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 2月16日に発行された「東北再興」第105号では、新型コロナ禍におけるイベント開催について、「富岳」のシミュレーション結果などに基づいて考えてみた。変異ウイルスの広がりが話題になっているが、対策としてはこれまでと変わらない。大きく言えば、①飛沫感染を防ぐ(距離の確保、マスク、遮蔽板等)、②飛沫より小さなエアロゾル(飛沫核)での感染を防ぐ(換気の徹底)、③接触感染を防ぐ(手指消毒等)の3点である。以下がその全文である。


新型コロナ禍におけるイベント開催様式の検討

イベントをどう開催できるか
 新型コロナ禍がいまだ収束しないままほぼ1年が過ぎた。少なくない感染者が無症状または極めて軽い症状で、かつそれでいても他人への感染力を有するという、このウイルスの極めて巧妙な特徴のために、私たちは他人との距離の確保を余儀なくされ、その結果、人々の集いの場、祭りやイベントも軒並み中止を余儀なくされた。東北においても、毎年熱い盛り上がりを見せる各県の夏祭りを始め、大勢の人が集まるイベントが軒並み中止となった。ここ数年、伸長するクラフトビール市場を追い風に、東北各地でビールに関するイベントも相次いで誕生、開催されて多くの人が集まっていたが、それらのほとんども中止となった。

 今年も今のところ新規感染者数は減少傾向にあるものの、このまま収束するという見通しもない以上、昨年同様今年もイベント開催に関しては厳しい状況が続きそうな気配である。一方で、この新型コロナウイルスについて当初分からなかったことも随分分かってきた。そうした知見を踏まえてイベント開催の際に留意すべき点をまとめられないかと考えてみた。まだ叩き台段階ではあるが、以下にその概要を挙げてみる。


感染経路別の対策の基本

「富岳」シミュレーション結果の一例 新型コロナウイルスに感染する経路として確実とされているものは2つ、飛沫感染と接触感染である。飛沫感染とは、感染者のくしゃみや咳、会話の際に出た飛沫に含まれるウイルスを他の人が口や鼻などから吸い込んで感染するというものである。接触感染とは、感染者が自分のくしゃみや咳を押さえるなどしてウイルスが付着した手で触れた周りの物に触れることでウイルスが手に付着し、その手で口や鼻、目を触わることでそれらの粘膜から感染することである。

 これらのうち、接触感染への対策は明確である。アルコールなどで不特定多数の人が触れるものを消毒すること、出入りの際に全ての人が手指をアルコールまたは石鹸による手洗いで消毒すること、口、鼻、目を触れないことである。これらの徹底により、接触感染のリスクはほぼ低減できる。

 問題は飛沫感染である。飛沫は目に見えない。その空間のどこにあるのか把握するのが困難である。この可視化を可能としたのが、世界に誇るスーパーコンピュータ「富岳」によるシミュレーション結果である。その結果は理化学研究所の計算科学研究センターのサイトで確認することができる。そこで得られた主な知見を、以下にまとめてみる。

「富岳」によるシミュレーションの結果

・湿度が高い場合、10ミクロン以上の飛沫の大半は机の上に落下し、正面の人に到達するのは数ミクロン以下の小さなエアロゾルのみ。一方、湿度が低い場合、飛沫は高速に蒸発することで微小化し、机に落下する数は大幅に減少する一方、空気中をエアロゾルとして拡散する数が増加する。

・パーティションをすれば1.9メートル先の正面の人にかかる飛沫・エアロゾルを10分の1以下にすることができる。パーティションの高さを1.4メートルとすることでほぼブロックすることができる。

・マスクを着用している場合でも、室内換気を作動せずに狭い室内で歌を歌うと、エアロゾルが室内に拡散する。マスクを着用している場合でも換気を行うことが必要。室内換気を実施した場合、マスクの着用によりエアロゾルの拡散を抑えることができる。

・飛沫の到達数は距離により大きく変化する。真正面の感染者が咳をした場合、1.2メートル離れていれば飛沫総数の約5%のみが到達するのに対し、0.8メートルでは約40%が到達してしまう。十分な距離を保つことが重要。

・飛沫は直進性が強く、話しかけた人以外にはほとんど到達しない。感染者が隣に座る人に向いて話しかけた場合が最も感染リスクが高い。はす向かいに座る人への飛沫到達数が最も少なく、正面に座る人の約4分の1。

・マスクが着用できない飲食時には、代替としてマウスガードの着用が飛沫飛散の抑制には有効。ただし、エアロゾルに対する抑止効果はないので、必ず十分な換気対策を併用する必要がある。

