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<誰と誰が味方? 空港自爆テロにはタリバン一派の影が? 「ISホラサン州」とタリバンの無視できない協力関係> アフガニスタンの暗い過去を思い出させると同時に、新たな暗黒時代の到来を予感させる出来事だった。8月26日に首都カブールの空港周辺で起きた自爆テロのことだ。 8月半ばにイスラム原理主義勢力タリバンが全土掌握を宣言したのを受け、空港周辺は国外に逃れようとする市民と、それを管理しようとする米国や同盟国の関係者とでごった返していた。この爆破テロによる死傷者は米兵13人を含む数百人に上った。 そのメッセージは明白だ。母国を「捨てる」市民を殺して、彼らに追随しようとする市民の出国意欲をそぐこと。また、米兵の命を奪うことで、アメリカに米同時多発テロ(もうすぐ20周年だ)の記憶をよみがえらせ、8月31日の撤収期限を守らせることだ。 程なくして、過激派組織「イスラム国」(IS)傘下のグループ「ISホラサン州(IS-K)」が犯行声明を出した。だが、カブールの治安維持を部分的に担当するタリバンの一部門ハッカニ・ネットワークの関与も十分調べる必要がある。 ランダムな自爆テロではなく、計算して選ばれた複数のターゲットを同時に攻撃するやり口は、IS-Kに特徴的な手法だが、強力な簡易爆弾(IED)をいくつも使って大量の人を吹き飛ばすやり方は、ハッカニ・ネットワークに特徴的な手口でもある。 ハッカニ・ネットワークは、それ自体として世界各国でテロ組織に指定されている上に、国際テロ組織アルカイダとも長年にわたりつながりがある。一方、IS-Kとタリバンの間には明確な亀裂があると言われてきたが、アフガニスタンでは政治勢力や武装勢力が合従連衡を繰り返してきた。 戦闘の翌日には手を組むことも あるとき戦闘を交えていた仇敵同士が、翌日には相互の利益のために手を組むことは日常茶飯事だ。いくつものグループが、民族や婚姻を通じて複雑につながっており、イデオロギー的な亀裂が永遠の断層線になることはない。 レバント地方(地中海東岸)に国家建設を目指していたISが、アフガニスタンに進出してきたのは2015年のことだった。 ISの対外作戦トップだったアブ・ムハンマド・アルアドナニが「ホラサンの地」への拡大を表明したのだ。ホラサンとは、アフガニスタンだけでなく、インドなど南アジア全体と中国の一部にまで及ぶ広大な地域を意味する。 ISの新しい地方組織は「ウィラヤート・ホラサン」と呼ばれるようになったが、欧米ではIS-Kという呼び名が一般的になった。IS本体のように秩序だった組織ではないが、ISと同じくらい多くの死者を出す事件を、きっちり実行する能力がある。 ===== ISは当初、タリバンに直接ダメージを与えようとした。15年6月12日には、ISのオンライン英字機関誌ダビクで、タリバンの創始者であるムハンマド・オマルがとっくに死んでいることが暴露された。タリバン上層部が何年も隠してきた事実だ。 このエピソードは、タリバン内部の足並みの乱れを露呈した。オマルの副官だったアクタル・ムハマド・マンスールが最高指導者に就任したものの、タリバンを辞めてIS-Kに加わる者が相次いだ。 16年にマンスールがアメリカのドローン攻撃で死亡し、現最高指導者のハイバトゥラ・アクンザダが後を継いでからも、タリバンからIS-Kへの「人材流出」は止まらなかった。原因はイデオロギーよりも、リーダーや縄張り、それに麻薬取引による利益配分に関する不満だった。 IS-Kの最大の拠点である東部のナンガハル州は、パキスタン国境に近い麻薬貿易の要衝だ。IS-Kはこの麻薬ビジネスでハッカニ・ネットワークと協力してきた。 同ネットワークのトップであるシラジュディン・ハッカニは、タリバンの副司令官でもあり、アルカイダと非常に緊密な関係にある。彼らはIS-Kの進出前からアフガニスタンに自爆テロという戦法を導入して、米軍に多くの犠牲者をもたらしてきた。 ハッカニ・ネットワークとIS-Kの共通点 ハッカニ・ネットワークは、パキスタンの軍統合情報局(ISI)とも緊密な関係を築いた。ISIは、ハッカニ・ネットワークに武器や訓練や資金面の支援を行うとともに、パキスタン国内に潜伏場所を提供した。