死んだふりに必要な遺伝子があるようです。
東京農業大学で行われた研究によれば、甲虫の死んだふりを操る遺伝子群が発見された、とのこと。
死中に活を見いだす「死んだふり」は虫から脊椎動物まで幅広い動物に採用されています。
いったいどんな遺伝子によって「死んだふり」は操作されているのでしょうか?
研究内容の詳細は11月8日に『Scientific Reports』で公開されています。
目次
- 「しんだふり」の解明に挑む
- 死んだふりを操る遺伝子を発見
- 「しんだふり」のメカニズムは人間の蘇生にも役立つ
「しんだふり」の解明に挑む
捕食者に食べられそうになっている動物がとる行動はさまざまです。
ですがおおむねはRPGのコマンドのように
「たたかう」
「ぼうぎょ」
「スキル」
「にげる」
の4択が主にとられます。
「たたかう」は文字通り、自ら攻撃を仕掛け、捕食者を退散させます。
「ぼうぎょ」はカメやハリネズミが行う戦術で、捕食者の攻撃を防ぎます。
また「スキル」はスカンクが得意とする「くさいおなら」やタコやイカが使う、すみによる「めくらまし」があげられます。
そして「にげる」は文字通り、素早さを駆使して逃げ出します。
しかし、自然界はゲームよりも厳しく、4択のどれもが有効ではない捕食者が存在します。
絶望的な力量の差に対して、RPGの勇者ならばレベルを上げて物理で殴れば解決するかもしれませんが、現実はそうもいきません。
そこでいくつかの種は、絶望的な状況に対して「しんだふり」を行うようになりました。
捕食者の多くは動く相手に反応して攻撃する本能を持っているほか、動かなくなった死体を食すのを避けようとします。
死体を避けるのは、腐敗して状態が悪くなったものを食べるのを避ける本能の一種です。
結果「しんだふり」は捕食者に対して有効な生存戦略として機能してきました。
しかし虫や獣が「しんだふり」を獲得するさいに、どんな遺伝子に変化が起きたかは十分に解明されていません。
そこで今回、東京農業大学の研究者たちは謎につつまれた「しんだふり」の秘密に挑むことにしました
死んだふりを操る遺伝子を発見
研究を行うにあたって、農大の研究者たちが目をつけたのが甲虫(コクヌストモドキ)でした。
コクヌストモドキは米や小麦に被害を与える害虫として以前から農業分野で研究対象になっています。
また都合がいいことに、コクヌストモドキの性質を長年にわたって調べる過程で、同じ種にもかかわらず、少しでも刺激すると「しんだふり」をする家系と、どんなに刺激を与えても「しんだふり」をしない家系が存在していたからです。
通常のコクヌストモドキは適度な刺激でしんだふりをすることが知られており、これら2つの家系は、ある意味で変種でした。
そこで研究者たちは2つの家系のDNA配列を調べ、通常のコクヌストモドキとの間との違いを調べました。
結果、少しの刺激で「しんだふり」をする家系では3243個、どんなに刺激しても「しんだふり」しない家系では844個のアミノ酸が異なる変異遺伝子がみつかりました。
また変異した遺伝子がどんなものかを調べた結果、ドーパミン代謝にかかわる遺伝子群が最も大きく変化していることが判明しました。
同じ昆虫であるショウジョウバエにおいてドーパミンは覚醒と睡眠にかかわることが知られています。
またドーパミン意外にも新たに、カフェイン代謝、概日リズム制御、寿命制御、酸化還元酵素などもかかわっていることが発見されました。
このことは「しんだふり」が複数の仕組みが関与する、非常に複雑かつ急速な反応であることを示します。
「しんだふり」のメカニズムは人間の蘇生にも役立つ
今回の研究により「しんだふり」にかかわる遺伝子が判明しました。
「しんだふり」は主に睡眠と覚醒にかかわるドーパミン代謝に起きた変異が引き起こすものの、他にもカフェイン代謝など複数の遺伝子が関与していました。
これまでの研究により、カフェインを経口や注射で摂取されたコクヌストモドキは「しんだふり」をする時間が短縮されることが知られています。
またドーパミンを操作されたショウジョウバエは「不眠化」することが報告されています。
ドーパミンとカフェインはともに神経に強く作用することから「しんだふり」は、ある種の積極的睡眠なのかもしれません。
研究者たちは「しんだふり」のメカニズムを解明することができれば、人間の仮死状態の理解や蘇生の新たな方法が開発できると考えています。
参考文献
世界初! 天敵から逃れる戦略を制御するゲノムの特徴を解明 ~死んだふりを操る遺伝子の全貌を突き止めた~
https://www.nodai.ac.jp/application/files/2616/3607/2242/1.pdf
元論文
Genomic characterization between strains selected for death-feigning duration for avoiding attack of a beetle
https://www.nature.com/articles/s41598-021-00987-z