談を行った。 その結果、アメリカとタリバンは2020年2月29日に「和平合意」に漕ぎ着けた。その後の詳細は省くが、米軍の撤退こそがタリバンの勝利であり、中露の勝利でもあった。 タリバンが政府軍に勝つ方法も、中国の解放戦争における毛沢東の戦略に学んだものだが、これに関してはチャンスがあれば別途論じる。 習近平が描いたシナリオを示す世界地図 スウェーデンにあるV-DEM研究所がDemocracy Report 2021. Autocratization Turns Viralを発表している。 以下に示すのは、その中にある「民主化度」に関する世界地図だ。 民主化度が高い国は青色で、民主化度が低い国は赤色で示してある。 V-DEM研究所のDemocracy Report 2021より ===== 中国やロシアなどを中心としたユーラシア大陸は、ほぼ真っ赤に染まっているのに対して、北西ヨーロッパの一部の国とアメリカ、オーストラリア、日本などが青く染まっている。全体的に見れば赤い国々の方が多いくらいだ。 これを一人当たりGDPの多寡で区分したIMFの地図と重ねてみると、ほぼ同じであることが分かる。以下の地図では緑が濃いほど一人当たりのGDPが高く(経済的に豊かで)、赤が濃くなるほど一人当たりのGDPが低く、貧乏な国であることを示している。 IMFデータ2019より これは何を意味しているかと言うと、「民主主義が浸透している国は一人当たりのGDPが高く、一定程度の中間層がおり、教育もいきわたっているという土壌がある。しかし一人当たりGDPが低い国々では経済的に豊かでないので教育も行きわたらず、自ら意思決定をして自由に選択するゆとりはなく、民主は育ちにくい。だから選挙はあっても専制主義的な統治をせざるを得ない」ということを表している。 ましてや強烈な宗教性を持っているアフガニスタンのような国に武力侵攻して「民主主義を植え付けよう」などということは、土台無理な話なのである。 バイデン大統領は対中包囲網を形成するに当たって「民主主義と専制主義の戦いだ」と言っているが、もし本気でそう思っているとしたら、アメリカは必ず中国に負けるだろう。なぜなら世界の半分以上は専制主義的傾向を持つ国家によって占められているからだ。 しかし肝心なのは、「一人当たりのGDPが小さいということは、これから発展するポテンシャルが高い国々であることを示している」という事実だ。習近平のシナリオの軸はここにある。 つまり、「習近平が赤色の国々を、一帯一路などを通してチャイナ・マネーにより中国に引き付けていく戦略」は、「GDP成長が見込めない少数の民主度の高い先進国と同盟を組むバイデンの戦略」よりは、将来的により大きな力を持ち得る可能性を秘めている。 アメリカが武力攻撃で相手国を民主化させていこうという試みの時代は、アフガンの米軍撤退時に見られた失策で終わったと言っていいが、だからといって対中包囲網を「民主主義対専制主義の戦い」という括りで位置付けるバイデンの戦略で、本当に中国に勝てるのだろうかという危惧も、一方では抱く。 言論弾圧をする中国が力を伸ばしていくことは阻止しなければならないが、その際に世界を俯瞰する視点を、われわれは持たなければならないだろう。 なお本コラムは中国問題グローバル研究所のウェブサイトからの転載である。 [執筆者]遠藤 誉 中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士 1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。著書に『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社、3月22日出版)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』、『激突!遠藤vs田原 日中と習近平国賓』、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』,『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『卡子(チャーズ) 中国建国の残火』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。