彼らがこの20年間存続できたのは、ISIのおかげといってもいい。 こうした経緯から、タリバンとIS-Kは反目していると思われるようになった。ジョー・バイデン米政権も今回の退避に際し、IS-Kからの攻撃に対する防衛について、タリバンをある程度、当てにしていた。 タリバンは複数の派閥で構成され、それぞれ独自の指導部、組織を持ち、アフガニスタン国内の領土を支配している。IS-Kとハッカニ・ネットワークは、実際には戦術的・戦略的な合致点が少なくない。アフガニスタンのアシュラフ・ガニ前政権および西側諸国という共通の敵もいる。 20年3月25日にカブールでシーク教の寺院が襲撃され、自爆テロと銃撃戦で少なくとも25人が死亡。IS-Kが犯行声明を出した。 ===== その直後にアフガニスタンの情報機関、国家保安局は対テロ作戦として、IS-Kのパキスタン人指導者アスラム・ファルーキ(別名アブドラ・オラクザイ)の身柄を拘束した。ファルーキは、IS-Kがハッカニ・ネットワークだけでなく、パキスタンの悪名高いイスラム過激派組織のジャイシェ・ムハマド(ムハマドの軍隊)やラシュカレ・トイバとも協力していたことを明らかにした。 ラシュカレ・トイバは08年に、少なくとも165人の犠牲者を出したムンバイ同時多発テロを実行した。02年にパキスタンで米国人ジャーナリストのダニエル・パールを誘拐・殺害した主犯格のパキスタン系イギリス人、アハメド・オマル・サイード・シェイクは、ジャイシェ・ムハマドで名の知れた存在だった。 テロリストの役割は明確に分かれていた。IS-Kの新兵は、パキスタンのジャイシェ・ムハマドの軍事キャンプで訓練を受ける。ラシュカレ・トイバはアフガニスタンで標的の偵察に加わり、社会的、経済的、政治的な影響を与える準備をする。 ハッカニ・ネットワークはその犯罪リソースを通じて、調整とロジスティック計画を担当する。IS-Kは使い捨ての戦闘員を提供し、攻撃の全体的な責任を負う。 20年5月12日、IS-Kの武装集団がカブールで「国境なき医師団」が支援する産科医療施設を襲撃。病院スタッフや陣痛の最中の女性、新生児を銃撃した。 ザルメー・カリルザド米アフガン和平担当特別代表は、襲撃の責任はIS-Kにあると述べた。タリバンを非難しなかったことにアフガニスタン全土で批判が高まり、和平交渉を継続するためにタリバンのイメージを重視したのではないかと指摘された。 今年5月8日にはカブールの高校の近くで爆破テロが起き、女子生徒を中心に90人が死亡している。 ハッカニの手には米国製のM4ライフルが ハッカニ・ネットワークは氏族単位の組織で、主要メンバーのハリル・ハッカニは、アルカイダ側へのタリバンの特使と見なされている。彼は最近、タリバンの首都警備の責任者としてカブールに凱旋した。ハッカニは米国製のM4ライフルを携え、護衛部隊は米国製の装備を身に着けていた。全てここ数週間でタリバンが強奪したものだ。 国外退避の警備を担当していたのがタリバンのどの派閥だったにせよ、多くのアフガニスタン人が空港にたどり着くのを阻止したタリバンの検問所が、なぜ攻撃者を阻止できなかったのか。その点は検証が必要になる。 ===== IS-Kと、ハッカニ・ネットワークやパキスタンのテログループとの関係が不透明なことは、複数のテロ組織が暗黙の協力関係を結んでいる複雑さを物語る。 さらに、パキスタンの軍部や諜報機関との関係も複雑だ。この点は、パキスタンが国際社会にタリバン政権の承認を強く望んでいることもあり、アフガニスタンや世界の安全保障に重大な影響を及ぼすことになる。 世界中の目が注がれているアフガニスタンは、西側諸国が去った後、どうなるのだろうか。空港への攻撃は、アフガニスタンの悪夢の始まりにすぎない。 タリバンはこれに乗じ、安全保障の名目で市民の自由をさらに締め付けるだろう。テロ攻撃を防げなかったことを批判されても、彼らは西側諸国の撤退というはるかに大きな成果を手にしている。 IS-Kの手で罪のないアフガニスタン人が死ぬことも、タリバンにとっては目的を達成するための戦略的手段にすぎない。両者は小競り合いを再開するかもしれないが、互いに相違点より共通点が多い。そして、敗者はいつも、アフガニスタンの人々だ。 From Foreign Policy Magazine