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火星基地のアーティストイメージ
Credit:NASA/Georgia Tech

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現在火星で活躍している探査機は、基本的に片道切符で地球へ帰還することは想定されていません。

しかし、今後は人間を火星に送ることも計画されており、火星から地球へ帰ってくるための技術は不可欠なものとなります。

ここでネックとなるのが火星から脱出するためのロケット燃料をどうやって確保するかです。

そこで米国ジョージア工科大学(Georgia Tech)の新しい研究は、大腸菌を利用して火星でロケット燃料を生成させる新しい方法を提案しています。

この方法で生成される 「2,3-ブタンジオール (2,3-BDO)」は、地球大気圏の脱出にはパワーが足りない燃料ですが、重力が弱い火星からの脱出には十分に活躍できるとのこと。

研究の詳細は、10月25日付で科学雑誌『Nature Communications』に掲載されています。

目次

  • 火星発ー地球行の帰還便はとても割高
  • 大腸菌が火星で燃料を作る

火星発ー地球行の帰還便はとても割高

火星の荒野を調査する探査機パーサヴィアランス
Credit:NASA/JPL-Caltech/MSSS

現在火星に探査機がいくつも送り込まれていますが、彼らは基本的に火星へ降下したあと、再び宇宙へ出て地球へ帰ることは想定されていません

しかし、人間が火星へ送り込まれるようになった場合は、そうもいきません。

火星に基地を建設しても、定期的に地球へ帰ってくる必要が出てくるでしょう。

惑星の重力圏から脱出するには、さまざまな技術が必要となってきますが、たとえ技術的な問題がクリアされたとしても、ネックとなってくるのが燃料確保の問題です。

ロケットを飛ばすというのは非常に大量の燃料を消費します。

現在の計画では火星を脱出する際のロケット推進剤は、メタンと液体酸素(LOX)の混合燃料を使う予定となっています。

しかし、このどちらも現地で調達することはできません。

そこで、この燃料は地球から輸送する必要がありますが、火星への輸送費は莫大です。

火星脱出に必要となるおよそ30トンの燃料を地球から輸送した場合、その費用は約80億ドル(約9090億円)に上ると推定されています。

そのため、NASAは火星の二酸化炭素を利用して、これを化学触媒の利用によってLOXに変換する技術を提案していますが、この方法ではメタンを現地で調達することができないため、結局地球からの輸送を必要とします。

そこで今回、ジョージア工科大学の研究チームは、バクテリアを使って二酸化炭素からメタンもLOXも両方生成する新しい方法を提案しました。

「二酸化炭素は、火星で利用できる数少ない資源の一つであり、生物の中には二酸化炭素を有用な製品に変換する能力に優れたものがいます。

つまり生物の利用は、火星でロケット燃料を製造するのに適しているのです」

ジョージア工科大学化学・生物分子工学部で博士号を取得したニック・クルーヤー(Nick Kruyer)氏は、今回の研究についてその様に述べています。

では、その方法とはどういったものなのでしょうか?

大腸菌が火星で燃料を作る

サッカー場4面分の光バイオリアクターのイメージ図
Credit:BOKO mobile study/Georgia Tech

論文では、まずプラスチック素材を火星に運び、サッカー場4面分の広さの光バイオリアクターを組み立てると説明されています。

この光バイオリアクターでは、シアノバクテリア(藻類)が光合成(二酸化炭素を消費)によって酸素を生成しつつ成長します。

そして別のリアクターで、このシアノバクテリアは酵素によって糖に分解され、大腸菌の餌として与えられます

ここで発生した大腸菌の発酵液には、燃料となる「2,3-ブタンジオール」が含まれていて、これを分離することで推進剤が得られるのです。

こうした方法は「バイオテクノロジーベースの現場資源利用(bio-ISRU)戦略」と呼ばれています。

研究チームによるとbio-ISRU戦略は、地球からメタンを輸送して化学触媒で酸素を生成するという、現在提案されている化学的な戦略に比べて、消費電力が32%少ないと試算されています。

ただし、設備の重量は3倍です。

繰り返し利用されることを考えれば、初期投資が大きくなったとしても資源の少ない火星では、維持費が少ない設備のほうが魅力的でしょう。

しかし、そもそもそんな方法があるなら、なぜ地球ではロケット推進剤を作るためにこの方法が使われていないのでしょうか?

理由は、この燃料は地球からの脱出にはまるでパワーが足りないためです。

火星の重力は地球の約3分の1程度のため、火星脱出に必要なエネルギーは非常に少なくてすむのです。

そのため地球上でロケット発射用に設計されていない、さまざまな化学物質を柔軟に検討することができます」

今回の研究の共同執筆謝であるパメラ・ペラルタ・ヤヒヤ(Pamela Peralta-Yahya)准教授は、そのように説明しています。

今回の方法で生成された「2,3-ブタンジオール」は昔から知られている物質ですが、推進剤としての利用が検討されたことはありませんでした。

火星に合わせた柔軟な推進剤の選択によって、今回の新しい方法は提案されているのです。

チームは現在、この設備の重量を減らし、現在提案されている化学触媒の設備より軽量化するため材料を最適化する方法を検討しています。

また、火星の太陽光スペクトルは地球と異なるため、シアノバクテリアの成長に太陽との距離や、大気組成の違いから生じる光のフィルタリング作用がどう影響するかを研究する必要もあります。

紫外線が強い火星の環境では、シアノバクテリアは損傷を受ける可能性もあります。

課題は多く残されているため、まだ実用化が決まった技術ではありませんが、推進剤と同時に酸素も大量に生成できるこの技術は、かなり有望なものになる可能性があります。

また、酸素は人間の生活にも必要となる物質です。

これを同時に生産できるのは、火星での生活においても有用となるでしょう。

また二酸化炭素を消費して大量の酸素を生み出すこの技術は、地球上で温暖化問題の解決に貢献する研究としても、役立つ可能性があります。

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参考文献

Making Martian Rocket BioFuel on Mars
https://news.gatech.edu/news/2021/10/25/making-martian-rocket-biofuel-mars

元論文

Designing the bioproduction of Martian rocket propellant via a biotechnology-enabled in situ resource utilization strategy
https://www.nature.com/articles/s41467-021-26393-7