ワイルドストロベリー(和名:エゾヘビイチゴ)を代表とする野生のイチゴ(または野イチゴ)は、商店に並ぶイチゴとは違った魅力があります。
自然で育った野イチゴは濃厚で強い香りと独特の風味があるのです。
ドイツのユストゥス・リービッヒ大学ギーセン(Justus Liebig University Giessen)に所属する食品科学者ホルガー・ツォーン氏ら研究チームは、菌類である酵母を使用して野イチゴの香りを再現することに成功しました。
研究の詳細は、11月17日付の科学誌『Journal of Agricultural and Food Chemistry』に掲載されています。
目次
- 果物の搾りかすと菌類から新しい香りを生み出す
- 菌類を利用して甘酸っぱい野イチゴの香りが生成される
果物の搾りかすと菌類から新しい香りを生み出す
これまでにも菌類を利用していくつかの香りが再現されてきました。
例えば、バラの香りをもつ化学物質「フェネチルアルコール」を作るためにも酵母が利用されています。
ツォーン氏らは、ココナッツやミントの香りを作るために、別の菌類を利用したこともあります。
また菌類ではないものの、ある種の微生物はバニラの香りを生み出す「バニリン」の生産時に利用されてきました。
そして今回ツォーン氏らは、これまであまり利用されてこなかった菌類から新しい香りを生み出そうと考えました。
研究チームが取った方法は、「農業廃棄物を使って菌類を培養する」というもの。
果物を絞ってジュースを作ると、果肉や種、また皮などが混ざった「搾りかす」ができます。
通常、この搾りかすは廃棄されたり家畜のエサになったりします。
しかしこれらには繊維質、タンパク質、糖質が豊富に含まれており、菌類を発酵させるためにはピッタリなのです。
そこでチームはいくつかの搾りかすで数百種類の菌類を培養し、そこから得られる香りをチェックすることにしました。
菌類を利用して甘酸っぱい野イチゴの香りが生成される
菌が繁殖した後、チームは発酵した材料の香りを1つずつ確認していきました。
その結果、菌の種類によって、フルーティー系、ハーブ系、トロピカル系、麦芽系、カビ臭いもの、金臭いものなど、さまざまな香りが生まれました。
ツォーン氏によると、「いくつかの香りは本当にひどいものでしたが、中には心地よく高評価できるものが見つかりました」と述べています。
そしてその中には、甘酸っぱいイチゴの香りも含まれていました。
この香りはカシス(またはクロスグリ)の搾りかすと、マツホド(学名:Wolfiporia extensa, またはWolfiporia cocosとも言われる)という漢方薬に利用される菌類の組み合わせで生まれたようです。
次にチームは、この香りを引き起こしている化合物を特定することにしました。
その結果、(R)-リナロール、アントラニル酸メチル、ゲラニオール、2-アミノベンズアルデヒドなどの4つの化合物の組み合わせが、甘酸っぱいイチゴの香りの正体だと判明。
そしてこれらの化合物はすべて、野イチゴであるワイルドストロベリーに含まれていました。
新しく見つかった香りは、単なるイチゴの香りではなく、野イチゴの香りだったのです。
さらにチームは、これらの化合物を人工的に合成して、「野イチゴの合成香料」を作成することに成功しました。
その合成香料からは、「野生に生育している野イチゴの自然な香りがした」と報告されています。
さて本物の野イチゴは、森の中でたくさん入手することが難しく、一粒一粒を香料に利用するのは効率的ではありません。
つまり野イチゴの香料は非常に珍しいのです。
現在、「野イチゴの香り」の特許はすでに企業によって買収されています。
今後は大量生産され、「野イチゴのナチュラルフレーバー」として食品などに利用されていくかもしれません。
参考文献
Get this: Fungus can make trash smell like strawberries
元論文
Wild Strawberry-like Flavor Produced by the Fungus Wolfiporia cocos─Identification of Character Impact Compounds by Aroma Dilution Analysis after Dynamic Headspace Extraction
https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.jafc.1c05770#