・乾燥状態では、机に落下する飛沫の量が減る一方、エアロゾル化して空中に浮遊する飛沫量が増加。特に湿度30%以下ではその効果が顕著となる。冬場は加湿器等による湿度コントロールと換気を強化する必要がある。

・野外環境は室内と比較してリスクが一様に低下するわけではない。飛沫が風に流されるため、感染者の正面のみ配慮すればよいというわけではない。横方向の風でさえ感染者の後方に飛沫が拡散しており、風向が変化する実際の環境では、想定し得ない方向に飛沫が飛散するリスクが発生する可能性がある。特に微風時は室内では想定しない方向にリスクが発生する場合があり、マウスガードやマスクで直接飛沫を遮断したほうがよい。

・マスク着用による飛沫到達数低減効果は高い。マウスガードでも、効果はマスクと比較すると小さいが、飛沫到達数低減効果は期待できる。

・正面のリスクに対しては、間隔を1.7メートルとすることで、1メートルの時の到達飛沫数を半分程度まで減らすことができる。

・マスクをした場合、1メートルの距離を取れば到達飛沫数はゼロに、マウスガードの場合も、1.7メートルの距離で到達数はゼロになる。

残るエアロゾルへの対策

 概ね以上であるが、お陰でだいぶ対応の仕方が見えてきたように思う。要点としては、①換気と加湿は必須、②パーティションの活用、③マスク着用は必須(ただし飲食時など着用が困難な場合は適切な距離を取った上でマウスガードの使用も可)、④対面での着席は避け斜向かいに着席、⑤野外環境でも油断は禁物、ということである。

 話がこれだけであれば問題はないのだが、実は残る問題がある。「エアロゾル」への対応の問題である。エアロゾルというのは概ね0.3マイクロメートル(1マイクロメートルは1ミリメートルの1000分の1)から5マイクロメートルの大きさの飛沫を指す。

 マスクの効果について「富岳」のシミュレーションでは、5マイクロメートル以上の飛沫については不織布マスクでほぼ捕集可能である一方、エアロゾルについては顔との隙間からの漏れが呼気からの排出量のうちの50%あるとの結果だった。

 これは排出する方の話だが、吸い込む方から見たマスクの効果について見てみると、まずマスク無しの場合は大きな飛沫は鼻腔や口腔にほぼ付着するものの、20マイクロメートルより小さな飛沫は気管奥にまで到達する。不織布マスクと顔の間に隙間がある場合は上気道に入る飛沫数をマスク無しの場合の3分の1にすることができ、特に大きな飛沫の侵入をブロックする効果は高いものの、20マイクロメートル以下の小さな飛沫はやはり気管奥にまで入り込む。これに対して、マスクを顔に隙間なく着用した場合は吸引する飛沫やエアロゾルをほぼブロックすることができるという結果になった。マスクはただ着ければよいというのではなく、正しく着けることが大事なわけである。

 ただし、現実問題としてマスクと顔の間の隙間を完全になくすことは困難で、ある程度隙間からの侵入は想定しておかなければならないだろう。ここでも換気の重要性を再確認したい。

 実際、新型コロナウイルスが重症化するのは肺炎を起こした場合であり、それは新型コロナウイルスが肺で増殖した場合である。したがって、いかにエアロゾルを気道奥まで吸い込まないかが感染防止、とりわけ重症化防止にとって重要となりそうである。さらに言えば、マスクをすることで排出されるエアロゾルは増えるとの指摘もある。マスクをすればそれで万全ということではなく、適切な換気の併用が重要ということである。

 換気の一環として室内で扇風機やファンを回すケースもあるが、それらの向きが重要である。室内に向けて回すのはエアロゾルを拡散させるだけである。そうではなく、空いている窓など外に向けて回し、排気の流れを作ることが大事である。

着実な実施でリスクを低減できる
 こうして見てくると、何ら新しいことはないことに気づく。マスクの着用、適切な距離の確保、換気と加湿の徹底など、これまであれこれ指摘されてきたことばかりである。逆に言えば、それらを組み合わせ、着実に実施することによって、感染のリスクはかなりの程度下げることができるわけである。

 盲点は屋外のイベントである。普段、屋外においては他人と十分な距離を確保できる場合には外しても問題ないとされる。ただ、「富岳」のシミュレーション結果にもあったように、屋外であっても、人が近接し続ける環境の場合には、想定し得ない方向に飛沫が拡散するリスクが発生するとされている。屋外でのイベントや祭りの場合には、いかに人の流れを滞留させないかが感染リスク低減の鍵となりそうである。

 昨年は恐らく万一感染のクラスターが発生した場合のリスクを考慮して中止となったイベントなども多くあったと考えられる。今年はこれまで得られた感染リスク低減の措置を十分に検討して、可能なものについては開催できる方向で進めてもらえるよう願いたい。