<ヘミングウェイの書簡、ナポレオンの死亡報告書、エディソンの試作品……。なぜ次々と大発見ができるのか。史料文書のプロ、ネイサン・ラーブが『歴史の鑑定人』に綴った歴史的至宝にまつわるミステリアスな物語> インターネットオークションやフリマアプリが身近な今、歴史上の偉人が書いた文書や著名人が使っていた物品を手に入れるのは、さほど難しくないようにも感じられる。 けれども、画面の中で見つけたそれらは、本当に真正品(ほんもの)だろうか。そんなに簡単に見極められるものだろうか。 『歴史の鑑定人――ナポレオンの死亡報告書からエディソンの試作品まで』(筆者訳、草思社)の著者ネイサン・ラーブは、成り行きで父親の会社を手伝うことになり、署名入り文書や史料文書の取引の世界に足を踏み入れる。 父の指導で鑑定や取引の手腕を磨いていく過程でさまざまな逸品に出合うが、それらは必ずしも最初から高評価を受けてはいない。 例えば、オークションのカタログで簡単に紹介されていただけの文書が、実はあのロゼッタストーンをフランスから奪えというイギリスの将軍の命令書なのに、そこに気づいていたのは著者の父親だけ。驚くほど安価で競り落とせたそれは、後日大英博物館が買い上げたほどの貴重な史料だった。 かと思えば、元大学教授が相続した数々の著名人の署名入り文書の中で購入に値したのは、オーヴィル・ライトが飛行に言及した書簡と、ヘミングウェイが釣りを語った書簡の2通のみ。ほかの単なる自筆文書とは段違いの、彼らがのちに歴史に名を残す理由となる点に触れた文書だったからだ。 でも、文書を目にしたときに、その内容と署名者の業績や経歴とを瞬時に結びつけられなければ、真価には気づけない。文書の価値を見抜けるかどうかは、積み上げた知識と経験に裏付けられた直感が働くかどうかにかかっているのだ。 写真はイメージです BlackQuetzal-iStock. ときには予想だにしない文書に遭遇することもある。アインシュタインの書簡を持っている人物から、ほかにも見せたいものがあると言われ、著者父子が書簡を受け取りがてら訪ねてみると、そこには驚愕のアーカイブが存在していた。 ヒトラー支配下のドイツを逃れてアメリカに渡ったユダヤ人科学者ゲオルク・ブレーディヒの孫が、祖父と父が文字通り命懸けで守った貴重な科学系文書や書簡の一切を地下室に保管していたのだ。 そしてそれらと共に現れたのは、ユダヤ人迫害の詳細が読み取れるブレーディヒ父子のやりとりや、強制収容された家族、隠れ住んでいた知人からの手紙の山だった。著者たちはアーカイブを全力で整理して関係機関に託し、稀有の一次史料が歴史に埋もれるのを防ぐことができた。 写真はイメージです LightFieldStudios-iStock. あたかもミステリー短編集のように ほかにも、女性の参政権獲得に尽力したスーザン・B・アンソニーの書簡、マーティン・ルーサー・キングが刑務所で書いたラブレター、ジョン・F・ケネディの録音テープなど、会社を共同で経営する著者とその父親が遭遇した数々の歴史的至宝とそれらにまつわる物語は、あたかもミステリー短編集の様相だ。 なぜ彼らには次々と大発見ができるのか。オークションにせよ、持ち込まれた品にせよ、とくに注目されていない文書が実は至宝だと気づけるだけの、知識と経験を持ちあわせているからだ。贋作の見極めもまたしかり。なぜか惹かれる、あるいは、どうもおかしい、という「ひらめき」があれば、調べを尽くし、真贋を鑑定する。 そして、この仕事の学びに終わりはない。著者は日々新たな知識を蓄積しながら、文書の価値を見極め続けている。 ===== 本書に登場する「売り手」たちの中には、親から貴重な文書を受け継いだはいいが、我が子は全く興味を示さない、あとを託せる子孫がいない、ならばいっそ興味を持ってくれる人に譲るか、あるべき場所に保管してもらうかできればと考えて、著者の元を訪れる人も多い。 そう、文書の売買は、必ずしも換金や利益が目的で行われてはいないのだ。売買によってその文書が永く守られていく場合もある。そんなことも、本書は教えてくれる。 印象的なセンテンスを対訳で読む 以下は『歴史の鑑定人』の原書と邦訳からそれぞれ抜粋した。 ●The hardest part of my apprenticeship wasn’t learning how to authenticate documents and artifacts. That can be done in a few years. It was learning how to assess value, learning to spot the gems in a sea of mediocrity, taking that “blink” moment and translating it into action, and putting money on the line as a result. That takes a long time, a decade or so. (見習い時代に一番難しかったのは、文書や物品の鑑定の仕方の習得ではない。それは2、3年もすればできるようになる。価値を査定し、月並みなものの山から逸品を探し出し、それに「ひらめく」瞬間をとらえて実行に移し、最終的にお金を投入する、というプロセスが難物だった。習得するにはかなりの期間、10年ほどかかる。) ――歴史的至宝が目の前にあっても、それと気づかなければ、ただの紙切れとして処分してしまうことにもなりかねない。文書の運命は、鑑定士の一瞬のひらめきにかかっている。そして、そのひらめきを得るには、とにかく知識と経験を積み上げるしかない。 ●No-he took the time to actually read the piece. He took nothing for granted. He didn’t assume that because the auction company hadn’t given it any attention, it wasn’t important. We search the world for these artifacts, these documents, but if we can’t recognize them when we see them, what good is the hunt? (父はその文章を読むのに時間を費やした。何ひとつ、当たり前とは思わなかった。オークション会社が注目していないからそれは重要ではない、などとも考えなかった。 わたしたちは世界中で物品を、こういった文書を探すが、実物を目にしてもそれと気づかなければ、宝探しなど意味がない。) ――著者が父親から教わったなによりも大切なことは、周りに惑わされずまっさらな目で文書を見て、知識と経験をもとにその重要性を判断するという手法だった。父親がロゼッタストーン関連の重要史料に気づいたのは、その手法の好例だ。 ●The